ムダなこと | 将来、お前のおかけでいい人生だった、と言ってみたい

ムダなこと

世の中にはムダなものなど一切ないと、素朴に、単純に信じています。

二つの意味で。


この世の中は神様、あるいは、神様的な存在が創造したのではないかと素朴ながら信じているのですが、だとしたら、全知全能の神様が、わざわざムダなものなど作るはずがないから


そして


ムダなこと、ムダなものは反面教師として、有益なものを顕在化するから


そんな意味合いで、私は「ムダなものはない」と信じています。


だって、ムダというのは、ある一定の基準を当てはめて初めて判定される結果にすぎないのであり、その基準が、世間的にも、そして、ひとりの人間の中にも多元的に存在する以上、少なくとも「絶対的なムダ」は、論理的にはありえないはずですから。


翻って私の人生。

失敗は多々ありました。

そのときは成功に向かって突き進んでいるつもりなのですが、なにかの原因で失敗し、元も子もなくてしてしまう。

そんな失敗の経験が、これまでの人生にはたくさんありました。

そんなとき、私はいつも決まってこう考えてしまいます。

「どうして神様は、(当初、成功するのではないかと思わせた)この出来事を、私の前に現出したのか?」

「神様は、失敗するという結論を知りながら、なぜに私にこの経験をさせたか?」

「失敗するというムダを、どうして神様はわざわざつくったのか?」

と。

そう考えていると、これまた決まって私は、以下のように考えをめぐらしてしまうのです。

「失敗はきっと、神様からのなにかの暗示、メッセージなのではないか」と。


しかしながら、ことここに至って、致命的な問題が発生します・・・・

それは、私が「失敗」によって暗示された神様からのメッセージをちゃんと理解していない、すぐに忘れてしまうということです。

だから、同じような失敗を、何度も何度も繰り返す。。。。

失敗から教訓を得るて、次の成功につなげることができないのです。


失敗は成功の母


私の「失敗」は、本当の意味で「ムダ」になっているようです。