2017-08-27 晩餐は正装で:
と言う概念は一般の日本人には無い。
普通の家庭では、晩御飯の時お父さん
は湯上りで浴衣を着て座ってビールを
飲んで晩御飯が開始と言う家庭が多か
った。Diamond Princessはイギリス
の船会社で船長はイギリス人だ。当然
4-5日に1回はformal dinnerとなる。
船旅でも国際会議でもdress code:
formalを見落として自分だけcasual
で出席するとみじめだ。自室を出て、
廊下に出たとたん、自分以外の人が
全員正装だと慌てて自室に戻り、着替
えるハメになる。今 右舷遠方に日本の
山並みが見える。青森県か岩手県か、
船は只管走行を続ける。横浜には、
明朝6時入港予定。あ、今夜のdress
codeは?

2017-08-26 ロマンチックじゃない:
船出。夜の10時半船は何の音も立てず
に函館港の岸壁を離れた。汽笛も鳴ら
ない。上から見ていて、岸壁と船の間
に水が光るのが見えたから離岸した
ことに気が付いた。真っ暗な中で静か
に、本当に静かに、私の旅の最後の寄
港地函館をDiamond Princessは離れた。
何だ ロマンチックじゃ無いじゃん。
ま、俺らしいか。

2017-08-26 函館は五稜郭:
当然ツアーはこれを選んだ。外圧で
開港を余儀なくされた幕府は当時
北海道一の港であった松前をわざと
外し 函館を開くことにしたのだとか。
そして港の行政のために箱館奉行所
を開いた。西洋の砦を参考に7年もか
け土地を造成し松を佐渡から移植し
立派な建物を立て開いたのに、僅か
4年で奉行所の役目を終え 戊辰戦争
の幕府軍の拠点となる。私が知って
五稜郭はこの役目の五稜郭であり、
本来の奉行所のことは知らなかった。
江戸北町奉行とは違い 、外務省と
しての奉行所であったそうだ。軽い
罪は裁いたが重い罪は江戸に送って
いたとのことだ。

2017-08-25 小樽で外食:
旅に出てれば、ずーっと外食の筈だが
船旅は船の中で食べるのが日常になり
船の外で食べるのが外食だ。小樽では
ニッカの余市工場見学をツアーに選ん
だ。その理由は、30年昔、安サラリー
マンだった頃好きなウヰスキーは、
ニッカのsingle maltだった。あれを
作っていた余市工場を訪ねるのは、昔
の自分を探す旅か。見学が終わり、試
飲の時が来てゆっくりと味わいながら
ウヰスキーを飲んだ。しかし30年前の
味を思い出せなかった。寂しい。見学
のバスから脱落させて貰い蟹の生簀の
ある土産物屋に入った。たらば蟹の
生簀の脇に冷凍の足が4本2300円で
売られていて、値段の横に、この値段
で店で食べられます。と書いてある。
食卓もあるので座ってたらばの足を
焼いて貰い、酒を頼んだ。焼けた蟹
を鋏で甲羅を切り、箸でつまみ出し
食べて酒を飲んだ。美味かった。

2017-08-25 電話あれこれ:
旅の相棒の竹内さんのスマホは世界最強
のiPhonでSIMはau,一流品だ。一方私は
端末が富士通のarrowsで安いが悪く無い。
SIMが問題でJcomの格安SIMで、これが
問題となる。船が外国にあれば、電話が
通じないのは仕方が無いとして、日本の
港に着いてやれやれこれで電話もinter
netも通じると思うのだが、釧路や小樽
では、通じませんでした。釧路では時間
が無かったので、そのまま帰船した。
小樽では石原裕次郎記念館の前に公衆電
話boxがあったのでJcomに電話した。そ
したら、小樽は街の中心では可能だが、
港町ではサービス外だとのこと。安い
SIMのたたりだ。

2017-08-25 北方海域にて:
今回の旅で船は釧路を出た後、国後島
の沖を通り、択捉島と得撫島の間を
北上しながら抜け出た後、南西に下り
ながら知床に接近しました。このこと
を知床に来るまで気が付かなかった
私も間抜けな話ですが、ダイヤモンド
プリンセスと言う巨大な観光船が通過
できた訳です。これは北方領土の観光
開発にとって、今後の大きなヒントに
なると思います。

その後船はコルサコフに寄るのですが
ここは今後どうなるか、余り魅力は
無い街です。今日は小樽に寄港です。

2017-08-24 コルサコフ:
樺太サハリンのコルサコフに
停泊中です。将来この地区の
中心地になるだろうと踏んだ
のは私の浅学菲才の故か。案
に相違して小さい港だ.ダイプリ
は接岸することができず沖泊り。
小船で上陸する。大勢のツアー
客を捌ききれず小分けで市内
散策になるらしい。案内人は
ボランテイアとのこと。ルーブル
に交換したいと言ったら,買い物
の時間は有りません,とのこと。

