2005年9月25日
東京都現代美術館 「イサム・ノグチ」展
2005年夏、遺作となったモエレ沼公園がグランドオープンしたイサム・ノグチ。
グランドオープン初日、朝のワイドショー(確か日テレ)で女性レポーターが甲高い声で「グランドオープンです!グランドオープンです!」ってこの世の終わりみたいにわめき散らしてたっけ…。おまけに風が強かったらしく、髪がぐちゃぐちゃになりながら「風が強いです!」って言ってた。あれって地元局のアナウンサーかな。朝はもっとテンション低めでお願いしますよ…こういうときって本当、NHKが「新日曜美術館」などで見せる落ち着きとか、ゆったり加減とか、作品をちゃんと見せようとする姿勢とかって貴重だなあと思う。
実は私、モエレ沼公園、行きました。実家が札幌なので、去年の夏、帰省したときに。グランドオープン前だったけどね。モエレ沼公園は…一言で言ってしまうと、「広大」。これにつきます。イサムが若い頃からずっと作りたがっていた「プレーリーマウンテン」や人工のビーチなども素晴らしかったんだけど…とにかく広いのなんのって…札幌で17年間育ち、北海道の広さを体で知っている私ですら恐怖を覚えるほど。「昔はここはゴミの集積場だった」とうちの母親が言ってたけど、はあ~…一応ここ、札幌市内なんですけどねぇ、市内にこんな土地があったなんてねぇ、東京じゃ考えられませんねぇ、と北海道の底知れぬ一面を見た思いだった。私が札幌に住んでた頃、こんなプロジェクトが進行中だったなんて全然知らなかったし。
プレーリーマウンテンにも登りました。冬にはスキーの練習ができそうなくらいの小山。えっさえっさと登っていくと、これが結構きつい。そして風がめっぽう強い。頂上で座って和もうとしてみたが、あまりの強風に和めませんでした。こんなに風が強いなんてイサムはきっと知らないまま亡くなったんだろうなあ。
さて、「イサム・ノグチ」展である。
会場に足を踏み入れると、売店付近にひとだかり。東京都現代美術館に来て、こんなに売店に人がいるのを見たことがあっただろうか(ジブリ展とかあまり興味なかったもので)? きっといい展覧会なのだろうとわくわくしながら会場へ。子供向けに作られた作品解説リーフレットをくれるのも楽しい。イサムの作品はシンプルだけれどとてもエレガント。眺めているとだんだん優しい気持ちになってくる。やわらかくうねる金属の、そのやわらかさが好き。でも!作品、ちょっと少なくない? 美術館の外にも野外彫刻作品が展示されてたけど…前に横尾忠則展とか村上隆展をやってたときは、2階も使ってもっと作品をたくさん展示してなかった? 確かに、亡くなったアーティストだから新作をってわけにいかないし、大きな作品は運搬が大変だけど、なんかちょっと物足りない。これならモエレ沼公園のガラスのピラミッドの中にあったミュージアムの方がよかったかも。展示作品数はそんなに多くなかったけれど、イサムがユーラシアを旅したときに自身が撮った写真がたくさんあって、それが面白かったんだよね。
展示室の最後は、模型や写真、ビデオを使ったモエレ沼公園の紹介。プレーリーマウンテンを横から撮った写真が美しい。実際に登ったときは登ることに精一杯で気がつかなかったけど、精密に積み重ねられた石の層が、プレーリーマウンテンをまるでマヤのピラミッドみたいに見せている。石のラインがなんとも言えず美しい! グランドオープン後のモエレ沼公園にも行きたい、あのときは見逃してたこともたくさんあっただろうし、と思っていると、模型を眺めていたカップルの女の子が「あのプレーリーマウンテンとかもこの敷地内にあるんでしょ。ってことは、異様に広いってこと?」と彼氏にたずねている。ふふっ、そうなんですよ、広いんですよと内心ほくそ笑みながら通り過ぎる私。いくら空撮なんか見ても、あの広さは実際に行かないとわかんないっすよ。ぜひ、モエレ沼公園に行くべし!(冬はどうなっているのかわかりませんが…)
実はこの展覧会の後で、イサム・ノグチの伝記(「イサム・ノグチ」ドウス昌代著・講談社文庫、上下巻)を読んだ。結局、アメリカと日本のどちらにも帰属できなかった人なんだよねイサム・ノグチって。育ちも結構複雑で、ひとつところに落ち着いて生活することができなかった人。都合よくアメリカ人と日本人を使い分けてもいたみたいだけど、自分が何人かわからないってきっとものすごく孤独だろうと思う。気難しい人でもあったらしいけど、本当の意味での孤独を知っている人は優しいよね。だから彼の作品は美しく優しいんだと思う。ただ、伝記の中でも書かれているけど、イサムが本当に日本を理解していたかというとそれは疑問。イサムはかつて山口淑子さんと結婚していた頃、鎌倉の魯山人の離れに暮らし、魯山人を師とあがめていたけど、当時、普通の日本人はあんな生活してないからね。生活ってもっと汗臭くて泥臭いものだし。この「イサム・ノグチ」展にもイサムのインテリアで和める部屋があったけど、イサムの「あかり」やインテリアって、今流行の「和テイスト」って感じがするんだよね。和カフェとかにありがちな感じで、西洋の文脈の中で日本を捉えているっていうか。伝記の中でも、イサムは盆暮れなどの日本のしきたりを理解しようとしなかったって書いてたし。まあ、それがまさに今の私たち都会に住む日本人の生活でもあるわけだけど…そういう意味では時代がイサムの感覚に追いついてきたってことなのかなあ。本物の「和」はいらない、「和テイスト」があればそれでOKのモダンなニッポンの生活。
ああ…私も「あかり」ほしくなってきちゃった。
