2006年7月17日(祝) 川村記念美術館
(パウル・クレー展は2006年8月20日まで)

遠い。神奈川県にある私の家から千葉県の佐倉市まで、とにかく遠い。佐倉駅に着いてからも遠い。佐倉駅から美術館まで無料送迎バスが出ているのだが、30分おきにしか出ていない。電車の乗り換えを1度間違えて、予定よりも約15分遅れて1時02分に佐倉駅に着いてしまった私。当然バスは行った後。遠路はるばるやってきたのに、あと28分待てっていうの??? しかもその日は雨。・・・仕方なく自腹でタクシーに乗る。つーかさ、ウエブサイトには佐倉駅のことしか書いてなかったけど、タクシー使うなら途中の物井とか四街道からの方が近いんじゃない? いらいらしながらタクシーを降り、大枚2500円を支払う。一応窓口のチケット売りのおばさんに「ホームページには書いてなかったけど、駅から車なら物井とかからの方が近いんじゃないですか」と悔し紛れに言ってみる。しかし、おばはんはイヤな顔をして「佐倉の方が急行も止まりますし・・・それに、バスは無料で走らせてるんですから」って。しかもその後さらに「無料なんですよ」と繰り返した。それって・・・「貧乏人は黙ってろ」ってこと? あのねえ、勘違いしないで。私は川村記念美術館に来たかったんじゃなくて、「パウル・クレー展」を見たかっただけなの。上野や渋谷で展覧会をやってくれるなら、その方が時間的にも金銭的にもよほどいいのである。

さて美術館。敷地が異様にだだっぴろい。池には数羽の白鳥の姿が。なんと優雅な・・・。館内にはそこそこの数の客。でも平日は客なんてこないんだろうなあ。どうせなら金土日祝日のみの開館にしてその分、無料バスの運行を15分おきにしたら?とまだ根に持ってる私。いらいらしながら展示室へ。常設展示を見てからじゃないと企画展示には行けない構造になってる。まあでもロスコルームも楽しみだしね・・・と深呼吸し、気を落ち着ける。レンブラントにマレーヴィチ、ピカソ、シャガール、エルンスト、ジャクソン・ポロック・・・いろんな作家のものが1点ずつ。パンフによるとコレクションの特色は、「20世紀美術を中心としながら、17世紀オランダのレンブラント、印象派からピカソ、シャガール、日本の屏風絵まで」・・・よくわからない。要するに市場に出て買える有名作家のものはとりあえず収集しとくって感じか。

楽しみにしてたロスコ・ルーム。照明が暗い。作品保護のためだろうが、ロスコの作品の最大の見所である色彩がよくわからない。10年くらい前、ニューヨークだったかなあ(カナダだったかも)の美術館で、たまたまロスコの作品に遭遇した。明るい部屋で見たロスコは本当に美しかった。画面に塗られた二つの色の境目が、どこまでも溶け合っていくような感じがして、それで私はロスコのファンになったのだった。しかし、この照明ではかろうじて赤と緑らしき色が使われてることがわかるだけで、その溶け合うような色合いがわからない。それでもしばらく眺めてみる。暗がりに浮かぶ赤。ロスコの楽しみってこういうことだったの・・・? 新しい鑑賞の仕方を学んだような気もするが・・・ロンドンのテートモダンでもそういう展示の仕方なのか。鮮やかな色が見たかったのになんだか残念。

さて、いよいよパウル・クレー。
パウル・クレーの作品って、かわいいんだよね。音楽にも才能があったことは画面からにじみ出るリズム感でよくわかるけれど、なんかすごくユーモアがあって色彩の趣味がよくて、人物の表情なんかもマンガみたいでかわいい。戦争やナチスの影響で暗いタッチの絵も描いているけれどね・・・。黒い背景に街の華やかな風景(夜景)を描いた作品が好き。地の黒にカラフルな色が映える。結構作品数も多く、チケット販売所のおばはんにイヤな思いをさせられたことも忘れ浮き浮きと見て回る。カラフルな木々の間に牛?(犬?ラクダ?)と思われる動物がいる作品。よ~く見ないと動物がいるってわからないんだけど、あっなんかいる!と気づくと、とたんに画面が生き生きとする。「いかれてる」ってタイトルの、酔った人を描いた作品もユニーク。普段あまり作品のタイトル覚えていられないんだけど、これはタイトルがいい。でも一番好きだと思ったのは、意外にも、あまりクレーらしくない、植物を描いた作品。青やピンクの中間色を使って画面一杯に描かれていて、印象的だった。あんなの家に一枚あるといいな。柔らかな色合いにリズム感あふれるユニークな作風。なんだかとても癒される。欲を言えば、天使とかもっといろんな作風を見たかったのだけれど、まあ満足して美術館を出る。
あっ、そういえばロスコと並び川村美術館の目玉であるフランク・ステラは? 受付のお姉さんに聞くと「本来は、今、クレー展をやっている部屋にステラの作品を置いているんですが、今はクレー展なので・・・」とのこと。う~ん佐倉まで来たのに・・・

ミュージアムショップを軽く覗いて(行きにタクシー代を使ってしまったので、クレー展のカタログ買えず・・残念!)、美術館を出た後はレストランへ。店内はそこそこきれいでまあ好感が持てる。が、明らかに従業員の人数が足りてない。席は空いているのに、手が回らず、入り口でかなりの人がウエイティング。土日でしかもクレー展なんだよー増員しようよ・・・。席につくと、オーダーを取ってもらうために、ホントにたまにしか通りかかってくれないウエイトレスを必死で捕まえる。有頭エビフライにもかなり心ひかれたけれど、ここは黒豚のハンバーグを注文。意外や意外、ハンバーグはとてもおいしかった。なぜか刻んだ椎茸がはいっていたけれど、それもいい隠し味に。パンも、本当に意外だったのだが、ちゃんと温めて出してくれて、おいしかった。

