とりあえず、こんにちわ。局長です。

新年早々、能登半島で大地震があったりして

幸先が悪いスタートとなってしまっていますが

これを乗り越えなければって思うんですよね・・・。

 

というわけで、前回の続きでも。

おりづるタワーの展望台から広島市の景色を見た局長。

展望台の高さは、原爆ドーム周辺の景色と合わせるために

超高層ビルになっていない事からそんなに高くないので

広島市や隣接する街並みを一望できるものではないのですが

それでも相生橋や原爆ドームを見下ろすことが出来るので

局長的にはこういう視点で見るのもええよなって思ったり。

一方でビルを改修して作られており、さらに元ある他のビルのせいか

八丁堀や流川、広島駅方面の景色は全然見れないんですよね。

そこんところが、残念ポイントってところでしょうか。

てなわけで局長、今度はタワーを下っていく事に・・・

 

そんなわけで、『ひろしまの丘』を出る局長。

エレベーターで下っていくというのもアリだと思いますが、

ここは『スパイラルスロープ・散歩坂』で降りていく事に。

 

琴葉「案内で見ると、散歩坂はらせん状のスロープになっているのが特徴なんですね」

局長「ちなみに、散歩坂がある場所にはかつて立体駐車場が整備されていたみたいだな」

昴「そうなのか~。じゃあ、さっそく降りて行こうぜ!」

環「あーっ!たまきも行くぞ~!!」

琴葉「こら、2人とも!走っちゃ危ないから・・・って行っちゃいましたね」

美也「そうですね~。環ちゃんも昴ちゃんも元気いっぱいですな~」

局長「ホンマに元気が有り余ってやんの。そいじゃ、こちらは降りる前に案内でも見て行くとするか」

美也「そうですね~。ゆっくりと行きましょ~」

 

『私たちの願い』という案内板をパチリと1枚。

そこには、おりづるタワーの所有者である広島マツダの

願いや想いが書かれています。ふむふむなるほど・・・。

 

琴葉「広島マツダって、自動車メーカーのマツダの事ですよね?」

局長「そうだな。広島マツダは広島県内におけるマツダのカーディーラーでな、まぁ要はマツダ車を売るお店の事だな」

琴葉「マツダの車を売るためのお店の事なんですね。そのお店が、1945年の原爆投下で被爆したんですね・・・」

局長「昔は猿楽町と言う場所にあり、原爆が投下された時には建物疎開で本川橋西詰に移転していたが、建物は原爆投下で全壊してしまい、当時の社長だった松田宗弥をはじめとする全従業員が被爆死してしまったんだ」

美也「原爆で会社も社長も従業員も失ってしまったんですね~・・・とても悲しいですね~」

局長「その後、草木も生えないとされた広島が復興を遂げていくとともに、広島マツダも再起していき、今日に至るというわけだな」

美也「そうだったんですね~」

局長「広島の地でしか伝えられない『哀しみ』、広島の地でしか感じられない『希望』がある。そして、試練を乗り越えてきた『人の強さ』と『優しさあふれる未来』を1人ひとりの瞳に描いてほしい・・・とあるな」

琴葉「つまり、原爆から復興していった広島と広島マツダの想いが、このおりづるタワーには込められているんですね」

局長「そういう事だな」

 

散歩坂の道中には、ウォールアートが設置されています。

題して『2045 NINE HOPES』

これは広島市への原爆投下から100年後の未来・・・

つまり2045年に後世へ残したい『2045年への願い』を

広島にゆかりがあるアーティストが描いたものとなります。

 

ロコ「色々なジェネレーションのアーティストが、2045年へのホープを描いた作品が展示されているんですね!どんなのか見てみたいです!」

百合子「アーティストの中には、『この世界の片隅に』で有名な作者さんもいるんだね」

ロコ「ええっ!?それってどこですか!?」

百合子「ほら、真ん中に『こうの史代』ってあるでしょ。それだよ」

ロコ「ウォールアートのアーティストに、『この世界の片隅に』のアーサーがいたのは驚きです!」

局長「局長も編集段階で驚いたんだがな。とりあえず、様々な世代が描いた『2045年への願い』がどんな物なのか、下りながら見て行くとするぞい」

 

まずは『1997・long jump』をパチリと。

馬が駆け上がっていく作品となっており、

絵を構成しているのがドット状というのが特徴です。

ちなみに、絵を構成するドット状の形の中には

作者の遊び心なのか、ハート状のものが入っているそうです。

 

百合子「馬が駆け上がっていくアート・・・これにはどんな意味が込められているんですか?」

局長「この絵では、馬の『影』が徐々に駆け上がっていく様子が描かれている。『影』というのは、広島の暗い歴史の暗示でもあるんだ」

百合子「広島の暗い歴史って、もしかして原爆の事ですよね・・・」

局長「十中八九そうだろうな。だからこそ、『足元の深い所にある歴史的事実も一緒に抱えながら前へ進んで行く』、という姿を象徴するかのように表現したとあるんだ」

ロコ「ヒロシマの暗く、悲しいヒストリーを受け入れながらも、未来へ進んでいくというのが、このアートが伝えたい事なんですね」

局長「そういう事になるな。ちなみに、ドット状で構成しているのは『折り鶴の再生紙』をイメージしており、これは1つ1つに『折り鶴の永遠の再生』を意味していて、平和への願いは消え去る事が無く、永遠なものであってほしいという願いが込められているんだ」

