高校1年の頃の話。

心の中のモヤは増えつつも

あえて、楽しく過ごす。

自分は大丈夫と祈りを添えて(笑)


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真面目にするだけ無駄と気づく私。

真面目にしてて得られた物は

ちっさなプライドだけやった。

よ〜く、考えると便利に使われている。

気づいたならば、後は止めるのみ。

退学、警察のお世話にならない事なら

大方の問題にならない(笑)

弟妹達には真面目にやれと矛盾しながら

頑固な自分が崩れるのを楽しむ。


まずは新しくチョゴリを新調する。

先生との月謝半額免除の問題で、

堂々とお金を使えずにいた事が

決着したから。

完全勝利とは言えないけれど先生には

十分なダメージを与えた事で納得。

ようやく、こだわりうるさいチョゴリを

新調する。スカートの長さ、裏地、

チョゴリ袖の幅、リボンの幅…

コリアンタウンのオモニ(お母さん)に

「アイゴー!」っとため息つかれる(笑)

アイゴー!とは感情が爆発してる状態の

時に出る「アァ!」みたいな感じ。

喜怒哀楽、驚いた時、怖い時、泣く時全てに使う。

現代の若者は使わない(アハハ)

この時のコリアンタウンのオモニのアイゴは

『どんだけ〜!細かい!勘弁して〜!』

やったと思う(笑)


この頃は想像もできなかった事。

今ではk-popの聖地になっている(笑)

コリアンタウンに来たならば毎度

お婆ちゃんの家に寄るのが慣例。

毎回、鍋焼きうどんの出前を取ってくれる。

お婆ちゃんは戦前に日本臣民として来た。

言葉もティッシュペーパーはチッチペーパー

ご飯はコハン、座布団はチャブトン

爪楊枝はチュマヨウジ。(かわいい…)

お婆ちゃんに『みんな元気か?』って

聞かれて「元気、元気」って言いながら

胸と喉あたりが詰まる感覚になる。

これは私が嘘をついてる時の感覚。

嘘ではないのに私のモヤが反応してる。

モヤは誰にも言える訳でもないし、

答えがない。


あくまで私の話。

今現在の私がこの時のモヤを考察すると、

モヤの正体は<純粋性が汚される>って

事かもしれない。

嘘をつかれたり、不誠実な事を見たり、

残念と思う人の言動と行動に傷ついて

なんか違う。なんか変。見たくない。

聞きたくない。やめて〜!と思いながら

「仕方がない」で諦めたモノがモヤの

正体。

これのタチの悪い所は自分で自分にも

してしまう事かもしれない。

誰かに遠慮して、空気読んで、

悲しませたくなくて、…

モヤは生きてる上で必須やったと

この年になってようやく言える(笑)


高1の頃の私は、モヤの反動で

面白そうな事をとりあえず

するようになった。

クラスで流行ってた遊びに参加した。

学年上の先輩に 推し活(きゃ〜笑)

私は商業科の2年生。パンチパーマが

凛々しい、長ランの着ている先輩(笑)

商業科で見た目がそこまで気合いの

入った男子生徒が珍しい。

珍しいとか、人と違うが好物の私。

推し活ライフとは言え携帯ない時代。

とてもシンプル。

窓から体育時間の先輩を拝む。

一日一度は顔を見に行く。

ファンである事を記入したQ&Aを

びっしり書いたお手紙渡す。

お菓子の差し入れ。

こんな感じでワイワイする事が

面白かった〜。

その後少し、進撃!の私(笑)

する話は続きで。



ここまで読んでくださり

ありがとうございます

ごきげんよう。