帰りがけに、レストランに併設されたショップに寄る。オリーブオイルを使ったバス用品や輸入品のお菓子とかお茶がおしゃれにならんでいる。品揃えが謎・・・なんでこんな自由が丘の雑貨屋さんみたいなものを? 地元の特産品とかないのかなあと探してみると、ポン酢とスモークチーズとおみそとお酒があった。そこでポン酢とチーズを購入。

帰りは「無料」送迎バスに乗って帰る。満席に近い。やっぱり土日は増発してほしい。ホント、来る方も大変なんですよ・・・佐倉駅に着くとほっとため息。あ~ここからまた神奈川まで帰るのか~

川村記念美術館外観・・・雨でよくわかりませんね・・・
川村記念美術館外観・・・雨でよく見えません
2006年6月18日(日) 国立科学博物館

どうして今日の今日まで来なかったんだろう・・・前売り買ってたのに・・・と科博へと向かう道すがら、後悔しっぱなしの私。「ナスカの地上絵展」最終日。案の定、めちゃ混み・・・閉館前の3時頃だったらみんな見終わって空いてるかも、という私の目論見は見事に外れ、小雨が降っているにもかかわらず、科学博物館の前には長蛇の列ができていた。

「前売りを持っている方は、どうぞお入りください」という係員の声。なあんだ、このなが~い列は当日券を買う人たちだったのね・・・とほくそ笑む私。そうだよ、前売り買っている人の方を優先すべきなのは当然、なんたって確実な売り上げを立てるのに貢献しているだから、と浮き浮きと敷地内に入っていく私。そのときの私には何もわかっていなかった。企画展最終日の恐ろしさを。

館外で入場待ちしている時間は、それほど長くはなかった。むしろ、藤田嗣治展と比べればずっと短い。展示会場に入ってからがひどかった。ガラスケースをとりまく人、人、人。一歩も前に進めない。展覧会会場の入り口付近は、展覧会のご挨拶文や解説文などのパネルがあるから、混みがちではある。そう思って、とりあえず、見られそうなところから見ていこう、と無理矢理中へ入ってみたが、むしろ中の方が混んでる。
え~~~何これ???
ガラスケースにさえ近づけない。身長が150センチ台前半の私は上からのぞき込むこともできない。人を見に来たんじゃねーぞ!!仕方がないので、比較的空いている展示品を探して見る。子供のミイラ。目がまだミイラ化してないらしい。ふうん。どこかから出てきたらしい布。ふうん。きれいだね。ナスカの地上絵の上を歩ける装置。砂の上に置かれたガラスの上を2歩くらい歩く。ふうん。ナスカの地上絵を航空撮影したビデオを大スクリーンで見る。ふうん。こんなビデオをわざわざ博物館まで来て人混みの中でみるくらいなら、正直、自宅でテレビで「世界ふしぎ発見」でも見てた方がぜんぜんマシ!! 
途中、人混みの中から腕を高く上げて、展示品を携帯電話のカメラで撮影してた人がいたけど、許す! 気持ちわかる!! だって人の頭以外、ほとんど何にも見えないんだもん。

子供のミイラをみただけでもよしとしようとあきらめて(大人になったなあ)、展示会場を出る。所要時間40分ほど。
会場の外では「今からでしたら展示品全部は見られませんがそれでもいいですか?」と博物館に入ろうとする人を制する係員。
なんかさあ、展覧会の最終日のあり方っていうのをもう少し考えようよ。入場料1000円以上とってるんだよ。この「ナスカの地上絵展」開催中に新しい地上絵が見つかったらしいから、それで尋常じゃなく混んでたんじゃないの?と友人は言う。この展覧会で科学博物館側は間違いなく儲かっただろうけど、儲かればそれでいいのか? 
つーかさ、ざっと見た感じの印象だけど、そんなすごいもの展示してた? ナスカの地上絵みたいに実物を持ってくることができない展覧会は確かにきつい。だけどさ、ナスカの地上絵の上を歩くとかいう装置、しょぼくない? 箱庭みたいな展示品もあったけど、しょぼくない? みんなよく怒らないね。

私が学生だった頃、美術史の先生が「教室でじっと画集を眺めて勉強するよりも、とにかく本物を見に行け」と言っていた。美術館と博物館はその役割や展示されるべき物が異なっている部分はあるが、そこへ行くことで本やテレビでは見られない何かがあるべきなのではないか? 
地下鉄の社内に掲示されていた展覧会の広告がとても素敵だっただけに(それにつられて前売りを買った私)、非常に残念な展覧会であった。
2006年6月10日(土)
「ヨロヨロン」束芋展 原美術館

束芋は、2001年に開催された横浜トリエンナーレで通勤電車のアニメーションを見て、とても興味深かった作家。当時まだ若いのにもかかわらず、日本の現代アート界に彗星のように現れたという印象だった。おまけに原美術館は大好きな美術館なので、品川駅からの道行きも心弾む。

会場に入るとまず、夜の海をイメージした巨大な作品。展示室があまりに暗すぎて、最初何がなんだかわからなかったが、ふと気がつくと目の前に覗き窓らしきものが。のぞき込むと中に波の文様が見える。

