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https://ameblo.jp/aruearui/entry-12442591171.html

以前の記事です。

 

僕は、多分一般的な人が送る人生とは全然違う生き方を大学卒業時に選びました。

 

今現在、お金も正直そんなにないし社会的な立場で言うとクズと呼ばれる部類にいると思います。社会のゴミクズと。

 

でも、この生き方を選んだことに後悔は全くないし、他の人ではできない経験や体験、それを経て感じたこと学んだことは

お金よりもずっとずっと大切なもので

 

これからも自分の財産になると思うし、これから生きていく上での力になると信じてやみません。

 

 

 

前の記事で大学卒業して就職、退職、そして大学のサークルに入るところまでをざっくり書きました。

 

すごいざっくり書きましたが、大学卒業までの人生何となく生きてきました。でも、忘れられない瞬間というのはありました。

 

保育園の時にカツアゲにあって親にもらったお金を盗られて楽しみにしてたガチャガチャができなかったこと。小学校の時に明るく前向きでキラキラした女の子に初めて恋をしたこと。中学の時家族ぐるみの付き合いをしてた知り合いにブラジルに連れて行ってもらって24時間飛行機に乗り、ケツがどうしようもなく痛くなったこと。同じく中学の時剣道部の顧問に飛び膝蹴りを食らったこと。高校の時謎にモテたけど付き合うのっておもんないなって思って恋愛とは無縁の高校生活を過ごしたこと。大学の時童貞を卒業したこと。軽音部の友達とオリジナルバンドを2回組んだけど、どちらも1回のライブで終わってしまったこと。 などなど

 

成績は可もなく不可もなく、クラスでは決まったグループには入らず誰とでも話すし馴染む。今まで習い事で経験したスポーツは空手、水泳、野球、剣道。なので運動もそこそこにできて、

小学校はクラスの代表になったこともあったし、中学の時は剣道部の主将。高校の時は副主将。大学の軽音では部長ではなかったけど、すべての行事に関わるくらいいろんな役職を割とそつなくこなしてて、大学の時の成績は一番優秀なAが最も多かった。

 

そんな僕が社会のゴミクズ的な立場になって生きていくことなんて一体だれが想像しただろうか。

 

 

前回の記事の続きと、ここまで生きてきてやっと自分というものがわかってきたのでその辺のことについて、そして長引かなければ今後の展望について書きたいと思います。

 

 

 

 

 

サークルに入ってからのことやな。

 

すごく毎日が新鮮で楽しかった。こんな僕を先輩も同期もすんなりと受け入れてくれて、とても快適に過ごすことができた。

 

サークルの中の人はもちろんほとんどが京大生。そんな日本有数の頭脳をもつ学生さんたちと触れ合って感じたことは。

 

・・・・あんまりかわらん笑

 

うそうそw

 

でも普通に話す分にはあんまり変わらんってのは本当かも。

 

一番違うのは、

 

やりたいことを実現させる力を持ってること

 

これかも。

 

自分の理想ややりたいことを形にするためにはどうしたらいいのか。

 

その内容が正当なものから、どんなにしょーもないおふざけであっても、全力で実現させようとする。

 

その姿勢がなによりすごいと思った。

 

そのための行動力、思考力。これは人生を豊かにするには絶対に欠かせない能力だと思うし、

 

そんな能力、才能に溢れた人がとても多いと感じた。

 

そういう人たちに感化されて、サークル全体がすごくアグレッシブなものになっているのがわかった。

 

単純に楽しいだけじゃなくて、そういう面が見られたということも自分の中では大きかった。

 

 

 

仕事面では、プー太郎になるわけにはいかなかったので、インターネットでビジネスの勉強をして本のネット販売をやっていた。

 

仕入れ、出品、梱包、発送、そして顧客対応。全て自分ひとりでやる必要があったのでなかなか大変だった。

でも融通を効かせたいというのが一番あったので自分ひとりで完結させることがやりたかった。

今思えば、よく合宿とか行けたなって思う笑

合宿から帰るとすごい仕事がたまってるから大変だったな~。

 