2017-08-24 コルサコフ2:
行ってきました。ダイヤモンドプリン
セスが接岸できるような埠頭はなく、
小型船に分乗してピストン輸送です。
何回も往復して漸く上陸が終わり、市
内散策となりました。コルサコフは、
人口3万数千、日本時代の大泊の面影
は殆どありません。ただバスを止めて
おける展望台から、市内と港が展望で
きます。その前に7/11がありました。
文化センターでは歌と踊りがあり、土
産を売ってました。小さなマトリョー
シカが20$もして驚きました。その裏
のお店で大きな肉パンが2$,ペットボト
ルの水が1$で米ドル札で払いました。
日本円でも買えます。レーニン広場
も歩きましたが、どうでも良いです。
これで散策終わり。他の人にこの
街の訪問を勧めるか?と聞かれれば、
迷います。もう一度行きたいかと聞か
れたら、行きません、と答えます。
稚内との間に定期航路があるそうで
すが、港にそれらしい施設が見当たり
ませんでした。

2017-08-23 知床が見えた:
15時半、知床が薄っすらと見えてきた。
16時半まで風に吹かれて見ていたが、
疲れて来たので部屋に戻った。船は、
今朝2時から3時にかけて、得撫島から
択捉島の間を抜けてきたとのことだが、
霧で見えなかった。このコースは外国
船しか許されないとかで、見えていた
ら貴重な体験となったことであろう。
ただ本船は巨大なため、半島から離れ
て航行するため、遠くから見ることに
なる。天気が良くなって綺麗に見えた
ので良かった。

2017-08-23 朝 霧深い:
22日夕方釧路を出てコルサコフに着く
までが今回の船旅の最長航海時間で40
時間となっている。8時頃deck15の屋上
甲板に出てみた。霧で何も見えない。霧
笛が時々鳴るが15階で聴くとすぐ側で鳴
るので大きく腹の底まで響く。1時間程
経つうちに霧は晴れて左舷の彼方に、
陸地が見えるような気がして眼をこら
してみたが、確かに陸地と断定はでき
なかった。海面にかもめとは違う水鳥
がぽつんぽつんと見える。その鳥は、
飛び立とうと羽ばたいても足が水に着く
位の高さしか上らず、2-3m飛んでその
まま着水する。

2017-08-23昼 何も見えず:
deck7の甲板通路は船の外縁に沿って
1周できる。散歩やジョギングをする
人も多い。つまり7階には海に面した
部屋が無いわけである。15階の屋上
甲板より、風の当たりは弱い。理屈と
しては左舷に陸が見える筈なので、
眼を凝らすが何も見えない。また霧が
出て来たようで霧笛が鳴る。15階で
聴くより遠くに聞こえる。半袖で歩く
人も居ればダウンジャケットで歩く
人も居る。
右舷に立つと、何処までも海で 、ほか
には何も見えない。私達は何処を走っ
ているのだろうか。もう霧笛は鳴らない。

2017-08-22 釧路にて:
朝5時に目が覚めて部屋を飛び出し
7階の甲板通路から外を見ると濃い
霧だ。船は霧笛を鳴らしながら進む。
知らない日本人客と挨拶を交わし、
これで入港できますかねなどと心配
したが、6時には入港した。私が選ん
だ釧路のツアーは湿原のカヌー体験、
ツアーは5種類あるが全てのツアー
希望者が船内の劇場に集められ、
種類毎に違う色と番号の ワッペンを
渡され胸に貼り、順番に呼ばれて
船の下船口gyang wayから外に出る。
各グループ毎にバスに乗り、次々に
出発し、細岡に着いた。そこは既に
釧路湿原の真っ只中でカナデイアン
カヌーが待っていた。

カヌーは2艘が金具で横並びで連結
されていた。観光客向けに安定的に
なっていて女性親子と私と竹内さん
が乗った。最後尾にガイドとして
カヌーのプロが乗ってくれた。行程
1時間20分の釧路川下りである。

漕ぎ出して5分もしたら、右岸に
丹頂鶴が2羽居てガイドが声を出すな
と指示する。鶴は人間が歩いて行くと
凄く警戒するがカヌーで行くと漂流物
と認識するので警戒しないとのことだ。
すぐ近くで鶴をみることができ、ガイ
ド氏も、とてもラッキーですよと言っ
ていた。今回の川下りでもう一度丹頂
と別の川岸でエゾ鹿、カワセミ、ヤマ
セミ 鵜と白鳥を見た。白鳥は群れで来て
群れで帰るものだが、北帰行から逸れ
てしまった1羽とのことだった。鶴を
見るチャンスは5%だと言うから非常に
幸運な川下りであった。