正月に弟妹達に聞いた。
約44年以上も前の高校の頃、
遥か昔の私。
とにかく怖かったらしい。
色んな意味で(笑)
弟の記憶の中の私は
「親の代わりに家を守ってた。
姉ちゃんがちゃんとしてたから
俺ら大丈夫やった」と言う。
いや、弟よ!
何度か警察に迎えに行った記憶を
お忘れではないかい?
まあ、オトンの後追ってヤクザに
なれへんかったのは少しは私のお陰と
ちゃうか?知らんけど(笑)
次女の妹が普段からよく言うのは
「私らはお姉ちゃんに育てられた
ようなもん」
「お姉ちゃんが色々背負わされて
苦労かけてしまってごめん。
ありがとう」(こちらこそです)
末っ子の妹は記憶の中の私を
「お姉ちゃんは静かで空気が
怖くて話しかけられへんかったけど
出かける時とかお姉ちゃんが
服も髪も色々してくれて嬉しかった」
(ありがとちゃん)
こうして書くと何やろ…。
お別れの挨拶みたいやわ(笑)
私のお葬式でも同じ事を
棺桶の中の私に向かって、愛しき
弟妹達が言うんやろうな〜。
<ここから本文>
では高一に戻ろう。
すっかりやさぐれだした私は
何をしても感情が貧弱で直ぐに
反応できなくなっていた。
怒りが外に漏れないようしてたら
嬉しいはずの事も悲しい事も
全部どうでもいいって粗末に
感情を扱ってた。
小さい頃から人の嘘がわかるし
その嘘をつくまでに至った理由や
意図まで想像できた。
そうなってくると孤独こそが楽園。
こんな闇ってる自分を心配しつつ
誰にもバレないようにしてた。
原因は自分とオトンとオカン。
中1の時の逮捕から3年以上経つ。
私も成長すると色々と思う事がある。
まずはオトンがヤクザになった事が
許せない(全ての元凶)
でも本当にしんどかったのはオカン。
逮捕されても『オトンを待つ』と
健気な事を言いながら夜遊びしてる。
娘に言うような話ではない事を
まるで友達に話すようにしゃべる。
お客から私らにプレゼントくれるって
事は、私達の話をその人に言ってる。
ブランドのバック。その対価は何?
問い詰めたりしない代わりに私の
体に黒いモヤがたまる。
それでも私はオカンと定期的に
オトンの刑務所の面会に行く。
行きたくないと言えない自分。
またモヤがたまる。
妹達が私の事を怖かったと言うのは
外での私とは違って、家ではモヤを
特に隠さずいてたから。
(そりゃコワイわ〜!笑)
高校ではその暗い気分の反動なのか、
ただ隠したいだけやったのか
中学の時とは違って、夏休み前には
適当にふざけてるし、いいかげんで
面白がってる子になっていた。
ちょいダークな空気は漏れていた事は
大人っぽいと言う褒め言葉となった。
ここまで読んでくださり
ありがとうございます。
年明けは明るい事を書くつもりが
弟妹と正月に色々と話してから、
弟妹の感情なんかも聞いたりして
しばらく切なく痛い気持ちやらで
プログを休んでました。
まだブログは高校1年生。
現在の年齢までを書くと決めています。
(後45年分。あははは〜笑)
ごきげんよう。