2005年9月25日
東京都現代美術館 「イサム・ノグチ」展

2005年夏、遺作となったモエレ沼公園がグランドオープンしたイサム・ノグチ。
グランドオープン初日、朝のワイドショー(確か日テレ)で女性レポーターが甲高い声で「グランドオープンです!グランドオープンです!」ってこの世の終わりみたいにわめき散らしてたっけ…。おまけに風が強かったらしく、髪がぐちゃぐちゃになりながら「風が強いです!」って言ってた。あれって地元局のアナウンサーかな。朝はもっとテンション低めでお願いしますよ…こういうときって本当、NHKが「新日曜美術館」などで見せる落ち着きとか、ゆったり加減とか、作品をちゃんと見せようとする姿勢とかって貴重だなあと思う。

実は私、モエレ沼公園、行きました。実家が札幌なので、去年の夏、帰省したときに。グランドオープン前だったけどね。モエレ沼公園は…一言で言ってしまうと、「広大」。これにつきます。イサムが若い頃からずっと作りたがっていた「プレーリーマウンテン」や人工のビーチなども素晴らしかったんだけど…とにかく広いのなんのって…札幌で17年間育ち、北海道の広さを体で知っている私ですら恐怖を覚えるほど。「昔はここはゴミの集積場だった」とうちの母親が言ってたけど、はあ~…一応ここ、札幌市内なんですけどねぇ、市内にこんな土地があったなんてねぇ、東京じゃ考えられませんねぇ、と北海道の底知れぬ一面を見た思いだった。私が札幌に住んでた頃、こんなプロジェクトが進行中だったなんて全然知らなかったし。
プレーリーマウンテンにも登りました。冬にはスキーの練習ができそうなくらいの小山。えっさえっさと登っていくと、これが結構きつい。そして風がめっぽう強い。頂上で座って和もうとしてみたが、あまりの強風に和めませんでした。こんなに風が強いなんてイサムはきっと知らないまま亡くなったんだろうなあ。

さて、「イサム・ノグチ」展である。
会場に足を踏み入れると、売店付近にひとだかり。東京都現代美術館に来て、こんなに売店に人がいるのを見たことがあっただろうか(ジブリ展とかあまり興味なかったもので)? きっといい展覧会なのだろうとわくわくしながら会場へ。子供向けに作られた作品解説リーフレットをくれるのも楽しい。イサムの作品はシンプルだけれどとてもエレガント。眺めているとだんだん優しい気持ちになってくる。やわらかくうねる金属の、そのやわらかさが好き。でも!作品、ちょっと少なくない? 美術館の外にも野外彫刻作品が展示されてたけど…前に横尾忠則展とか村上隆展をやってたときは、2階も使ってもっと作品をたくさん展示してなかった? 確かに、亡くなったアーティストだから新作をってわけにいかないし、大きな作品は運搬が大変だけど、なんかちょっと物足りない。これならモエレ沼公園のガラスのピラミッドの中にあったミュージアムの方がよかったかも。展示作品数はそんなに多くなかったけれど、イサムがユーラシアを旅したときに自身が撮った写真がたくさんあって、それが面白かったんだよね。
展示室の最後は、模型や写真、ビデオを使ったモエレ沼公園の紹介。プレーリーマウンテンを横から撮った写真が美しい。実際に登ったときは登ることに精一杯で気がつかなかったけど、精密に積み重ねられた石の層が、プレーリーマウンテンをまるでマヤのピラミッドみたいに見せている。石のラインがなんとも言えず美しい! グランドオープン後のモエレ沼公園にも行きたい、あのときは見逃してたこともたくさんあっただろうし、と思っていると、模型を眺めていたカップルの女の子が「あのプレーリーマウンテンとかもこの敷地内にあるんでしょ。ってことは、異様に広いってこと?」と彼氏にたずねている。ふふっ、そうなんですよ、広いんですよと内心ほくそ笑みながら通り過ぎる私。いくら空撮なんか見ても、あの広さは実際に行かないとわかんないっすよ。ぜひ、モエレ沼公園に行くべし!(冬はどうなっているのかわかりませんが…)

