とりあえず、こんばんわ。局長です。
最近、頭文字DACにて全国対戦に復帰しようかなー・・・
って思ってるんですが、ラグが多い全国対戦において
局長めが復帰したらカモにされそうで心配です。
というわけで、前回の続きでも。
九州鉄道記念館にて、ミニ鉄道を見て行ったりした局長。
何気に日本初のミニ鉄道というわけでございまして、
883系や885系、キハ72系がいたわけですが
スタッフがいなかったので乗る事は出来ず・・・
というか、局長のビバンダム体型でも乗れるのか?(;^ω^)
そんでもって、前頭部展示の車両の運転台を見て行った局長、
EF30やED76はメーター類やレバー類が良き・・・
そんでもって481系は高運転台というわけで
ちょっと登る時に『登りにくいなー』って思ったりしたわけです。
そんなわけで、九州鉄道記念館を満喫した局長は
次なる目的地へと向けていざ出発するのであったのだが・・・?
時刻は15時16分ぐらい、九州鉄道記念館を出た局長は
門司エリアを歩いていたわけなのですが・・・
カメラのバッテリー残量が半分くらいになっていたので
これは最後まで持たねーよな・・・と思ったのです。
そんでもって、充電スポットを探していました。
局長「や、やべぇ・・・このままじゃ夜までもたねぇ・・・」
杏奈「いっぱい・・・写真とか・・・動画撮るから・・・だよね・・・」
局長「そーなんだよなぁ」
亜利沙「それで、充電スポットは見つかりそうですか?」
局長「分かんないなぁ。まぁ、休憩がてら充電できればそれでよしだし、時間もあるし探してみるかい」
そんなわけで、国道3号線を歩くことしばし・・・
画像右手、『リバー』という喫茶店を見つけたのでパチリと。
外観は古く、看板といった塗装が所々剥がれていたりと
ホンマにやってるんか・・・という見た目なのですが、
ちゃんとやってました!(*´ω`*)
それに、こういう喫茶店に入ってみたかったわけでして
ここで次の場所へ向かう前に休憩する事に。
こういう喫茶店は隠れ家的な雰囲気が出ていまして
某セールスマンが立ち寄りそうなバーと負けず劣らずですね。
杏奈「それで・・・充電できるか・・・聞いた・・・?」
局長「ああ。OKだってよ!」
亜利沙「良かったじゃないですかぁ!」
局長「まさに救いだよな。てなわけで、この隠れ家的な『リバー』にてゆっくりとしていったぞ」
カメラのバッテリーを充電しつつ休憩した局長。
店内の雰囲気は良く、おばちゃん達が会話していたのですが
局長にも話しかけてきたので1時間ほど喋ってましたね。
いや~、地元のおばちゃん達との会話って意外に面白くて・・・
色んなこと話したなァ・・・コーヒーも美味しかったし。
ちなみに、カメラの充電をお願いしたらOKしてくれたんですが
その時に『出川哲郎の充電させてくださいみたい(笑)』と言われ、
確かにそうだよなってめっちゃ思いました。
局長「てなわけで、リバーにいた皆様ありがとう!!」
杏奈「局長・・・1時間もこの店にいたね・・・」
亜利沙「でも、居心地も良いしおばさんも優しくて良いお店でしたね!」
局長「こういうお店、出来る事なら長く続いてほしいよな。そいじゃ、一息入れたしいざ次なる場所へ行くぞい!」
そんなわけで、局長が車を停めた門司港レトロパーキングへと
戻ってきたのですが、その立体駐車場の1階部分には
『六曜館』という喫茶店があったりするんですよね。
六曜館と聞いて・・・
曜ちゃん
曜ちゃん
曜ちゃーん!!