そんな中、生まれて初めて一人暮らしをはじめた。

毎日食事があって洗濯をしてもらえるって有難いことだなと痛感しながらも、1人が好きな自分としてはなかなかに快適だった。

 

ネット販売をやりながら、母親の知り合いの社長について、美容商材の販売を手伝っていたこともあった。

社長は若かったがその人もなかなかトラウマレベルで怖かった。良くも悪くもいろいろ学んだと思う。

美容院に飛び込み営業とかもした。死ぬほど怒られた。愛ゆえにとはわかっていても辛かった。

その人と仕事してた時が人生で一番苦しかったかもしれない。

 

1人でネット販売してたために、サークル以外で人と関わることがほとんどなかった僕が、社長の手伝いで人と関わってみて思ったことは、

自分にはそういう営業で人を動かすというか、そういうのが向いてない。というか好きじゃない。

 

人とは何らかの形で関わっていたいとは思うけど、そういうビジネスが前面に押し出された関わり方はしたいと思わない。仮に思ったとしてもできない。

 

 

それでもやっぱり、1人で仕事をしていた僕からすると、人と関わるということは勉強のためにもやっていかないといけない。

 

何かをするのなら、自分の価値観と一番離れたところに行ってみようと思った。

 

その結果、ガールズバーでボーイをやってみることにした。

 

ガールズバー、キャバクラとかは以前会社の付き合いで行ったことがあったが、何がおもしろいのか全然わからなかったし、

基本的に人見知りなので、女の子と話すっていっても当たり障りない話をなんとなくするだけ。だから行きたいと思ったことは1回もない。

 

そんなところなら得るものも多いかなと思った。

 

面接の結果、何故かキャバクラに配属されたが、思ったよりスタッフの人がいい人で、続けることができた。

 

一時期こっちをメインの仕事としてやっていた時もあった。だから、中には四条あたりでお会いした人もいらっしゃるだろう。

 

 

ここでは、人との距離感に気を遣ってあまり近づきすぎないように一定の距離感を保つようにした。

 

ボーイとキャストが連絡取り合ったり付き合うのなんていうのはご法度。ということもあったのかな、

 

自分ではそんなに関心を寄せてないことが逆に相手の関心を引いたり、信用された。

 

バイトやったけど、マネージャーっていう役職もってたこともあったし、店長やオーナー、代表からめちゃめちゃ社員に勧誘された笑

 

キャストの子ともそれなりに仲良くやっていけた。

愚痴聞いたこともゲロの処理したこともあったし、酔ってるキャストにめっちゃ噛まれたこともあったしいろいろあった笑

 

 

ここで働いてよかったなと思うことは、人との距離感の取り方がわかってきたこと。

あとお酒は飲めないけど、ある程度カクテルとかお酒、シャンパンの知識がついたことかな笑

 

 

このころ、人生に1回やるかやらないかやなと思って金髪にしてた時もあったな~。

20後半にして初めての金髪。ファンキーやろ?笑

それも面白い経験やったわ。

 

 

 

 

ボーイするちょっと前くらいかな。サークルでオリジナルバンドを組んだ。

それが、このブログが生まれるきっかけでもありますね。

 

本当に自分は恵まれていると思うのが、大学の軽音でバンド組んだ時も、そして今回も

 

自分が最高でこの人しかいない!って人とバンドできてることやな。

 

音楽がやりたくて会社辞めて、バンドやりたくてサークル入ったけど、

 

「誰かー!!俺とオリジナルバンドやろうぜー!!」

 

みたいな空気は一切だしてなかったし、そんなこと言ったこともなかった。

 

ただ、サークルで音楽を全力で楽しんでいたら、自然とこれ以上にないメンバーが集まってくれた。。。

 

それもキャバクラと同じ逆の法則なんかな~。ほんと、今でも信じられない出来事やと思ってる。すげぇわ、すげぇよ。

 

 

このバンドのことは今までの記事で散々書いてるから、敢えてここでは控えようと思うけど、多分この時が

 

人生で一番青春してた

 

もう、毎日がウォーターボーイズ状態 笑

 

この曲が常に鳴ってたよ笑

 

 

 

楽しかったのはもちろん、人生で一番負の感情が一切なく限界を超えても頑張ろうと思えた時だった。

 