実はこの展覧会の後で、イサム・ノグチの伝記(「イサム・ノグチ」ドウス昌代著・講談社文庫、上下巻)を読んだ。結局、アメリカと日本のどちらにも帰属できなかった人なんだよねイサム・ノグチって。育ちも結構複雑で、ひとつところに落ち着いて生活することができなかった人。都合よくアメリカ人と日本人を使い分けてもいたみたいだけど、自分が何人かわからないってきっとものすごく孤独だろうと思う。気難しい人でもあったらしいけど、本当の意味での孤独を知っている人は優しいよね。だから彼の作品は美しく優しいんだと思う。ただ、伝記の中でも書かれているけど、イサムが本当に日本を理解していたかというとそれは疑問。イサムはかつて山口淑子さんと結婚していた頃、鎌倉の魯山人の離れに暮らし、魯山人を師とあがめていたけど、当時、普通の日本人はあんな生活してないからね。生活ってもっと汗臭くて泥臭いものだし。この「イサム・ノグチ」展にもイサムのインテリアで和める部屋があったけど、イサムの「あかり」やインテリアって、今流行の「和テイスト」って感じがするんだよね。和カフェとかにありがちな感じで、西洋の文脈の中で日本を捉えているっていうか。伝記の中でも、イサムは盆暮れなどの日本のしきたりを理解しようとしなかったって書いてたし。まあ、それがまさに今の私たち都会に住む日本人の生活でもあるわけだけど…そういう意味では時代がイサムの感覚に追いついてきたってことなのかなあ。本物の「和」はいらない、「和テイスト」があればそれでOKのモダンなニッポンの生活。

ああ…私も「あかり」ほしくなってきちゃった。


2005年9月25日(日)
原美術館 やなぎみわ「無垢な老女と無慈悲な少女の信じられない物語」展

この夏、転職活動やら何やらであまり時間が取れなかったため、本当に久しぶりの更新。その間も美術展には行ってたんだけどね…文章を書く気力がなかったっていうか。実に5ヶ月ぶり。しかもこの展覧会観にいってからすでに一ヶ月たってるし…。

原美術館は、東京で二番目に好きな美術館(一番は庭園美術館)。閑静な住宅街の中にあって、来るとなんだか気持ちが落ち着く。手入れのされた芝生が好き。芝生の奥にたたずむ建物も好き。実はその日、「やなぎみわが観たい!」と思って原美術館に行ったのではなかった。ミュージアムショップにしゃれた置時計売ってないかなあと買い物が目的だった。それでやなぎみわの展覧会が開かれていたので「おお!ラッキー!」って感じ。台風明けにわざわざやってきてよかったなあ~としみじみ思ったのでした。

やなぎみわは、3年前の横浜トリエンナーレ(あれからもう3年…当時は私も浮かれて赤レンガ倉庫へと行ったものだったが、今年開かれている第2回目はどんな感じなんだろう)で観た「My Grandmothers」シリーズの、若いボーイフレンドを連れて颯爽とスポーツカーを乗り回すイカしたおばあちゃんの写真が印象的だった。そして、「エレベーターガール」シリーズのあの人工的な色彩(いかにも精神と体に悪そうなんだよね)。
しかし、今回、展示室に足を踏み入れると、そこはモノクロの世界だった。
まず最初に黒いサーカスのテントみたいなものが天井から吊り下げられている。下から入ってみると、ムービーが流れていた。さらさらした砂の上をはるか彼方から何かがこちらにむかってやってくる。よく観ているとそれは、私が入っているのと同じ黒いテントを頭からかぶった少女なのだった。少女は乾いた砂の上をポテポテと歩き、どんどん私に近づいてくる。少女の表情は全くわからない。私の目の前まで来たらどうなるんだろう?と思っていたら少女は直近まで来たところで脇に逸れた。画面の左右で風にたなびいている黒いカーテンを誰かの手が開ける。そのとき、私の後からやってきたカップルが入ってきた。うわ、最悪。こんなところでカップルと一緒になりたくないよ~と現実に戻り、テントを出て次の展示室へ。