って思い浮かべた局長はもう末期だと思います(;^ω^)
ちなみに、前回の記事で書くべきだったんですが
九州鉄道記念館のお土産売り場こと『ゼロマイル』にて
以下の物をお土産として買いました。
・西九州新幹線かもめマグカップ
・駅名キーホルダー
・九州特急ミニ額縁マグネット(883系ソニック)
・西九州新幹線かもめA4クリアファイル
・九州鉄道記念館クッキー(小サイズ)
あじゃじゃしたー
亜利沙「西九州新幹線のが2つもあるんですね」
杏奈「撮影当時は・・・西九州新幹線が・・・開業して・・・間もないから・・・」
局長「あの時は旬だったよなぁ。今じゃ、西九州新幹線は博多~武雄温泉の区間で揉めてるよな。北陸新幹線の敦賀~新大阪間と同じく悩みの種すぎるんよ。西九州新幹線は佐賀県が、北陸新幹線は京都府が意地張りすぎるせいでなぁ・・・はぁー」(´Д`)
杏奈「局長・・・元気出して・・・」つ『しずくちゃん特製カレー』
局長「うん。マジで元気出すわ」
亜利沙「それで元気が出るっていったい・・・」
局長「元気1000倍、アソパソマソってなぁ!!」
杏奈「ちょっと・・・なに言ってるか・・・分かんない・・・」
ちゅーわけで、レンタカーに乗り込む局長。
エンジンを掛け、まずはこんな感じでパチリと1枚。
テストドライブアンリミテッドっぽくて良いですよね(どこが)
ちなみに、テストドライブアンリミテッドって
最新作が出るけど香港が舞台なんですねぇ・・・
おっと、関係ない話をしてしまいましたね。
夕暮れ時の出発、時刻はもうすぐ17時。
次なる場所へ向かうべく、まずはナビをポパピプペーっと入力し、
そんでもってカバンからCDをゴソゴソと・・・。
そして、局長の旅ではお約束のミリマスのCDを出しました。
ドライブソングにはミリマス、これが一番なのよ。
なので、漢は黙って
ドライブソングはアイマス一択!!
何があろうと、アイマス一択!!
アイドルをバカにしている
某推しの子の曲なんざ
ドライブソング界の帝王と言われるアイマスの足元にも及ばんッ!!
なので漢は黙ってアイマス一択!!
女も黙ってアイマス一択!!
そんなわけで、福岡出身のジュリアのソロ曲が入っている
ミリマスMS06を選択しました。良き選択っ!!
ジュリアのスタートリップという曲については
夕暮れ時のドライブにうってつけやと思いますね。
それに、福岡出身のアイドルで福岡に来たからには
これを掛けておかねばという部分がありますな。
局長「そんでもって、やっぱり・・・のーりこっ、のーりこっ、のーりこっ!!が一番ええと思うねん。ヒャッハー!!」
のり子「あはは・・・褒めてくれるのは嬉しいけど、安全運転でね」
局長「わーってまんがなぁ!!ヒャッハー!!」
奈緒「あ、あかん・・・!局長話し聞いてへんで」
ジュリア「こんなので大丈夫なのかよ・・・」
局長「大丈夫、ファミチキ問題ありませんください」
ジュリア「ダメだこりゃ・・・」
ちなみに、MS06はテンポがバラバラな気がしますが
二階堂千鶴の『ムーンゴールド』については
ミルキーはママの味~って歌ってます(おい)
千鶴「ちょっと、それはどういう意味ですの?!」
局長「おっしゃ、そろそろ出発すんぞー」
千鶴「人の話聞いてますの?!」
局長「聞いてるって。ただのノリだよあまり考えるなハゲるぞ」
千鶴「ハゲませんわよ!!」
歩「あははは・・・」
そんなわけで、駐車場を出た局長はミリマスのCDを
大音量で掛けて門司エリアをひた走る事に。
次の目的地まで、テンションアゲアゲで行くのには
やはりミリマスのCDを掛けて走るのが一番ですよねっ!!