続いて小さな液晶モニターが壁にたくさん展示された部屋へ。束芋のいろんなアニメーションが見られる。中でも私が気に入ったのは、組み合わされた手のアニメーション「ギニョラマ」。いくつもの手が組み合わされくねくねと何か不気味な生き物のようにうごめいている。作品名がこの動きを的確に表していて素晴らしい。こういうのって無意識にずーっと見ちゃうんだよね。気がつくと何時間も経っていたりして・・・。ふと振り向くと部屋の真ん中の台にスクラップブックのようなものが。吉田修一の新聞連載小説に束芋がつけた挿絵らしい。原画と新聞に印刷されたものの両方が見られるようになっているが、新聞に印刷されるとずいぶん色が違ってしまうものだ。どんな小説なんだろうとついつい読み始めてしまう。地方出身の若い女の子たちが殺人事件に巻き込まれていく話のようだけど、挿絵が不気味でものすごくいい感じ。こんなしゃれた新聞小説、いいなあ。

次の部屋には前述の手のアニメーションの原画となった絵や、新聞小説の挿絵の原画やスケッチが展示されている。その次のコーナーでは、束芋が参加したワークショップでできたスケッチ(参加者同士向かい合って相手の動きをスケッチ)をアニメーション化したものをスクリーンで見ることができる。なんか・・・スケッチ自体は、最初からアニメーションを作る目的で書かれていなかったのかもしれないけれど、こうしてつなぎ合わせて音をつけてみると、それなりに自然な動きに見えちゃうもんだね。動きがコミカルで見ていて楽しい。いるよ、こういう動きするダンサー。

次の部屋には日本家屋の模型が・・・あっ、「にっぽんの台所」だ!これちゃんと見たことなかったんだよね・・・うれしい。何にも興味のなさそうなでっぷりしたおばさんが台所で料理をする。ぐつぐつ煮えたぎる鍋。建物の外を行き交う人々。おばさんは、自分が住む建物の屋上から若者が飛び降りたってちっとも驚かない。足が長いなあと感心さえする。和洋折衷いろんな要素が混じり合った奇妙な日本の台所。すべてが無気力、全てがだるい。リストラされたお父さんだってさくさく料理されちゃう。あーこれ、今、見ることができて幸せ。

二階に行くと、最初に見た夜の海の作品を上から見下ろすことができる。うーん、この波の文様・・・葛飾北斎っぽい感じがする。二階の一番奥の部屋では新作のアニメーションが公開されている。新作のテーマとなった場所は女子トイレ。亀が便器に必死にしがみついて流されまいとしている。亀を流そうとして水洗バーを何度も踏む女子。流れる水。・・・この水の表現も日本の伝統的な水の文様。そう気がついてみると、束芋のカラーリングや人の描き方ってものすごく日本の伝統にのっとってる。トイレの壁の五角形を組み合わせた模様も日本の手ぬぐいや着物なんかによくある感じ。それでもものすごくモダンというか日本の今の風俗、やる気のなさ、誰も何も気にしない無気力な空気感がものすごく表されている。「和風」っていうと、よく、歌舞伎の絵のTシャツつくっちゃったり、漢字をことさらに強調した作品作ったり、はっぴやふんどしを現代風にアレンジしちゃったり、力の入ったことしちゃったりするけど、束芋はそういうのとは違う。線や色、模様など使われているモチーフは和風なのに、そこに表されている世界はものすごく普通に今の日本、というか東京なんだ。

見終わった後、美術館内のカフェへ。原美術館には何度か来ているのにこのカフェで食事したことなかったな・・・と思い、本日のパスタとアイスティーを注文。パスタは大葉とズッキーニを使ったペペロンチーノ。大葉がさわやかでおいしい。

「ギニョラマ」を大きなスクリーンで見られなかった(この展示は日没後のみ・・・ってことは夜8時まで開館している水曜しかみられないってことか?)のが残念だったが、束芋の作品を満喫できて、おいしいものも食べて、満足な一日でした。

静かなたたずまいの原美術館
原美術館
2006年6月4日
長谷川町子美術館

ずっと行きたかったのに、なぜか行ってなかった長谷川町子美術館。桜新町の駅からサザエさん通りに出る。美術館までずっとサザエさんのバナーがはためいていてとても楽しい。サザエさんは子供の頃から単行本を買って読むほど好きだった。

美術館の建物は思っていたよりも小さかった。前日に「たけしの誰でもピカソ」で紹介されていたせいか、意外に混んでいる。展示品は、長谷川町子さんが生前に収集していた美術作品。ピカソの「貧者の食事」にユトリロもある。ルノアールも! すごい。いくら当時の絵画の価格が今よりも安かったとはいえ、個人でこんな世界的な絵画をもってるってすごい。長谷川さんは作者が誰だとか市場の評価がどうか、とかそんなことは全く気にせずに、自分の目で見て気に入ったものだけを購入していたそうだ。オーソドックスなんだけど、とても趣味がいい。長谷川さんって私は今の季節に合わせて展示されたのか、夜空に蛍が舞っている作品がとても気に入った。私が絵を見ている横で学芸員らしき人が二人組の来場者に何か説明している。あっ、昨日「誰ピカ」に出てた人(館長さん?副館長さん?)だ!

