自覚症状~全く気づいてない頃~ | 白血病だって100まで生きてやる。

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21歳で慢性骨髄性白血病と診断され、2年以内に分子遺伝的寛解達成!
留学先で風邪で入院し、採血したらまさかの白血球26倍(26万個)。
すぐにマルク(骨髄穿刺)でその日のうちにたった一人で外国語で病名告知されました。

今日もいろいろ更新していきます。

このブログ、気ままにあちこち更新してるので、

テーマから見たほうがみやすいかも…。


もう少し形になったら目次作ります。



さて。


慢性骨髄性白血病の自覚症状とは

いかなるものか。


私は大四の秋に診断されました。


思い当たることを書いてみようと思います。



1. 幼少期


特になにもありませんでした。

風邪の流行期には風邪をひくこともありましたが、

大きな入院はなく、病気もしませんでした。


食事に関しても、ウィンナーと昆布巻きが嫌いな以外、普通に食べてたと思います。

(好き嫌いは多かったほうだと思いますが)


本当に普通だったと、自分では思います。



2. 小学校~中学校

食べることに関しては、チビで痩せてたのに、

牛乳おかわりしたり、友達のもらったり、

残すどころか自分の分+α食べてました。笑


ただ、引っ越しする前の学校では、先生が逮捕されたりするような学校で、

行きたくないと思ったときは頭痛がすることもありました。


それと、高学年のときになったおたふく風邪以外は特に普通、だったと思います。



中学校では、成長期だったからか、貧血で辛い時期が続きました。

あとこの頃に、自分はみんなよりかなり低血圧であることに気がつきました。

今でもそうですが、上が100行きませんし、下は40~60です。

なんとなく、この頃に朝が起きれず、休みの日はとにかく寝てしまうことがありました。


あと、ストレスを感じたり辛い気持ちになると、おなかが痛くなる、

過敏性腸症候群」になり、ビオフェルミン持ち歩いてました。



3. 高校

この頃も、学校に行くことがつらく、

とにかく勉強したくなくて(ここ でも少し書きました)

毎日腹痛でした。

睡眠もどんどん増えていきました。


とはいえ、普段は課題もろもろで朝3時ころ寝て、7時に起きて学校へ行き、

行くまでの道のりで「今日はこの授業とこの授業で寝よう」と考えていました。ww

実際、それ以上に寝てたんですけどね…ww


そして、試験が終わったら(だいたい試験は木・金なので)

土日はもう本当に寝ているだけ、

ひどい生活でした。


今思えば、この病気が見つかった大四のとき、

白血球が26万あったので、この高校くらいからなりはじめてたのかなぁ、と思ったり。


だとしたら


睡眠が3時間の日もあれば、6時間、12時間寝る日もあり、

ストレスはとにかく毎日で、

食生活も乱れてましたし(朝食べずに、学校へ行き、昼・夕・深夜食べる…等

常に頭で考えていたので…


これが原因…なのかな…なんて。


ストレスフリーって大事です。


私の場合は、自ら進学校を選んだわけじゃないので、なおさら辛かったし。


あ、でも、前にも書きましたが、

風邪はあまり引かなかったし、自分で体強いと思ってました。

徹夜あけに学校行って、隣の子がインフルで1日中一緒にいても、

うつらなかったんで…。


生理もちゃんと月1でズレなくきてたし、

体のダルさはありましたが、カラオケなどで吹き飛ばせました。(若いな。


この病気になって、知ったんですけど、

結構「体力自慢だったのにがんなったー!」とか、

「元気だけが取り得やったのにがんなったー!」とか聞くので…


ほんと、関係ないっすよね。


でもやっぱり、

自分にくるかぁ~!?!??!??!?!?

とは思いますけどね。


そして私、未だに自分が病気だってこと認識薄いかもしれないです。


グリ飲んでた頃は、あまりの副作用で

「ああ…こりが抗がん剤とゆうやつなのね…(←でもまだまだ甘いほうやと思います)」

と思ったり、


ね」とか「にたい」とか聞くと

「なんちゅうこというんや! 生きたくても難しい人かっておるんやぞ!!」

と本気でキレこんでましたしね。


でも今でも、テレビでツッコミで「ね!」って聞くと、ゾワッてします。


あんまりそう簡単にいわんでほしいなあ。


かなーり話ずれました。

このことはまた今度書きます。


次は大学から診断までです。