局長「ヒィーッハァァァァァァ!!のーりこっ!!のーりこっ!!のーりこっ!!」/(゚∀゚)/
ジュリア「おいおい・・・ホントに大丈夫か?」
奈緒「いつもの事やねんけど、私らの曲聴いて盛り上がってくれるのはええんやけど・・・」
局長「ヒャッハー!!イヤッホオオオオオオオオオオオオ!!」
千鶴「ちょっと、落ち着いてくださいまし!!」
局長「・・・にゃん♪ヒャッハァァァァァァァァ!!」
千鶴「なんで落ち着かないんですの!?」
のり子「いつもの事だけど、ちょっとヤバいよねぇ・・・」
歩「そうだよね・・・」
局長「ヒィィィィィィハァァァァァァァァ!!ところで、競輪って北九州市発祥って知ってた?」
ジュリア「いきなり落ち着いたな。えっ、競輪ってあの自転車で競争して、それで誰が勝つか賭けるやつだろ?」
千鶴「その競輪の発祥は北九州市って初めて知りましたわ」
局長「局長もつい最近知ったんだよ」
局長が訪れた北九州市は全国初の物が多い街ですが、
実は競輪も北九州市が
発祥だと言われています。
とはいうても、門司じゃなくて小倉の方なんですが。
局長「競輪というか自転車競走の歴史まで遡ると、1895年に横浜のクリケットクラブのトラックで初めて行われたのが、日本初の自転車競走となる」
奈緒「それじゃあ、横浜が競輪の発祥やないんですか?」
局長「この頃はロードレース、いわゆる弱虫ペダルに出てくるような競技が主だったんだ。今のようなトラックをグルグルと回るようなシステムになったのは、戦後になってからなんだ」
奈緒「そうなんですねぇ」
局長「競輪は『住宅建設宝くじ』を取り入れる形で、『自転車産業の復興とサイクルスポーツの振興』を大義名分として、戦前は日本各地で人気を博していた自転車レースを競馬に倣って賭けの対象にし、それを戦後復興に役立てる事は出来ないかと言うので考え出されたのが今の競輪なんだ」
千鶴「競輪は元々戦後復興に役立てるための物だったのですのね」
局長「まぁ、今の競輪を国際スポーツ株式会社の運営では無理だって事で立法、すなわち国をも動かす事となる。戦後、マッカーサーが主導していた組織ことGHQに競輪の草案自体は一度白紙化されるも、当時の日本社会党が地方分権を受け入れる形で認めてもらい、最終的に自転車競技法が1948年に成立・施行された事で競輪は賭けスポーツの1つとして認められたわけだな」
ジュリア「そうなのか。っていうか、なんで北九州が競輪の発祥なのかまだ言ってないよな?」
歩「そうだよ。競輪の歴史は別に良いからさ」
局長「おっと、忘れるところだったな。それに関しては・・・次ICOCA」
対岸の下関市が見えますね、とりあえずパチリと1枚。
昼間見たのも良きですが、夕暮れ時に見るのも良い・・・
何というか、この景色が見れる北九州民が羨ましいなぁ・・・。
局長「そんなわけで、競輪の歴史を少し書いたわけだが、次は競輪がなぜ北九州発祥なのか書いていくとしよう」
歩「それが聞きたかったんだよ~。なんで北九州が発祥なの?」
局長「1946年、敗戦によって暗く落ち込んだ日本国民を明るくしようと、第1回国民体育大会こと国体が近畿各地で開催される。そして、1948年に第3回大会が福岡県で開催される事となるんだが、この時既に人気が無かった自転車競技の為だけに費用が嵩む自転車競技場を作るのはどの街も及び腰で消極的だったんだ」
ジュリア「この時代の自転車競技って人気が無かったんだな。それで、無駄になるから自転車専用の競技場も作れなかったんだな」
歩「でも、そんな事したら自転車競技とか開催できなくなるんじゃない?」
局長「そうだな。しかし、1947年と1948年の夏の甲子園で現在の福岡県立小倉高校が連覇をしたことで、当時は野球人気が出ていてな、福岡で国体をやるなら小倉市は野球を招致したかったんだ。だが、野球招致をするには自転車競技もセットでね、という条件が付いていたんだ。そんなわけで、小倉市は抱き合わせで自転車競技を引き受けたわけだな」
歩「それで、北九州市が競輪発祥の地になったキッカケなんだな」
局長「そういう事。しかし、戦後の物資難の中でセメントなどをかき集めて作った結果、総工費が膨れてしまって小倉市は財政難に陥ってしまう。そんな中で、元陸軍大尉で後の日本自転車振興会連合会会長となった競輪の法案を通そうと躍起になっていた倉茂貞助と、当時の小倉市市長で小倉市の財政を立て直したかった浜田良祐の思惑が一致し、1948年に小倉市で第1回の競輪が開催される事となったんだ」
ジュリア「そういう事だったのか。いや~、こんなのは初めて知ったよ」