長谷川町子さんのコレクションの他にも、サザエさん原画展も同時開催されていた。ここで展示されている原画はほとんど子供の頃読んだ記憶のあるものばかり。懐かしい思い出がいろいろよみがえる。中には連載初期の頃の作品も。絵柄は古いんだけれど、今読んでもとても面白い。時事ネタも今でも十分通じる。こんな面白い物を毎日描き続けるのはさぞかし大変だったことだろう。長谷川町子さんが田河水泡氏の弟子になったいきさつや、長谷川さんが九州から東京にやってくることになったいきさつなどがマンガでつづられていて楽しい。実は長谷川作品の中で私が一番好きだったのは「いじわるばあさん」だったのだけれど、「いじわるばあさん」のマンガもあってうれしい。
昔、サザエさんが住む町に自分の家を建てられる(ただし地図上に、だけど)ということをやっていた記憶があるのだけれど、今はもうやっていないらしかった(少なくとも私の目につくところにはなかった)。ちょっと残念。サザエさんちの模型(間取りが見られる)が面白い。お茶の間が意外に狭いが、平屋だけど庭もあってかなり広い感じ。考えてみると、二階建ての家って狭い土地で部屋数を確保するための工夫だったのね・・・。当時の東京はまだ土地があったのだなあ。

一通り見終わってミュージアムショップへ。小さなスペースだけれど、風呂敷やお菓子、レターセットなど、結構いろんなものが置いてある。サザエさんのボールペンが品切れだったのが残念。カツオ君のボールペンとサザエさん一家の顔型に焼かれたメープルケーキを買って美術館を出る。小さいけれど、心のこもった美術館だった。
2006年5月
東京国立近代美術館
藤田嗣治展

とっても久しぶりの更新です。ホント、美術館にも全く行けないくらい働きづめの毎日でした。ようやく一段落したのでガンガン美術館やギャラリーに足を運ぼうと思っています。

さて、藤田嗣治展。私が行った日はあいにく雨。・・・にもかかわらず、美術館の前に長蛇の列。展覧会の会期終了が近かったせいもあるだろうけど、みんな藤田嗣治好きなんだね~。カルチャーセンター通いのおばさまたちばかりかと思いきや、老若男女、結構いろんな世代の人たちが来てる。しかも今日は、本当は17時閉館なのに、好評につき20時まで開館だって・・・だったら空いてそうな頃合いを見てもっと遅く来たのに~早く言ってよ!!

列の長さの割にそんなに待たずに館内へ。会場は入り口付近が混み混み。最近、そうでもなくなったと思ってたけど、何も展覧会は順番に見なくちゃいけない訳じゃないんだよね。他人の順路さえ邪魔しなければ、自分の好きな作品から見ていってもいいのに・・・。あ~あの500円で借りられる解説機から流れる解説の順番通りに行かなくちゃならないってことね・・・あれって便利な物だとは思うけれど、案外弊害があるのね。

人混みをなんとかすり抜けながら作品を見ていく。こういう時、一人で来ると身軽で便利だ。もっとも、私は彼氏や友達と来ても、最初に、美術館を出る時間と待ち合わせ場所を決めて、あとは各自思い思いに見ることにしているけど。
フランスに留学したばかりの頃の藤田の作品に描かれた人物、モディリアニが描く人物とそっくり。モディリアニとは親交があったらしいけど・・・そっくりすぎない? 私の横にいたおじさんも連れの人に「モディリアニみたいだね・・・」って言ってる。いくら友人でも私がモディリアニだったらちょっとムッとするかも。自分のスタイルを模索して苦しんでいたのかもしれないけど。

そしてとうとう藤田が生み出したあの乳白色。確かに女性の肌は白く、つるんと美しい。横たわっている女性の絵なんか、バックが漆黒とも言えるような黒だからより一層、その何とも言えない白さが引き立つ。でもこれって日本人の女性を描くための色じゃないよね。白人の女性・・・私はニコール・キッドマンの肌の白さを思い浮かべてしまった。この当時の藤田の作品はとても不思議だと思う。構図や間の取り方は明らかに日本的。だけど、描かれている女性は西洋人。さらに私の不思議感をあおるのが、藤田が描く猫だ。毛の描き方やしなやかな動き、目や表情の描き方は明らかに日本画のそれ。一枚の絵の中に、日本と西洋が混在しているのだ。それにしても、女性の体型のバランス、おかしくない? 普通に考えると、この姿勢だともうすこし足が長くないと遠近法的におかしいよ・・・などと思ってしまうような作品がいくつかある。まあ、絵画はある意味フィクションだし、画家の目に見えてる物を描くものなんだからいいっちゃあいいんだけど。

そして藤田の戦争画。うわあ、この人って何でも描けるのね。それまでのしなやかな女性達を描いた作品から打って変わって荒々しい作風になってる。日本の風景や人を描いた作品を見たとき、日本人独特のどっしり感をものすごく感じた。日本の湿度の高いウエットな空気も感じた。もしかしたら藤田嗣治って周囲のいろんなものに影響を受けすぎて、そしてなまじっかそれを受け入れる才能があっただけに、自分の作風というものを確立できなかった人なんじゃないのかな。日本の自分の部屋にいるときの自画像も、日本の部屋にいるんだけど、本人が洋風なもんだから、なんか全体として和洋折衷な感じになってて奇妙だもの。考えてみると、藤田の作品全てそんな感じなのかもしれない。日本画の伝統的な技術に、藤田がパリで得たものをプラスしている感じ。

晩年はパリに移り住んでフランス人となり、近所の子供たちを描いた藤田。不気味な表情を浮かべた子供たちの絵は、これまたこれまでと作風が違っている。なんか奈良美智に通じるものがあるなあ~と思っていたら、「美術手帳」で会田誠が同じようなことをちらっと書いていた。ちょっと前に見たテレビ番組で藤田のフランス人としての名前を「レオナルド・フジタ」って紹介していて、「レオナルドってイタリア人の名前じゃん!」と思ったのだが、フランス語では「レオナール」なのね。私は藤田の作品の中ではこの子供たちを描いた作品が一番好き。ちまちまと書き込まれている細かい物が見ていて楽しいし、これまで見てきた藤田の作品の中で、一番自然な感じがする。

