約3年前に慶友会の会報に寄稿した内容が意外と鮮度が落ちていない。それは政治の停滞を表しているのであろう。ここに再掲する。
何かことあるごとに昭和の政治家、田中角栄が注目される。
田中はロッキード事件で逮捕され、1審で有罪判決を受けたにもかかわらず、その間、その後も無所属で出馬して、一時は病に伏しながらもトップ当選を繰り返し、田中派の勢力は拡大し続け、竹下登の経世会が旗揚げするまで絶大な政治力を維持した。晩年「闇将軍」といわれた所以である。
一般的な田中角栄のイメージは「無学歴の苦労人」「金権政治家」「人心掌握術のうまい人たらし」といったものであろう。その何れもが当てはまる。しかしそれらは田中の人物像を映し出す一面でしかない。違う角度から焦点を合わせれば、また違った田中像が見えてくる。政治家の評価は長い歴史の中で形成されていくようだ。
彼は無学歴だが無教養、無知性ではない。あの独特な口調の演説は論理的とはいえないが、誰もが理解できる平易な言葉で、記憶に残る話を聴衆に植えつける。マイナス要因でさえプラス思考で発想し、数字を効果的に使うなど、そこには膨大な知識に裏付けられた
確固たる政治理念と歴史観が備わっていた。
調べてみると、とりわけ田中の政治能力の高さは立法能力に現われた。日本の法律の多くは内閣立法であり、その法案は官僚によってつくられている。田中は議員生活 42 年の間に 実に33 本の法案を成立させている。これほど議員立法に執念を燃やした政治家は他にいない。この政策通という武器があったからこそ、東大出身者が占める霞が関の知的エリート集団を無学歴の田中がひれ伏せさせることができたのだと思う。田中派に東大卒の議員たちが集まったのも、カネのばらまきによる支配力だけではなかったことが分かる。
田中角栄は演説が上手い。メディアの向こうに多くの国民がいることを理解し、言葉を武器にできる政治家だった。裁判で有罪判決を受けた翌日も「人間は裸になったことがないからびくびくする。おれは裸になっているから倒れない」と報道陣に語ったという。このポジティブ思考と胆力が有権者の心を惹きつけていたのであろう。
気になるのは現在の政治状況である。田中角栄ブームがいま起きるのは、彼のような国民と向き合えるリーダーシップを時代が求めているからかもしれない。