さてさて、顕在意識では、愛がすべてだと思っていた私が、
潜在意識では、お金が一番大事になっていたんだから、
驚きです。


どんどん浄化しているつもりだったけど、
いい所に気付くんだけど、
なんか、出切ってない感じ。

膀胱炎の時の、残尿感。みたい、、、


まだ、何かある。


浄化して、気分は確かに良くなるし、
楽にはなるんだけど、

外側の現象が、なんら変わっていかない。


まだ、核心が取れてない。



なんなんだ。何に気付かなきゃいけないんだ。


そんなことを思いながら、ここ数年が経っていったんです。



そして、今回、結構、すっきりしている。




まだまだ思考の癖習慣は、すぐには治らないけど、
あ、また、お金が一番の思考になってるで!って、
自分を制することができる。



好きなことを、ただ好きだというだけで、やっていけるように。

たとえそれでお金儲けできなくても、人から賞賛されなくても、
なーんにもならなくても、将来のためにならなくても、

ただただ、楽しいというだけで、やっていける自分になれるように。


楽しむために生れてきたのに、将来のために今を我慢して、
いつ楽しむつもりなんだろう、私は。


ここんとこのブログの記事で、綺麗なものを集めてますって、
写真入りで書いてたあたりは、気づきの序章で、

あの頃は、楽しまなきゃっていうところまでは行ってたんだけど、

思考が、「お金が一番」になっていたことにはまだ気づいてなかった。



すこしずつ、すこしずつ、気づいていく。段階を追って。



この「お金一番」の思考回路に気付かずして、

引き寄せの法則も、おまじないも、神頼みも、なーんにも
効き目がないことが、今ならよくわかる。


楽しむために、楽しむのなら、楽しめるような気がする。


無条件に楽しむことを、やっと自分に許可します。








さて、昨日の続きです。


そうなんです。


私は、人生、金勘定で生きていたんです。



学生の頃、ひたすら勉強してたのも、
大学へ行くため。大学へ行けば、いいとこに就職できて
高収入が得られて、リッチな生活ができるから、、、


編み物や手芸は、テストが終わった後の楽しみで、いつもできる
ことではない。

編み物や手芸をしても、なんにもならない。

それで、仕事にはならないし、何の役にも立たない。

そんなことしてる間に、単語の一つでも覚えたほうが、
将来のためだ。


幸せをつかむには、やらなきゃいけないことを、
歯を食いしばってやり遂げて、好きなことも我慢して、
辛い思いをして、がんばってがんばってその先にしか
幸せはない。

楽しいこと、好きなことをするのが 有意義だとは思わない。


将来、それで稼げるようになることだけに、時間をかけ、
やって行く価値がある。


収入を得て、お金持ちになって、それからでないと好きなことは
できない。行きたいとこへも行けない。

すべて、お金持ちになってからだ。


だって、お金さえあれば、両親は喧嘩しなくても良かったんだから。

だって、お金さえあれば、母は、あんな辛い思いをしなくても
すんだんだから。

だから、どうやって、お金を稼ぐかが最大の関心事で、
それに直結しないと思われることは、どうでもよかった。


そんなことして、どうなんの? なんの意味があるん?

それで、お金が稼げるの?

そんな暇があるんだったら、もっと他のことした方がいいんちゃうん?

何をしていても、心から、楽しいと思ったことはなかった。ほとんど。


結婚するまで、そんなだった。

全く、可愛くねえ。

よく、結婚できたもんだ!


厳密には、このあいだの満月イブ、満月前夜祭だった
10月22日。

閃きのような気づきがあって、それはもうショックというか
情けないというか、どうしようもないというか、、、

かなりかなり落ち込んで、いつになくちょっと自分が嫌になった。



でも、それくらい強烈だったから、
すっごい手ごたえがあって、

たぶん、それは、ここんとこ5年間の低迷の原因に違いないと思った。


それに気づいたんだから、落ち込んだけど、嬉しかった。



それは、私の主なものさしが、「お金」だったことだ。


なんとまあ、お恥ずかしい限りです。


全く、無意識にそして常に何事に対しても、そのものさしは
使われていたわけで、、、


ようするに 「お金」に縛られていたんです。


「お金」の呪縛が、無くして行ってたかに見えて、
まだまだ 歴然と、当たり前のように、しっかりと
あったんですよ。


「お金」に関する良からぬ観念は、随分外してきたはずだったのに、、、



もう少し書きたいけど、

娘が、代われと横でうるさいので、

また、次回に。


今回は、たぶん 核心です。