あるる☆一家のカタチ~完全にひとりごと~ -31ページ目

私の父~4~

残念ながらコロナ禍で、面会は許されませんでした。でも、今はLINEで連絡とれるので、毎日やりとりしていました。




もうだめかもしれない、、、と思う自分と、何かしら治療ができて、また退院してくるかもしれないという自分の気持ちが葛藤していました。




父は、痛むのに、入院するまでもほとんど痛み止めを飲みませんでした。



8月に入ってすぐくらいに、LINEでやりとりする中で、いつ大量出血するかわからない。一時退院の許可がでているがしない。孫の成長をあと5年みたかった。でも、しぶとく生きるという趣旨のことを言ってきました。



おそらく、医療用麻薬を使うと意識が朦朧とするから、伝えたかったんだろうと思います。



私は、8月に入ってから本当につらかった。父のことを思うほど、、、


そして、お盆前から医療用麻薬を使い始め、連絡も少なくなりました。



不安で仕方ありませんでした。全く様子がわからない。


食道付近の腫瘍の傷さえなければ、一緒にいられたのに、、、自分が看護師の資格持ってれば迷いなく家にいられる選択ができたのに、、、とまで考えていました。悔しかった。




私の父~3~

ちなみに、父にできたコブは腫瘍です。



それが、抗がん剤のときにふやけて破れ、血や汁がでてくるので、ガーゼやバンドエイドでかぶせていました。




オプチーボが途中まではうまくきいているように見えました。


でも、この7月頃からリンパにとんだがんの威力は増していたようです。



そんなこと、私たちには一言も言いませんでした。


でも、みるみるうちに食欲がなくなり、飲み込みずらそうになり、、、


でも、それでも父は畑に行ったりしていました。


動けるうちはと思ったのでしょう。



そして、7月最終週の火曜日に入院しました。


その日の朝も、自分の傷のガーゼを変えているときに大量に出血したと話していました。



オプチーボもできないくらい、腫瘍も大きくなっていたのです。



私の父 ~2~

学校が休校になり、もう、娘は常に父と行動していました(笑)3~5月いっぱい休校だったもんね!




そんな休校も終わりに近づいた頃、父の手術した付近にポコッとコブみたいな物がでてきていました!


2020年6月、食道がん再発確認。



抗がん剤始める。ただ、抗がん剤しても、動いてもいいと言われていたので父は相変わらず大忙し(笑)



冬にした抗がん剤は相性わるかったのか、みるみる元気がなくなりました。



そこで登場、、、オプチーボという薬!!!


最後の望み!!!