どうもどうも。
マジでこれは音楽と関係のないマジで個人的なやつですわ。
そんでもって何のひねりも面白味もないことをつらつら書いていくからそのつもりで読みたい人は読んでください。
僕がここまで生きてきて、
保育園に行ってる時に観てたちびまるこちゃんはすごい大人に見えたし、
小学校低学年の時に観てたサザエさんのカツオくんはすごい大人に見えたし、
中学の時の高校生のイメージはスラムダンクの影響か、すごいヤンキーっぽくて怖かったし
高校生の時の大学生は家庭教師もしてもらってたことあったし模範的な先生ってイメージ
大学生の時の社会人は仕事終わりに飲みに行って やってらんねーって愚痴たれながら生きてるイメージやった
でもこうやって30を超えて、いろいろな経験はしたものの、中身は全然変わってない。
大人ってそういうもんやと思ったわ。
自分だけじゃなく、大人って誰しもが完璧なわけじゃなく、経験と建て前というバリアを張りながらも
本当の中身は子供のころと同じ。まぁ良くも悪くもやな。
こいつ自分の倍は生きてるやろうに、なんでこんなこともわからんのやろ。とか思う大人もいるし。
家庭にもそこそこ恵まれて、大学までは割と普通に生きてきたと思う。
ちょっと違うのは小学校6年の時に大好きやった父親が亡くなったことかな。
そして、大学出るまでに死にかけたとこは2回、いや3回あるかな?
1回目は保育園の時に海で沖に流されたこと。これはライフセーバーの人が来てくれなかったら確実に死ぬか無人島で野生児やることになってた。
2回目は高校の剣道部の合宿。アドレナリンで自分の身体の異変に気づかなくて、先生に練習止められてなければ多分死んでた。熱中症なんかな。気が抜けると全く歩けない、飲み物もむせて拒絶するぐらいやばかって、病院運ばれた。
3回目、これは微妙やけど、大学の時チャリで高速の入り口付近の道路を横断しようとした時。
怪我せず無事に渡ったんやけど、容赦ない車の圧力に全力で命の危険を感じた。
転機は大学の時やと思う。
その時はみんなと同じように就職活動をやってた。
苦労はしたけど、無事就職も決まった。
彼女と卒業まで付き合ってたら、普通に結婚とかしてたんちゃうかな。
でも、そこで迷いが生じた。
高校くらいからバンドにめっちゃハマって、大学の時に軽音はじめて、めちゃくちゃバンドが好きになって、
もっと音楽にのめり込みたいという気持ちがあった。
だから、就職か、バンドか、そういう選択肢で迷ったんよ。
そしてもちろん、その時は彼女とも別れてたしフリーやったっていうのもこの考えが生まれるきっかけになってたと思う。
生まれて初めていろんな人に相談した。いろんな意見をもらったが幸い否定的な人はいなかった。
一番影響が大きかったのはゼミの先生。
僕は現代社会学科に入っていて、その先生は「楽しみ」を科学していた。そのゼミは一番人気で、嘆願書の文章のキャパだけで入れたと自分では思ってるんやけど、一番人気であるのがうなずけるぐらい緩いゼミだった。
でも先生の信頼は厚く、みんなから慕われていた。厳選された生徒で構成されてただけに、みんなモチベーションは高く、緩いながらも締まるとことは締まった良いゼミだったし、先生も全力で勉強をサポートしてくれた。
先生に相談した時に初めて聞いたのだけど、その先生は京大出身で、大学を出てから教授になるまで結構フラフラしてたらしい。
トラックの運転手したり、バーのマスターになってみたり。
その先生から
「自分の心が一番喜ぶことをしなさい」
と言われた。
この言葉が多分僕の人生を決定づけるものになったんやと思う。
でも、せっかくもらった内定のご縁やったから
2年働いて辞めよう。でも2年までは何があっても絶対に辞めない。
って決めた。
僕の入った会社は、健康食品やサプリメントの営業。
結構すんなり入れたから同期めっちゃいるやろうなと思ってたが、京都支社での新入社員は僕一人だった。
そんで、配属された先の直属の上司が死ぬほど怖かった。
マジで、会社のサプリとか飲みながらやってたから身体もったようなものの、なんもなければストレスで身体バグってたんちゃうかな笑
でもその上司はすごくできる人で、常に人よりも数手先を考える人だったし、あらゆるところからあらゆる知識を学んで吸収できる人だった。だから尊敬はすごいしてた。
プレッシャーがきつすぎてしんどかったことも山ほどあったけど、2年経つまでは絶対に辞めないって決めてたから、辞めたいと思ったことはなかった。
その上司のおかげもあってか、入社して1年くらいで副店長をやっていた。
1年半くらいの時に上司に大学の時に決めた2年で辞めるって話をして、理解してもらえたし応援してもらえたけど、多分普通に続けてたら割と早い段階で店長とかもやってたと思う。
その会社は有難いことにとても円満な感じで辞められた。
働いてた時に弾き語りをちょいちょいやってて、その縁で京大のこんぺいとうというサークルに出逢った。
会社を辞めたのが4月だったので、新歓に紛れ込んでみようと思ったのがこんぺいとうに入るきっかけであり、はじまりです。
今考えてもすごい縁だと思うわ。入るのが一年先でも一年後でも良かったとは思うけど、マジで同学年で出逢った奴らは最高やった。
年上やのに、先輩は後輩として、同期は同期として接してくれたのがとても嬉しかったし、小さいことかもしれないけど、ため口で話してもらえたのが嬉しかったんよな。
大学入ってからはいろんな年齢の人が同じ学年にいるから、年なんて関係ないと思ってたから、僕自身は素直に、サークルの先輩は年下であったとしても先輩として接することに何の違和感も嫌な気も全くなかったし、先輩方がすごく魅力的な人が多くて心から尊敬してた。
大学の軽音にいた時も楽しかったけど、規模もスケールも段違いで全てが新鮮で、マジに大学もう一回入ったみたいな気持ちになったよ。
多分ここからまた長くなるから続きはまた今度!
ここから長くなるということはここからの人生がいかに濃密であるかってことやな!
いつもいろんな記事が宙ぶらりんになってたりしてるけど、これは必ずやる、一週間以内には!