藤田嗣治といえば乳白色の女性の絵。そう思っていたが、この展覧会で藤田嗣治の作風の変遷を見ることができて、とても面白かった。
2006年1月8日 杉本博司展 森美術館

 杉本博司の作品を初めて見たのは、今から5年くらい前、直島のベネッセミュージアムでのことだった。とても静かな海のモノクロ写真。余計な物が一切なく、ものすごくミニマルでスタイリッシュでかっこよかった。穏やかな瀬戸内海に臨むベネッセミュージアムにとてもマッチしていた。それ以降も、ときどきシアターシリーズの作品などを目にすることがあったが、湿度を含んだ空気や、重苦しさ感じさせない作品に、「あまり日本人っぽくない作家だな」と思っていた。

 森美術館の展示室に入ると、まずは数理模型や機構模型を写した作品が、2列に並んだ壁に一枚ずつ展示されている。暗闇の中に奇妙な形をした模型が白く浮かび上がる。とても、静かだ。壁と壁の間を歩きながら作品を見ていくうちに、空気の流れが止まり、時間が止まる。キリコの作品の中にいるような、ノスタルジックなような、自分はなぜ今ここにいるのだろうと自身の存在に疑いを投げかけてしまうような不思議な感じ。
 そして、ジオラマシリーズ。私はこのシリーズを見るのは初めてなのだが、最初はどうやって撮影したのかわからなかった。被写体の原人達がどうみても本物にしか見えず、「特殊メイクで仮装させたのか?」と思っていた。これ、ジオラマを撮影したんですね。よく考えてみると、原人がリアルな割に背景となっている原始時代の光景があまりにもチープだった。ジオラマならば納得。博物館とかにあるよね、こういうの。
 次に世界各地の海を撮影したSeascapesシリーズ。照明を落とした室内に、空と海だけを写した写真が浮かび上がる。どこからともなくチリ...チリ...チリ...という電子音がする。これはSeascapesシリーズに合わせて作られた音なのだそうだ。う~ん、これは合っているのかどうか微妙。古代人が見ていた風景を現代人が見ることは可能か、ということで撮影し始めたこのシリーズ。確かに古代って地球上にこういう超音波的な音が響いていそうだけど。光が入って海が白く光っているものや暗闇の中に海がほんのり写っているものなど、いろんな表情があって面白い。歩みを進めていくとそこには能舞台が。Seascapesの写真をバックにお能が演じられたらしい。杉本博司と能...現代美術と古典芸能を組み合わせる試みはこれまでも行われてはいただろうけど...ふうん、杉本博司ってこんなこともやるのかあ。そして48枚もの写真を横につなげた三十三間堂の観音様の写真。結構日本的なんだなあ、と私の杉本博司への認識が少しずつ変わっていくような感じがする。
 Theaterシリーズは、前にも見たことがあったのだが、こうしてじっくりみていくと、白く光るスクリーンが、まるで異界への入り口のよう。ここで上演されるものが、私たちを楽しませ、つかの間現実を忘れることのできる世界へと連れて行ってくれるんだよね...ウディ・アレンの「カイロの紫のバラ」をつい思い出してしまう。
 焦点をぼかした建物の写真。いくら輪郭がぼやけていても、素晴らしい建物はすぐそれとわかる、という。両目とも0.1を下回るド近眼・かつ乱視の私は、裸眼の時はいつも、物がこれらの作品とそっくりな状態で見えている。でも、知人の顔はなんとなくわかるし、建物もなんとかわかる。でもそれは、見る側の脳の認識力の問題でもあるんだよね。脳にしっかり焼き付けられるほど印象深い、素晴らしい建築物ってことなのだろうか。
 そして最後の展示室で、直島の家プロジェクトとして、杉本博司が改築した護王神社を再現した模型を見てハッとした。本殿に上がる階段には、一見氷かと見間違えるほど透明な石がいくつも使われている。とても現代的でクール。なのに日本の伝統的な建築である神社に、伝統に則った形でマッチしている。今どきはやりの、古いものと新しいものをただ組み合わせただけの「ミスマッチ」というやつではない。私はこれまで見てきた杉本博司の作品をもう一度見直したくなった。杉本博司の作品を初めて見たとき、日本特有の湿度や土着性を感じないと思った。そうじゃなかった。本当はものすごく日本的なものを抱えている。日本的なもののエッセンスを含んだ現代的なセンスを取り込むことで、逆に日本的なものを感じさせない工夫がなされていたのではないか。
余計な物をそぎ落としたすがすがしい新しい日本の美。杉本博司の作品にはそんなものを感じた。
ステンドグラス作家の菊池健一さんが昨年12月に亡くなった。
私は奥様の方と交流があったのだが、奥様を通して健一さんとも何度かお会いしたことがあり、知り合った当時千葉にあったアトリエを見学させていただいたり、ご夫妻が栃木に引っ越してからも、ギャラリーにお邪魔させていただいたりしていた。
最後に菊池健一さんにお会いしたのは、確か、3年位前、冬のことだったと思う。中華料理をご馳走になったことを覚えている。健一さんは、目を細めて笑う、優しい人柄の良い方だった。