局長「ちなみに、車券売り上げの中から25%が控除され、更にその中から必要経費を差し引いた分が自治体の財源となる。ノウハウが無い状態で手探りで行われた小倉競輪は、いきなり赤字転落する恐れがあり、税収が殆ど無くて従業員に支払える給料も無い中で、競輪を行うこと自体が賭けだったんだ」
奈緒「最初の競輪は、それをすること自体が賭けって信じられへんなぁ・・・」
局長「まぁ、結果としては大成功を収めたことで財政難打開の起爆剤として、日本各地に競輪が広まったわけなんだ。その第1号が北九州市だってのを覚えておくと良いってわけだな」
対岸から隣の県の都市が見えるって言うのは、
局長的にやっぱりいいよなって思えるポイントですよね。
これが国境だったりしたらもっと心がときめくものです。
ズームでパチリと、海峡ゆめタワーは対岸の北九州市の
門司エリアからこんな感じで見えたりもします。
ちなみに、ズームでパチリとしなくともよく見えます。
あと、タワーの展望台が丸くなっているのですが
あの球体状の展望台は世界初なんだとか・・・。
美也「おぉ~、あの丸い展望台は世界初なんですね~」
翼「てっきり、お台場のフジテレビのが最初だと思ってましたよ~」
局長「お台場のフジテレビはタワーじゃねぇし・・・。あ、あとあの海峡ゆめタワーの展望室の高さは143mなんだが、これは西日本各地にあるタワーの中では一番高いそうだ」
翼「そうなんですね~!展望台が日本一高いと、色んな景色が見えそうですよね~」
局長「あのタワーから、『巌流島』とか『壇ノ浦の戦い』の舞台となった場所が見えるみたいだな。実際に見下ろしながら話を聞くと、普通に授業を聞くより面白いと思うがな」
翼「確かに、実物を見ながらだとちょっと面白いかも!」
美也「そうですね~。教室で聞くより楽しそうですよね~」
局長「なので、フィールドワークは大事にしないとだよな」
国道3号線をひた走っていく局長、撮影当時は平日ラッシュ時。
しかも夕方のラッシュ時なのでちょっと混んでますね・・・。
そこをさらに走っていくと・・・?
画像右手、電線で一部見切れている所があるんですが
『うどん』と書かれた看板が見えますかね・・・?
あのうどん店こそ、九州を中心に大阪や岡山にも
出店している『資さんうどん』だったりします。
ちなみに『資さん』は
『すけさん』と読みます。
局長「ミリマスのライブが北九州であった時はコラボしてたなァ・・・」
翼「そうそう!うどんとか美味しいんですよね~!」
局長「ちなみに、局長は8番らーめん派ですしおすし」
美也「まぁまぁ、そう言わずに今度食べに行きましょ~」
局長「近くにお店無いねん」
翼「え~っ!?このお店、局長の地元に無いんですか~?」
局長「ミリマスの運営が嫌っているであろう北陸地方やで!?来るわけないやん!!」ヽ(`Д´)ノ
翼「別に嫌っているわけじゃないと思いますけど・・・」
美也「そうですよ~。気長に待ちましょ~」
局長「それで、おめーらの中の人が60歳くらいになったら来てくれるんやな。そうやったら北陸のPを集めて暴動起こしたるわ」ヽ(`Д´)ノ
翼「やーん、こわーい」
美也「琴葉ちゃん、出番ですよ~」
局長「ひっ、それは勘弁して栗」((((;^ω^))))
さらに走ることしばし、門司駅が見えたのでパチリと。
門司駅は元々『大里駅』として開業しましたが、
これは今の門司港駅が『門司駅』として名乗っていたため。
その後、関門トンネルが開通すると大里駅が現在の門司駅となり、
門司港にあった門司駅は『門司港駅』になりましたとさ・・・。
門司駅の駅舎は、シンプルながらも規模はそれなりって感じですね。
そんなに小さい訳でもないし、クソデカい訳でもないし・・・
こういう駅舎もトミックスとかで出ませんかね・・・?
門司駅西交差点にて信号待ち中・・・。
門司エリアにおいて門司港駅周辺は観光に特化した感じですが
門司駅周辺は地元民向けって感じがしてきますね。
翼「ちなみに、次はどこへ行くんですか~?」
局長「そらもう、次の目的地と言ったらあそこしか無いやん」
美也「あそことは・・・博多ですか~?」
局長「せや、次なる目的地は博多ばいっ!!」
翼「次は博多なんですね!博多って言ったら美味しいグルメとかいっぱいあるんですよね~!」
局長「それも食べに行きたいよな!」
美也「それじゃあ、博多へ向けてれっつご~」
局長・翼「「れっつご~!」」
国道3号線にて距離看板が見えてきたのでパチリと。
ここから小倉北は4km、中津は54km、福岡は70km。
博多まではおおよそ70kmあるというわけですね・・・。
ちなみに、中津は唐揚げで有名な大分県中津市ですかね。
そんなわけで、局長は国道3号線を進んでいくのですが
その時の局長はまだ知る由も無かった・・・
夕暮れの北九州市の
渋滞事情を・・・
というわけで、ここまで。ではでは