東京都現代美術館 「イサム・ノグチ」展
2005年夏、遺作となったモエレ沼公園がグランドオープンしたイサム・ノグチ。
グランドオープン初日、朝のワイドショー(確か日テレ)で女性レポーターが甲高い声で「グランドオープンです!グランドオープンです!」ってこの世の終わりみたいにわめき散らしてたっけ…。おまけに風が強かったらしく、髪がぐちゃぐちゃになりながら「風が強いです!」って言ってた。あれって地元局のアナウンサーかな。朝はもっとテンション低めでお願いしますよ…こういうときって本当、NHKが「新日曜美術館」などで見せる落ち着きとか、ゆったり加減とか、作品をちゃんと見せようとする姿勢とかって貴重だなあと思う。
実は私、モエレ沼公園、行きました。実家が札幌なので、去年の夏、帰省したときに。グランドオープン前だったけどね。モエレ沼公園は…一言で言ってしまうと、「広大」。これにつきます。イサムが若い頃からずっと作りたがっていた「プレーリーマウンテン」や人工のビーチなども素晴らしかったんだけど…とにかく広いのなんのって…札幌で17年間育ち、北海道の広さを体で知っている私ですら恐怖を覚えるほど。「昔はここはゴミの集積場だった」とうちの母親が言ってたけど、はあ~…一応ここ、札幌市内なんですけどねぇ、市内にこんな土地があったなんてねぇ、東京じゃ考えられませんねぇ、と北海道の底知れぬ一面を見た思いだった。私が札幌に住んでた頃、こんなプロジェクトが進行中だったなんて全然知らなかったし。
プレーリーマウンテンにも登りました。冬にはスキーの練習ができそうなくらいの小山。えっさえっさと登っていくと、これが結構きつい。そして風がめっぽう強い。頂上で座って和もうとしてみたが、あまりの強風に和めませんでした。こんなに風が強いなんてイサムはきっと知らないまま亡くなったんだろうなあ。
さて、「イサム・ノグチ」展である。
会場に足を踏み入れると、売店付近にひとだかり。東京都現代美術館に来て、こんなに売店に人がいるのを見たことがあっただろうか(ジブリ展とかあまり興味なかったもので)? きっといい展覧会なのだろうとわくわくしながら会場へ。子供向けに作られた作品解説リーフレットをくれるのも楽しい。イサムの作品はシンプルだけれどとてもエレガント。眺めているとだんだん優しい気持ちになってくる。やわらかくうねる金属の、そのやわらかさが好き。でも!作品、ちょっと少なくない? 美術館の外にも野外彫刻作品が展示されてたけど…前に横尾忠則展とか村上隆展をやってたときは、2階も使ってもっと作品をたくさん展示してなかった? 確かに、亡くなったアーティストだから新作をってわけにいかないし、大きな作品は運搬が大変だけど、なんかちょっと物足りない。これならモエレ沼公園のガラスのピラミッドの中にあったミュージアムの方がよかったかも。展示作品数はそんなに多くなかったけれど、イサムがユーラシアを旅したときに自身が撮った写真がたくさんあって、それが面白かったんだよね。
展示室の最後は、模型や写真、ビデオを使ったモエレ沼公園の紹介。プレーリーマウンテンを横から撮った写真が美しい。実際に登ったときは登ることに精一杯で気がつかなかったけど、精密に積み重ねられた石の層が、プレーリーマウンテンをまるでマヤのピラミッドみたいに見せている。石のラインがなんとも言えず美しい! グランドオープン後のモエレ沼公園にも行きたい、あのときは見逃してたこともたくさんあっただろうし、と思っていると、模型を眺めていたカップルの女の子が「あのプレーリーマウンテンとかもこの敷地内にあるんでしょ。ってことは、異様に広いってこと?」と彼氏にたずねている。ふふっ、そうなんですよ、広いんですよと内心ほくそ笑みながら通り過ぎる私。いくら空撮なんか見ても、あの広さは実際に行かないとわかんないっすよ。ぜひ、モエレ沼公園に行くべし!(冬はどうなっているのかわかりませんが…)
実はこの展覧会の後で、イサム・ノグチの伝記(「イサム・ノグチ」ドウス昌代著・講談社文庫、上下巻)を読んだ。結局、アメリカと日本のどちらにも帰属できなかった人なんだよねイサム・ノグチって。育ちも結構複雑で、ひとつところに落ち着いて生活することができなかった人。都合よくアメリカ人と日本人を使い分けてもいたみたいだけど、自分が何人かわからないってきっとものすごく孤独だろうと思う。気難しい人でもあったらしいけど、本当の意味での孤独を知っている人は優しいよね。だから彼の作品は美しく優しいんだと思う。ただ、伝記の中でも書かれているけど、イサムが本当に日本を理解していたかというとそれは疑問。イサムはかつて山口淑子さんと結婚していた頃、鎌倉の魯山人の離れに暮らし、魯山人を師とあがめていたけど、当時、普通の日本人はあんな生活してないからね。生活ってもっと汗臭くて泥臭いものだし。この「イサム・ノグチ」展にもイサムのインテリアで和める部屋があったけど、イサムの「あかり」やインテリアって、今流行の「和テイスト」って感じがするんだよね。和カフェとかにありがちな感じで、西洋の文脈の中で日本を捉えているっていうか。伝記の中でも、イサムは盆暮れなどの日本のしきたりを理解しようとしなかったって書いてたし。まあ、それがまさに今の私たち都会に住む日本人の生活でもあるわけだけど…そういう意味では時代がイサムの感覚に追いついてきたってことなのかなあ。本物の「和」はいらない、「和テイスト」があればそれでOKのモダンなニッポンの生活。
ああ…私も「あかり」ほしくなってきちゃった。