菊池健一さんの作品のいくつかは、奥様に連れられて見に行ったことがある。
公園のスロープに埋め込まれた、かわいらしいガラスたち。はっきりとは覚えていないのが申し訳ないのだが、和風のアイテムや、愛犬のジュリちゃんのモチーフもあった。かと思えば、公共施設の壁に取り付けられた、中世ヨーロッパの絵画のような、ロマンティックな作品もあった。奥様がマネジメントしているギャラリー兼ご自宅は、夜になると中庭におかれたガラスのオブジェがライトアップされ、幻想的な美しさで、まるでおとぎの国にいるようだった。

美しい作品をいくつもこの世に残して逝った菊地健一さん。
心からご冥福をお祈りいたします。


2005年12月11日(日) ワタリウム美術館
フェデリコ・エレーロ展 「ライブ・サーフェス」

ワタリウム美術館に行く時、私はいつも表参道駅で電車を降りて、「まい泉」のある通りを歩いていくことにしている。普通の住宅街の中に、昔っから営業してそうな商店やクリーニング屋さんに混じって小ぢんまりしたカフェやレストランなどが立ち並ぶこの通りが好き。表参道のメインストリートからはちょっとはずれた道なのに、カフェはいつも混んでいる。流行の最先端を行っている一方、古くからこの町にすんでいるおじさんたちが普段着で歩いてたりして、そのギャップがいい。裏原宿なんかもそんな感じあるけど、神宮前のこの一帯は、もっとのんびりしていて、人がきちんと生活している町という雰囲気が好き。前に、ワタリウムの企画展で、アーティストが作った音を聞きながら神宮前一帯におかれたアート作品を歩いて見て回る、というものがあったけれど、あれは、自分の知らないこの辺りの表情が見られて楽しかったなあ。

クリスマス前ということもあってワタリウム美術館のショップは混んでいた。ここはアート系のカードがとても充実している。カードを物色している人たちを横目にフェデリコ・エレーロ展のチケットを購入。ワタリウムのチケットって一度買うと会期中は何度でも入れるけど、実は何度も来ることってないんだよな。一度きりでいい人と、何度も来たい人と、選べるといいのにな。

フェデリコ・エレーロはコスタリカのアーティスト。ラテンアメリカの文化に興味がある私としてはとても楽しみ。エレベータに乗って2階へ。この美術館って敷地が狭いだけに、展示室を広くするための工夫がなされていて、エレベータの出口の位置も、展示スペースに直面しないように計算されている。そして大型の作品も展示できるよう、2階と3階は吹き抜けになっているんだよね。その吹き抜けスペースの壁に、黄色や緑などかわいらしい色合いのアートが直接描かれている。ラテンアメリカのアートってメキシコをはじめとしてやっぱり壁画の伝統があるよね。色とりどりに描かれたその作品は外国の子供の絵本みたい。・・・でもよく見てみると、中には不気味な生き物が線画でちまちまと描かれている。かわいいものと不気味なものの組み合わせがアンバランス。でも、子供ってそのどっちも好きだったりするよね。小学校のとき、こういう不気味でちまちましたものをノートにたくさん書き付けてる子っていた。そして壁には目のようなものもたくさん描かれている。村上隆も目のモチーフを使うけど、結構緻密に描かれてる村上隆の目とは違って、白い楕円に黒目が描かれただけの稚拙な目なんだけど、・・・見てるうちにだんだん不気味になってきた。壁画の反対側に作られた壁に描かれた作品も、壁の地の色はマットな水色でかわいいんだけど、絵の具のたらし方が不気味・・・壁の上の方から下の方へと眺めていくと、床にも目が! 描き方が稚拙なだけによりいっそう不気味。さらにエレベータで上の階も見ていく。カラフルな色に囲まれたちまちました不気味な動物たち。中南米って本当にこういう生き物がいそう。日本人ならそんな不気味な生き物でさえも、漫画化してキャラクタライズしちゃいそうだけど、この人のは、気持ち悪いまんまで、ちょっと痛々しい感覚すら覚える。4階にはなぜかハンモック。私、ハンモックってやったことないんだよな~とちょっとうれしくなり、乗ってみる。私が乗ったら外れちゃうんじゃないかと心配したけど、大丈夫。ゆらゆら感が心地よい。
ワタリウム美術館はスペースが広くないこともあって、展示作品があまり多くなく、さほど構えずに見ることができる。こういう言い方はよくないかもしれないけれど、いつも空いているのもいい。スタッフもみんな「アートが好き」っていう感じがするし、展示もマニアックながらも、なんとなく「気になる」っていうものばかり。これって会員制で運営しているからできることだよね。フェデリコ・エレーロも、日本のアーティストにはない色彩感覚と造形力持った作家だと感じる。あのちまちました生き物のかわいくなさは日本人にはなかなかかけないっすよ。稚拙感があるというかプリミティブな作品を描いているけれど、日本で最近はやっている「ヘタウマ」系の若い作家たちとも違う感じ。

ハンモックに揺られたあとは、ミュージアムショップへ。このショップを見るのも、この美術館に来る楽しみ。時節がら、クリスマスカードが充実。蜷川実花が撮影に使いそうなかわいいジェルが使われた MOMAのクリスマスカードを購入。そしてちょっと小腹がすいたので地下のカフェへ。このカフェは、何年か前にリニューアルされたけど、落ち着いた雰囲気がとても好き。こんな狭い空間をよくここまで心地よくできたなあと思う。ただし、禁煙じゃないのが気になるけど。一番奥の席に陣取り、アボガドサンドイッチとホットチャイを注文。このスペースは中地下1階とでもいうのか、地下のブックショップと1階の間にあるスペースで、ロフトみたいになってて、ブックショップが良く見える。床から天井までぎっしり本が詰まった本棚を眺めながらチャイをすする。なんかとてもアカデミックな雰囲気。海外の大学の図書館にいるみたいな。ここのブックショップ、書籍がすごく充実してるんだよね。卒論のときはとてもお世話になりました。アボガドサンドはパンがカリカリしていてとてもおいしい。持参した新聞、文庫本などを読んですっかり満足。メニューにスイーツがないのが残念。軽食だけだと女子はお茶しづらいかもね。
Digital Art Festival Tokyo 2005 
2005年12月10日(土)  パナソニックセンター東京

