あるる☆一家のカタチ~完全にひとりごと~ -29ページ目

忙しい日々

子どもたちが夏休み中に父が旅立ち、、、


通夜、葬式が終わっても、忙しい日々。


というのも、母は全てを父に任せていた。


手続きとかしたことない人、、、



でも、父が入院してからもしものために、何をしなきゃとかは調べていた。


父も入院する前に全ての書類をちゃんと、私たちにわかりやすいようにまとめていた❕


それが助かった。


さすが、きっちりした父だ。




私は6日間忌引で仕事を休み、母を手伝った。


やっぱり、来客もあるし、その対応もした。


娘のフォローをなかなかしてあげれず、娘は娘の友達と遊んでもらうことにした。

ありがたかった!



新学期が始まると共に、私も仕事復帰。



日々時間に追われる忙しさ、、、ちょうどいい。

さみしいとか考える暇もないから。




思い

父の病気が発覚してから、ブログにも何度も書こうと思ったけど、書けなかった。



99%病気を受け止めているけど、残りわずか、認めたくない自分がいた。



書いてしまったら、100%本当になる気がしていた。



父が、余命数週間と言われたとき、眠ってでもいいから生きていてほしいと願った。



眠っていたら、痛くないから。



父が亡くなって、父に触れても、骨になっても、家に連れて帰って、毎日線香あげても、まだどこかにいるような気がしている。



私たちの心にいるからかキラキラ



でも、話せないのはやっぱりさみしい。。。



一方的に語りかけるだけ。



でも、もう1つ不思議な気持ちが沸いた。



死ぬのが怖くない。



父に会えるから。。。



いつかその日は絶対くる。だからその日まで精一杯生きる。



父のように。



ありがとう。




私の父~8~

地方公務員だった父。



顔が広く、ずっとサッカーをしていたので、知り合いが多い。



というか、人付き合いを大切にしていたので、通夜までの間にもたくさんの人が訪れた。



まだ若かったこともあり、皆涙する。その姿を見てもらい泣き。



コロナ禍ではあるが、たくさんの人が来ることが予想されたので、地元の新聞にも載せてもらった。



案の定、通夜告別式で300人以上の方が訪れた。




父は、笑っていた。


腫瘍に圧迫されて口が閉まらないと病院では言われていたが、閉じていた。




通夜の日の夜は、私と娘で葬儀屋に泊まった。