こちらのブログは、ほとんど更新が無く、昨年は1回のみでした。

今年最初の更新ですが、今後も気が向いたときに、書いていきます。

この数年は、歴史を学ぶ上で重要な「年表」の製作を進めてきました。

学校で習う年表は政治事件などが中心ですが、その時代に生きる人間にとっては、気候や災害、経済や文化などあらゆる事象が背景にあり、さらには個々の人間関係があり、交流のあるそれぞれの方の家庭や生活環境までもが影響を与えていきます。

世の中を変えたのは決して誰か一人の力では無く、協力者や時代の流れを作り出した人々の存在が重要です。

戦国時代や幕末期の日本においても、織田信長や徳川家将軍など、一個人のみではなく、多くの人々の存在があってこそ、歴史は動いていきました。

これは狭い範囲でも言えることで、私が住んでいる地域においても、幕末期の流山村においても、現代の流山市においても、主要年表には掲載されない人々や事象があってこそ、歴史は動いていくのです。

私が学校教育で習ってきた日本史は決して無駄ではありませんでしたが、年号を覚えるよりも、原因→結果→影響といった流れの繰り返しで作られていく「歴史の流れ」を学ぶことが、重要ではないでしょうか。

ひとつの事件の背景となる様々な事象を集め、これらを検証・分析し事件の動機となる事柄を明確にすること、そして事件の結果として、その後の時代にどのような影響を与え、次の事件に繋がったのか。これを考えることが、歴史を学ぶということだと思います。

そして、これからの未来がどうなっていくのかを推論として考えていくことが、歴史を学ぶ意義だと思います。

私の年表作りは、約200年前から始まり、現代に至るものです。簡単に完成するものではありませんが、文化元年(1804)~元治元年(1864)まで、そして昭和35年~平成27年(2015)がほぼ出来上がりました。

そして、太古からの地震年表、古代からの流山年表なども同時進行で製作中です。

歴史を考える七つ道具の一つとしての年表作りは、2017年も重点を置く活動の一つです。

前回記事で、私は、1ヶ月ほど前に、年内にプレート型地震と積雪の可能性があるという話をしたと書きました。
ブログなどで、事前に公表すればという意見もありましたが、私は予言者でも無いし、また地震の専門家でもありません。

必ず的中するという確信も無ければ、外れた場合に信じた方への保障も出来ません。

なので、お話をする機会での余談や周囲の親しい人にお伝えするのみです。

しかし、ニュージーランドと福島沖でプレート型地震が連続して発生し、11月なのに都内に雪が降り、私の発言が的中したのは事実です。

 

私は、歴史を研究しています。それは未来を予測するためでもあります。

江戸時代に、今の都心でどのくらいの雪が降ったのか?
積雪量やその頻度、そして異常気象などを分析していくことは、調べる意志があれば誰でもできます。それをどう分析して、これからをどう予測していくか。

通説を鵜呑みにすることなく、正しい歴史を紐解き、冷静かつ多角的に分析し、未来を見透かす力を養うには、多分野にわたる広い視野や知識に加え、天性の能力と、トレーニングも必要だと思います。

11月24日に、都内に雪が降ったのは54年ぶりというニュースが各メディアから流れました。

しかし、降雪でなく積雪は何年ぶりかというのを示した記事は見当たりませんでした。

今回は、太陽暦での11月の出来事としては、50年ぶりの降雪で無く、200年ぶりの積雪ではないでしょうか。

 

 

気がつけば、2016年もあと1ヶ月半。

公式ブログでは、日々の活動を紹介していますが、こちらの個人ブログは、1年近く更新をしていませんでした。

その間にも、いろいろとありましたが、今年も11月24日に、一年前と同様、母校である千葉県立柏高校での講義をして参りました。

近年は、研修関連の講師を依頼されることより、歴史関連の講演を行うことが多いのですが、今回は生徒の皆さんが将来の生きる道を探すための「探求セミナー」でした。

しかし、そもそも私は成功者ではないので、後輩を導くなどということは出来ません。紆余曲折したうえで、とりえず今を生きていけるのは、何故なのか? その理由を伝え、それは誰でもができる簡単な方法なんだと伝えるための話をしました。

もうひとつは、歴史を知り、未来を考える力を養うことの必要性を、少しだけ話しました。でも、これはきっと、誰でもが出来ることではないと思います。

 

私は、1ヶ月ほど前に、年内にプレート型地震と積雪の可能性があるという話をしました。

まさに、先日にプレート型地震が発生し、この日は積雪。

でも、私は、予言者でも宗教家でもありません。

未来が判れば、良いのでしょうが、推測することはできるのです。

 

自分の人生も含めて、過去を知り、未来を考えることが大切。

私は、導くことは出来ませんが、母校の後輩達に考えるキッカケを話すことはできます。

考えるのは、自分自身です。

懇親会を終えて、帰宅した後、わが流誠号のフロントガラスの雪を取り除こうとしたら、ガチガチに固まっていました。