最近ひめが、自分のことに対して評価できるようになってきていて、客観的に見られるようになってきたように思います。年齢も8歳で今年9才になるので、だいたい年齢発達相応だと思います。
そのせいか、例えばテストがあと二問で満点だったのに、とか。まぁ、わたしがよくできているねと言っても、いやいやここは出来ていないと自己評価出来ている点が成長したなぁと思います。
ただここで問題なのが『ひめはだんだん大人に近づいているね』と言ったときに『だんだん逆になってる』と言っていたことで気がついたのですが、よく聞くと、朝起きる時間か遅くなってしまうことを気にしている様子でした。
私からみると、むしろ前日のうちに準備を終わらせようと気をつけて頑張れるようになっていて、忘れ物も減っているし、生活面での自己管理力はかなり高くなっています。
なので客観的にみて、成長している点を具体的に伝えていくようにしています。
自己評価は厳しくなりがちである点は、私もあるかなと思うので、ちゃんと出来ていること、得意なことは評価すること、振り返りを大切にしたいです。
仕事をしていたときもよく先輩に『気にしない気にしない』っといってもらえることが多く、小さなだれでも必ずするミスや必ず通る道であるのに、そこをくよくよ気に病むとこらがあるので、私の良いところや褒められる点はどこかなぁって考えています。(笑)
明るく元気なあいさつ!とか(笑)
仕事がはやいとか。覚えが早いとか。性格が優しいとか、真面目とか。協調性があるとか。
すごいふっつーの。秀でているところがないのだけど、そんな普通のことを普通に誉めようって思いますね。
withコロナ時代ということで、ほんとに人との接触が減ってしまって、それが逆にストレスになるタイプの人と、あまり影響がない人、快適になる人がいると思いますが。
犯人探しのような追いつめることだけはしたくないですね。 ほんとに悲しいです。
自分の中で一番辛い耐えられない感情の中の一つとして、人の気持ちを傷つけてしまったと感じることなんです。ただ、この点は最近少し成長して、育児や夫婦生活の中で『気持ち』と一言に言っても様々で、それが一時の感情の中で完結する程度のもの、と一定期間あるいはかなりの長い年月続く『きもち』なのか。あるいはその両方であるのか。というのは大切な視点だと思うようになりました。
対面であれば、ニュアンスを感じ取り、一時の感情的な発言であるととらえることができて、明日には状況は好転すると予測することが可能でありますよね。伝えることに意味があると考えることができます。
しかしニュアンスを細かく正確に感じ取れない状況であればどうでしょうか。たとえば陰口であったり噂であったり、SNSなんかもそうでしょうしメディアもそうです。
一時の感情であるかないかを判断する基準をしっかり個人がもたないと危険だと思います。
嫉妬心であったり競争心、あるいは恐怖が伝染する事もあるでしょう。受動的に受け取る側であれ、能動的に訴える、伝える側であれ、自分自身ですらその感情を理解できていない場合がほとんどではないでしょうか。
まずは自分自身に目を向けることを忘れないようにし、一度冷静になることで、人の気持ちを傷つけることを回避するようにし、最終的に自分の気持ちが快適であるようにしていきたいと考えます。
これが私の頭の中の構造で、周りの人に、なぜそこで怒らないの?いらいらしないの?と不思議に思われることがあるのですが、答としてはこんな感じになります。
長くなりましたが読んでいただきありがとうこざいます。 それではまたね
今日もみなさんにとって良い日となりますように。