ロコ「アートがドット状なのには、平和へのホープが込められているんですね・・・」

局長「そういうこっちゃ」

 

さらに右側をパチリと、馬のイラストの下には影もあり

暗く悲しい過去を受け入れながらも、その先の未来へと

駆けていくというのが伝わってきますね。

 

局長「そして、この作品のもう1つのコンセプトが『灯り』。灯篭流しなど、広島の人々は常に灯りに寄り添い、灯りから未来への希望や勇気を感じて生きているように感じた作者の土井紀子は、絵の具自体にあるモノを使ったんだ」

百合子「絵具にあるもの・・・?」

ロコ「灯りで絵具・・・確かにすごく明るいですよね。もしかして、蛍光塗料とかですか?」

局長「その通り。『灯り』を表現するために、蛍光塗料や蓄光塗料を絵具に使ったんだ」

ロコ「なるほど・・・光を発する塗料で『灯り』を表現したんですね!」

局長「そんでもって、蛍光塗料や蓄光塗料を使ったのにも『平和』の願いも込められているんだ」

百合子「平和は明るいとも言いますよね。だとすると・・・『光と影』って意味もありそうですよね」

局長「そうだろうな。暗い過去、明るい未来っていう感じやしな」

 

別角度でパチリと、出入口も兼ねているフロアなので

1枚の壁に描かれているというわけでは無いです。

 

あと、このアートが一体誰が描いて題名は何なのか・・・

というのは、柱に書かれているので見ておくと良いでしょう。

さらに、柱にはQRコードも埋め込まれているのですが

それを読み取ると詳細を見ることが出来るらしいです。

 

続いては『この地球にはみんな其々違う人たちが生きている。』

パチリと1枚、こちらはどんな作品なのかと言いますと・・・

 

独特なデザインの招き猫が色違いで描かれています。

この画像では黄色オレンジの4色が写ってますが

見切れている左側には水色の3色の招き猫が描かれています。

というか、これが招き猫だって調べてみるまで分かりませんでした。

まぁ・・・招き猫のポーズはしているんですが、

てっきり別の動物なのかなーって思ったり。

 

美也「とっても可愛い招き猫ですね~。赤、オレンジ、黄色、緑、水色、青、紫と言いますと、虹の色と同じですね~」

琴葉「よく見てみると、招き猫以外にも白い鳩や星も描かれていますね・・・」

局長「琴葉や美也の言う通り、招き猫に描かれている7色は虹の色と同じである。この作品は、日本出自の招き猫を虹色カラーで7体描いており、そこに招き猫が生み出す命の煌めきを表現した星と、平和の象徴としての白い鳩が描かれているのが特徴だな」

琴葉「星は招き猫が生み出す命の煌めき・・・」

局長「そして、この作品には『世の中には様々な文化的背景を持った人達がこの地球上に混在している事を知ろう』というメッセージを込めて、多様性という意味を表現しているんだ」

美也「世界には色々な人たちがいますからね~。差別や戦争がない世の中が来る事を願いたいですな~」

 

ちなみに、この作品を制作していた2022年において

ロシアによるウクライナ侵攻が行われたため、

青色と水色の招き猫の意味が変わったとされています。

 

美也「それは、一体どういうことなのでしょう~?」

局長「ロシアとウクライナの国旗の色を見てみると、その答えが分かってくるぞ」つ『ロシアとウクライナの国旗』

琴葉「あっ・・・ロシアの国旗には青色が使われていて、ウクライナの国旗には水色が使われていますね」

美也「本当ですね~」

局長「つまりだ、青色の招き猫はロシアを意味し、水色の招き猫はウクライナを意味する事となった。そして、この2体の招き猫を通して反戦の意味を伝えるようにしたわけなんだ。そして、青色と水色の招き猫の間にはロシアとウクライナの国花である『向日葵』を描いているわけなんだ」

琴葉「ロシアがウクライナへ侵攻してから、世界の情勢が大きく変わりましたよね・・・。この戦争が終わる事を願いたいですね」

局長「いかにもだな」

 

他にも、制作当時は世界情勢が大きな局面を迎えていたという

記録の為に日本語とウクライナ語で平和への願いが書かれており、

『この絵を見た方は、広島の地で原爆が投下された事や

2022年においても、まだ戦争があった事実について認識して、

それに対して何か想いを巡らせてほしい』

という作者の想いも込められています。

 

てなわけで、下っていくと『おりづる広場』の入口に着きました。

次回は、おりづる広場へと入っていく事とします・・・

どんなアクティビティがあるのか期待ですね。

 

そういえば、時代が変わったよなぁって思う事が1つ。

紙屋町エリアの名物看板と言えばサトウ製薬のがありますが、

おりづるタワーの散歩坂からだとこんな近くに見えるんですね。

局長的に、これが一番時代が変わったよなと思えるものでした(笑)

 

というわけで、ここまで。ではでは