おはようございます

昨日作っていた牛乳パック収納が完成しました!
でん
ちょっと透けているものもあります(笑)まトイレ用なので良いかなと言うことで。

玄関用のシヤチハタとボールペン置きは、透けないように白いフェルトと布で二重にしました。
外面は気になる

お手洗いのインテリアのキャンドルは手作りのものなのでクレヨンで色づけしています。
緑ピンク水色を作りましたが、結局飾っているのはピンクの濃淡ですね。
あと消臭剤は保冷剤で作るタイプのもので、これも手作りですね。玄関とトイレはやっぱり必要だな~と思います。
やっぱり気になる~。
作るのは楽しいし、謎に貯まっていく保冷剤を使い切ることが出来たので良かったです

ネット検索でいろいろなものがお手軽に作ることができますが、作りながらふと母親のことを思い出して、私も母に似てきたなって思ったりします。

私の母親は石鹸を手作りするのが趣味だったので、我が家の冷蔵庫には、しかるべきところにある唯一の牛乳パックになぜか石鹸がは入っていたりして
結構なトラップがあるので油断できない。


【えっ珈琲牛乳にしようと思ったら珈琲石鹸になった!なんてこともあるある】
油断すると石鹸を飲みそうになったり
麦茶のようにめんつゆがあったり
結構気をつけて生活しないとスリリングなので
こんな生活をしていたら、心が広くなるのも当然だろうな…
と思います。
家の家族は兄姉父、やたらと懐が深いです。(笑)
子どものころは、
魔女のようだ~! と良く思っていて、兄姉達と話していました。
(そこには母はすごい人だなぁ、なんでも生み出し、作り替え、不思議で、ミステリアスで、とても越えられない偉大な存在感と面白みのある人だという意味があり) 尊敬と畏敬の眼差しで見ていました。(なんでやねん笑)
石鹸珈琲を飲まされそうになりながら尊敬するというのも変な話だなぁと思いますが。
しかし、大人に近づく思春期に入りこの言葉は良くないイメージがあるらしいと気が付きました。
ということで、長文でここからは時間が無い方や興味の無い方は回れ右していただけると良いと思います
アラフォー女の独り言です。
思春期頃に知ったのですが、
世の中には、どうやら、メルヘンチックな意味合いとは違う意味のある【魔女】という言葉があり、同時に【魔女狩り】という歴史上の史実があるらしいのです。
これは、医学の進歩が未熟な時代 賢い女性たちが野草などで薬を作って病気を直すことが出来ることを【魔女のようだ
】と恐れられた経緯があるそうです。
かたや、見えない目を治し 歩けない足を治すことができた西洋の神は、崇められ、同じ神を信じる集団はより一層結束を固めた。
神の力を使えるものはひとりでいいわけで、ひとり以上は必要ない、むしろ、集団の結束を固めるには邪魔な存在となりえた。とも考えられるのですよね。
そんな風に考えていると、
女性とは目の前の育児や弱いものを助ける為に全力を尽くしているだけなのですが。
政治的な大きな流れなどには、構う暇がないのだけど、その意味では本当に無害で、守るべき、そして頼もしい家族であるはずなのですが。
しかし、そのために身につけていった治癒力、医学的知識と技術を、恐れられ、邪魔ものにされたという、恐ろしい事件だと思います。
TRICKを観たばかりなのもあってやはり、医学と魔術の混同や、宗教との関係もとても自分としては、気になるし、解析したい対象なのです。
・宗教とはどのような力がどの程度あるのか
・意図はどこにあるのか
そのために必要なものとして
・医学知識と技術、科学的な知識と技術
があったりするのでしょう。
また、メリットとデメリットは何なのか。
メリットは大まかに
大規模な集団の結束力を高めることができること。その意図は、数と力があれば手には入るものを手に入れ、入らない物を排除できる。
デメリットはその方向性が他人への攻撃へ向く時の危険性の高さ。ほしい物を欲しいだけ手に入れたときに、失われ枯渇するものがあるであろうという危険性。
そして、
最後に、崇める神の正しさを証明するためなら何を犠牲についてしても良いとなる怖さ。
かな。
ということで アラフォー女のどうでもよい独り言でした。
今日も寒いけど、姫のリハビリがんばります。
それではまた