皆さま、おはようございます!


昭和59年に廃止された国鉄宮原(みやのはる)線の廃駅巡り、

ブログで長々と書いちゃいましたが今回で最後です。

(前回まではこちらからどうぞ)

昭和59年に廃止された宮原線沿線をドライブしてみた①恵良駅~町田駅跡編

昭和59年に廃止された宮原線沿線をドライブしてみた②宝泉寺駅・麻生釣駅跡編

昭和59年に廃止された宮原線沿線をドライブしてみた③北里駅跡編


まずは毎度ながら、肥後小国駅が現役だった頃の航空写真からです。
f08060/宮原線・肥後小国駅

昭和51年に撮影された航空写真より。


矢印の先に写るのが肥後小国駅で上が北里駅方向です。

肥後小国駅は宮原線の終着駅ですが、

その先も線路が続いているように見えますよね。

これは元々、宮原線がこの先、

熊本電鉄の菊池駅(昭和62年に廃止)を経由して、

鹿児島本線の瀬高駅、長崎本線の佐賀駅まで繋がる

九州横断線として計画されていた名残りなのです。

未成で終わった肥後小国駅から西の区間ですが、

現在も一部区間で遺構を見ることが出来るそうですよ。

(ちなみに未成区間の工事着工率は2%程度だったらしいですね)


昭和59年に廃止になった肥後小国駅の現在の様子ですが、

駅の跡地は更地になって、新たに道の駅小国が建ったようです。


こちらは昭和51年に撮影された肥後小国駅の航空写真。
f08061/宮原線・肥後小国駅

そして現在の様子。
f08062/宮原線・肥後小国駅

中央に写る交差点、この辺りが駅前広場だったようですね。
駅の跡地に出来た道の駅小国、

肥後小国駅の遺構を求めて彷徨いてみました。


こちらは道の駅小国のシンボル的な建物である「ゆうステーション」です。
f08063/宮原線・肥後小国駅


f08064/宮原線・肥後小国駅

この建物、外壁がミラーガラスで出来た建物ですごいの!
一見しただけだと、どこが入り口だかわからないし。

形状も逆台形で、気持ち的にどことなく落ち着かない仕様。


でも中は、外観とは違っていて、とても居心地良かったです。
f08065/宮原線・肥後小国駅

名産の小国杉を多用した建物だそうな。

そういえば宮原線って、小国杉の輸送が盛んな路線でしたっけ。

くまモングッズを見て気づきましたが、ここって熊本県だったんですね。

ちなみに宮原線の麻生釣駅までの区間は大分県内です。


ゆうステーションの外に出てみると…
f08066/宮原線・肥後小国駅

おおおっ、宮原線の線路が残っている!

ここが肥後小国駅の跡地だということで、

意図的に残したものなんでしょうね、きっと。

画像の奥側が北里駅方向で、

ここで線路は肥後小国駅のホームと構内側線に分かれていたようです。


分岐器からホームがあった方向を眺める。
f08068/宮原線・肥後小国駅


駅名標もオリジナルな状態で残されておりましたが、

場所は変わっていたようです。
f08067/宮原線・肥後小国駅


駅名標だけではありません。

肥後小国駅で使われていた備品がズラリと並んでましたよ。
f08069/宮原線・肥後小国駅


実際に動くのか確かめてみましたけど、ピクリともしなかったです。

自分の力が弱いのか?それとも錆びついちゃってるのか?

おそらくは、安全のために動かなくしているんだと思いますけど。
f0806a/宮原線・肥後小国駅


こんな感じで装置をガチャガチャ触っていたら、

どこからか、小学生のガキんちょたちが集まってきました。
f0806b/宮原線・肥後小国駅

「おっちゃん、何してんの?」

(失礼な、おにーさま、もしくはおじさまと言いたまえ。)

「ん?こいつを動かしていたの。」

「ふーん」

「ところで君たち、これって何か知ってる?」

「知らない。何か教えてよ!」

「実は30年前、ここには鉄道が通っていてだな…」


知らなかった!だからここに線路があるんだ!
f0806c/宮原線・肥後小国駅

なんか、小学生相手にちょっとばかし優越感を感じちゃいました。


でもこの子たち、

ここに宮原線があったことにすごく興味を持ったようで、

残された線路で遊んでみたり、

その後は道の駅から帰ってきたパパママに

宮原線のことを話してましたよ。
f0806d/宮原線・肥後小国駅

全線開通からわずか30年で廃止になってしまった宮原線。

廃止から既に31年が経過しましたけど、

こうして今もなお、多くの遺構が残されている路線でした。


遊歩道になった廃線跡や未成区間など、見てない箇所も多いので、

機会があればぜひ再訪したいです。




宮原線