実は携帯電話向けコンテンツ制作会社に勤務してる私。携帯アート作品も出品されると聞き、有明のパナソニックセンターへ。新橋からゆりかもめに乗って行くが・・・遠い。ものすごく。しかもゆりかもめっていつもそれなりに満席になるんだよね。社内の狭さを我慢して有明駅で降りると、そこには東京とは思えない広大な土地。スカスカの土地に現代的な高層マンションや奇妙な形のビルがまばらに建ち、そして黄色いブルドーザーが空き地の土を掘り起こしてる。ああ、なんかこれって旧共産圏の東欧のイメージ。こんな映画みたよ、どこかで。一戸建ての住宅街や中くらいの高さのビルがないってなんか変な光景だなあ。

パナソニックセンターはそこそこの込み具合。紺地に水色のラインをあしらったコンパニオンの制服がかわいい。最新のモニターやなんかがディスプレイされているショールームを抜けてDigital Art Festival 会場へ。モニターに手を触れると手の動きにあわせて映像がゆがんだり伸びたりする作品や、いろんな線形の切り口で変形できる3G画像、デジタル金魚すくい、声に合わせて水玉などがスクリーン上を飛び交う作品などなど、体験型の作品が並ぶ。なかでもユニークだったのは、モニター上でラーメンやフォアグラなどの食品を選び、用意されたストローを吸うと、その食品を実際にストローで吸ったときと同じ音・振動がする作品。すごい人気で試したかったけど、なかなか割り込めず・・・でもずっと見てるだけでも楽しかった。でも、一番好きだったのは、「3D Display Cube」という作品。針金で作ったジャングルジムみたいな立方体に小さな電球みたいな発光体がついていてきらきら光る。ただそれだけなんだけど、このシンプルさが、デジタルデジタルした会場の中で、静かに力を放ってるような気がした。

肝心のケータイアートはというと、1Fの会場を出た通路みたいなところにケータイがずらりと並べられてるだけ・・・一応見てみたけど、ケータイアートってさ、所詮、フラッシュで作った.swfファイルを再生しているだけなんだよね。そのムービーがいかに面白くつくられてるかってだけでね。手で触って何かできるとか、そういうんじゃないし。まだメモリーもそんなにないし、画面解像度もいまいちでモアレすごいし。ていうかさーわざわざ有明まで来てケータイアート見なくってもサイトにアクセスすれば見られるようにしてよ・・・と思ったらあった、でもFOMA(テレビ電話機能つき)だけだって・・・私vodafoneだもんなあ~

2階の会場も一通り見てからカフェへ。テーブルとか椅子とかすごく使い心地のいいカフェなんだけど、フードとサービスがいまいち。カフェオレとチョコレートケーキを注文したら、お皿をトレイにも載せてくれない。私、片手に荷物持ってんのに、どうやってカフェオレソーサとケーキの2つの皿持つんだよ! まあいいんだけどさ・・・ケーキもチョコレートケーキとベイクドチーズケーキの2種類しかなくて、あとはコンビニとかで売ってそうなお菓子とかドーナツに、ソフトクリーム(寒!子供が食べてたけど)。カフェ自体は心地いいだけに残念なわけよね・・・

お茶した後は、カラーディスプレイ付きのiPodで楽しむアート作品「ART STAR」のセミナー。これは、日本で人気の現代アートのアーティストの作品を納めたCD-ROMなんだけど、iPodに取り込んで見ることができるというもの。アート作品をiPodに入れて持ち歩けるってわけ。しかもテレビに映し出したり、自分でBGMを付けることもできるらしい(デフォルトではアーティストが選曲した楽曲が1曲入ってる)。奈良美智さんとかタナカノリユキさん、ホンマタカシさんとか、ラインナップがいい。会場ではこのCD-ROMを企画制作した凸版印刷の担当者と、『デジスタ』(NHKだっけ?)のMCの人がなぜ「ART STAR」を制作したか、といった話をし、タナカノリユキさんやヤノベケンジさんなどの「ART STAR」作品をいくつか見せてくれた。この凸版の人、現代アート好きなんだろうなあ。そしてゲストに真珠子さんという女性アーティスト。かわいいんだけど毒があったりエロかったりっていうイマドキな作風のガールズ・アーティストって感じだけど、彼女の作品を松田聖子の「赤いスイートピー」をBGMに見たときはちょっと面白かった。私はパンクロックとかメタル系の音楽をイメージしてたんだけど、聖子ちゃんってベタな選択もなかなかよかった。Radioheadの「high and dry」とかもいいかもね。そんな風にアートに好きなBGMつけて持ち歩いていつでも好きなときに見られるってすごくいい。パーソナルに、いろんなイメージでアートを楽しめるよね。今後いろんなバリエーションが出てくることを期待しつつ、 iPod持ってないのに奈良美智さんの作品のCD-ROMを購入。今年の自分へのクリスマスプレゼントはiPodで決まり!と決意して会場を後にしたのでした。