このバンドならどんなことだって実現できると心の底から信じていた。

 

数年間活動することができたが

 

そんなバンドも突然終わってしまうことになる。

 

 

その時は両親と婚約者を同時に失ったような感覚になった。

 

絶頂からどん底にたたきつけられる感じ。

 

そこからは、絶大な喪失感にさいなまれ、どんな理由であれ責任は全て自分にあると感じて自分を責め続けた。

 

1年か2年くらい心に穴が空いた状態で、正直 もう死んでもいいかな って思った時もあった。

 

人生で一番の青春のあとに、人生で一番の絶望を味わった。

 

 

今までそんなに落ち込んだ経験がなかったので、人ってそんなに落ち込むんやって思ったし、文字通り死んでしまいたいと思うほど落ち込んだ。

 

本当に空白の人生やったと思う。この落ち込んでた時期は。

 

 

それによって、自分の中の価値観がパラダイムシフトして内面的にいろいろ変わったと思う。

 

バンドやってる時はすごいキラキラしてたと思うし、心からキラキラしていたものの、キラキラしなければいけないと思ってた部分もあった。

そういう部分が全てそぎ落とされて、本当の内面にある陰キャの部分ががっつり出るようになった。

 

 

音楽から離れたのに、音楽に対する感覚は鋭くなった。それも多分余計な感情的な部分がそぎ落されて本質で捉えられるようになったからなのかな。

 

 

こと音楽に関しては、今のところバンドをやる気はないです。

 

あのメンバー以上のバンドを組めるイメージが全くつかめないっていうのが一番の理由かも。

 

自分なりに全力でやれたから悔いはないってのもあるけど、心のパラダイムシフトのせいで関心自体が極端に薄れてしまった。

 

 

強烈な体験はこうも人の心を変えてしまうのか。

 

 

でも、歌だけはきっと墓場までもっていくと思う。この腐れ縁だけは切っても切れなかった。

 

人前で歌うことがあるかはわからないけど、今でも練習はしてるし上手くなりたいという感情は変わらない。

 

 

でもこんな強烈な経験も、今となっては必要なことだったのかなって思えるくらいには立ち直れた。

 

それはやりたいことができたからです。

 

 

 

音楽から仕事の話に戻ります。

 

キャバの仕事もある程度もういいかなと思い出して、今度はいろんなところが見てみたいと思って派遣の仕事をすこししていた。

 

手っ取り早くいろんな職場に関われるし、その都度作業や考え方も変わるから、得られる経験値が大きいと思ったから。

 

でも派遣もほぼ同じところからの依頼ばかりになってくるので、嫌になった。というか割と早い段階でもう十分経験できたかなと思った。

 

 

そして、今現在はホテルのレストランのホールで働いています。立場的には準社員って感じになるのかな。福利厚生もあるし。

 

そこでも、すごく社員になってほしいと言われるけど、断ってる。っていうのも、やりたいことができたから。

 

 

 

自分でここまで生きてきて思ったけど、僕割と仕事できるんですよ笑

 

基本的にミスが少ない。言われたらほぼ1回で覚える。顧客目線で物事を考え、提案する。

イレギュラーやな と思ったことは実行前に相談する、やったことで伝えないといけないことは報告する。

 

その辺のことがまぁまぁできる人間みたい。これもいろんな人と関わって学んだ結果やろうけど。

だから、社員の打診もされるし会社に入ると人当たりもよく信頼されるから昇進していくタイプやと思う。

 

 

でも、何かに縛られて生きるのが嫌みたい。

根っからのSなんかな~笑

 

というか大学の時のゼミの先生が言ってくれた言葉

 

「自分の心が一番喜ぶことをしなさい」

 

これに従って生きていこうと決めたあの時から、やっぱり自分が一番やりたいことがしたい。

 

そういう気持ちは変わってない。

 

ナルトの忍道が

 

「まっすぐ自分の言葉は曲げない」 

 

やったら

 

僕の忍道は

 

「自分の心が一番喜ぶことをして生きていく」

 

かな!

 

 

あ、やっぱり長くなって今後の展望は書けそうにないわ笑

 

 

なので次回に!!!