ケータイアートじゃなくて携帯できるアート。携帯電話でもこういうのできたらいいのになあ。
2005年11月5日 横浜トリエンナーレ

3年に1度開催される国際的アートイベント、横浜トリエンナーレ。初の開催だった3年前に比べ、あまり話題になってない感じ…と思いつつ横浜赤レンガ倉庫へ…あっ、間違えた! 赤レンガ倉庫前で「ふるさと物産展」が行われているのを目にし、ようやく今年の会場は山下公園であることに気づく。仕方ないからふるさと物産展をひとまわりし、長野の野沢菜お焼きを食べ、1個80円(安っ!)のキャベツを1個購入。キャベツを持ってみなとみらい線に乗り、元町中華街駅へ。

電車を降りると駅の柱に横浜トリエンナーレの広告が巻かれてる。改札付近には青いとげとげとげのついたインフォメーションブースが。そして大きく横浜トリエンナーレと書かれた山下公園方面への出口。わかりやすーい! 今まで日本のイベントに不足していたのは、来場者を会場までわかりやすく案内しようとする、こんなサービス精神だったと思う。
山下公園に着くとコンテナを積み上げた作品が。そして、またも遠くからでもそれとわかる青いゲート。…しかし、そのゲートへ向かう人の数がなんだか少ないような気がする。ゲートを通ると、すぐ目の前に温室みたいな屋根のついた小さな船が停泊している。みんなが乗っているので私も乗る。階段で船底に下りると、そこにはソファやベンチがあってくつろげるようになっているんだけど…いかん、私、船酔いするんだった。早々に船を降りる。
船を下りて、ダニエル・ビュランの紅白の三角旗がいくつも張り巡らされた海沿いのプロムナードを歩く。会場までこのプロムナードを歩いて10分ほど。結構遠いけれど、天気がよくて、海が近くて、気持ちがいい。グッズを売るショップなんかあるとイベントへの気持ちが盛り上がっていいかも~と思わなくもなかったけれど、ときどき音楽が聞こえる静かな道をずっと歩いていくのが楽しい。でも、雨の日はこのプロムナードを歩くのつらいだろうな。

ようやく会場到着。う~ん、本当に倉庫そのものって感じの会場。まず最初に鉄パイプで作られた大きな足場が。恐る恐る上って降りる。それから他の作品を見て回る。まず、何より壁がない。したがっていわゆる絵画的な作品もほとんどない。迷路、カフェみたいな作品、似顔絵を描いてるアーティスト、サッカーゲーム、トリエンナーレのCEOになれる権利をかけたマージャンゲームのコーナー、受話器をとると謎の声が聞こえてくる公衆電話、100円を入れて5分くらい待つとアーティストがその場で即興で作ったアート作品が出てくる自動販売機、トラックのコンテナの中で見るムービー…体験型の作品ばかり。それに加えて、なんだか来場者が座って休んだり横になったりする作品がやたら多いような気がする。前回のトリエンナーレでの蔡国強のマッサージチェア(座ると電光花火が見られる)はすごくよかったし、あのときは「新鮮!」と思ったけど、あれから3年、まだ座ってまったりする系の作品が…小沢剛の影響かなあ? それから卓球ゲームも。おいおい、アートというより、大型スーパーとかデパートの屋上でやるイベントみたいな雰囲気だぞ。卓球台ってのもガブリエル・オロスコが結構前にやってなかったか? 
前回のトリエンナーレがきちんと会場の整備にもお金をかけてきれいにして大人のイベントって感じだったのに比べ、今回は、同じ倉庫でも、倉庫の中に大型の作品や足場、木箱(このなかに作品があるのね)なんかが、ボン、ボン、と置かれているだけで、国際的アートイベントというよりも学校祭の雰囲気。木箱の継ぎ目なんかもむき出しだしね。造形的に美しいもの、いわゆる正統派のものがほとんどないせいか、なんか…こう全体的に安っぽいんだよねぇ。まあ、いわゆる正統派の美しいものだけがアートじゃないけどね。今回のトリエンナーレのテーマは「アートサーカス」ってことらしいんだけど、確かに場末感が漂ってくるような感じなんだよね。ハッピーになるというよりは、ダウン系。まあ、アートとしてはこういうのもアリなんだろうけど。

でも、カフェとかもしょぼいんだよね。何もトイレの真横に屋台村作んなくっても。ちょっと臭いが気になって食べる気がしなかったし。ミュージアムショップも、おいているグッズがいまいち。なんで森アートミュージアムのトートバッグが? 村上隆のサッカーボールも。そして、なぜ岡本太郎のグッズがこんなにたくさん? すでにどっかで見たようなものばかり…こういうアメニティ系はちゃんとつくろうよー!

でも、会場では結構多くの若者たちが作品を体験して「楽しい!」って言ってた。作品と向き合うというよりも、デパートの屋上でゲームに参加してるみたいな感じなのかなあ。私にとって救いだったのは倉庫と倉庫の間を行き来するときに海が見えたこと。波が穏やかで、水面が陽光にきらきら光ってかすかに煙っているその先にインターコンチネンタルホテルが見えて、おまけに潮風が心地よくって、作品見てるより海見てる方がいいかも。サイトスペシフィックってのもテーマのひとつだっけ。あー、こういう意味だったのね。

来場者に対する案内や配慮はよかったんだけけどねぇ、そしてサイトスペシフィックってのもよかったんだけどねぇ。国際的に通用するのかなあ。行った事ないけどベネツィアビエンナーレとかもこれくらいのレベルなの? あっ、でも、鳶職人みたいに会場の天井に上って、ピンクのロープを天井に張り巡らせてたアーティストの人はとてもよかったよ。