次の展示室では、「マッチ売りの少女」や「ヘンゼルとグレーテル」など、誰もが知っている寓話を、老婆のマスクをかぶったり、薄気味悪い特殊メイクをした少女たちが演じ、その少女たちが繰り広げる世界がモノクロ写真パネルとなって展示されている。中に、老婆(これも少女がやってるんだけどね)が裸の少女をベッドにくくりつけて監禁している写真が。一見、ロリータポルノにも思えるその作品にあらわされているものは、どこかで見たことがあるような気がした。もしやガルシア・マルケスの「エレンディラ」? あわてて解説リーフレットを読むと、やっぱりそうだった。実はこの展覧会のタイトルも、「エレンディラ」からとったのだという。そうだった、私はこの夏、昔読んだ文庫本を引っ張り出して読んだのだった。おばあちゃんが実の孫娘に売春させる話だよね、それで彼女に本気になる男がいて、でも彼女は最終的に彼を裏切るんだ。う~ん、すぐにピンとこなかったのは老化現象かなあ。しかし、なぜ日本ではさほど有名ではないこの作品を…と思いつつ、老婆に扮した少女たちの姿を見ているうちに、「そういえば、昔漫画雑誌の『なかよし』に、うそついたり意地悪ばかりしている性格の悪い女の子が、悪事の罰として顔だけ老婆になっちゃう作品があったなあ」とふと20年も前に読んだ漫画のラストのひとコマを思い出してしまった。しわしわになった元美少女の顔がアップになって、こわかったんだよね~。そんあことを考えながら二階へ。

二階ではムービー作品が上映されていた。女性のモノローグが「女は自分の娘にあらゆることを受け渡すの、砂以外はね」というようなことをつぶやいている。砂プラス女の情念。なんか、さっきから思い出すものがあるんだけど。安部公房の「砂の女」。もっともこの小説に書かれていた砂は、じめじめと湿った灰色の砂で、この展覧会の砂は、乾いて、さらさらで、黄砂って感じで、全然違うんだけどね。考えてみると、少女の黒テントのかぶりものも、表情が見えないように何かをかぶっているという点で「箱男」にも通じるな。そんなことを考えているうちに、だんだん集中できなくなってきたので、常設の宮島達男の部屋へ。う~ん、数字が私の体を這う。時の流れに押し流されそう。そういえば、昔、アラーキーの部屋があったと記憶しているんだけど、それってもうないのかなあ。

宮島達男の部屋を出ると、いよいよミュージアムショップへ。ここへ来るといろんなものがほしくなる。草間弥生のカップアンドソーサー、ほしい~特に赤いやつがいい!!二色のガラスの組み合わせが美しいグラスもいいなあ。クッキーみたいなグリーティングカードもかわいい。期待していた置時計はなかったものの、魚の形のボールペンと蝶の形をした付箋を買う。レジの横の棚に展示されていた銀のブレスも気になったけど、ちょっと高かったので見ないようにする。買い物を終えると、ミュージアムカフェへ。ランチセットかケーキセットを頼もうと思ったけれど、最近増え気味の体重のことを思い出し、断腸の思いでカフェオレのみを注文。ダイエットに成功したらランチを食べに来るぜ!!と思いつつ中庭を眺めながらぼーっとする。幸せ

グロテスクな少女たちの作品は、なんというのか…老婆と少女って狙いがあからさますぎるような気がしたし(少女たちってもっと普通で、だから怖いんじゃないか)、砂も表情の見えない不気味なかぶりものも結構使い古されているイメージであるような気がした(だって、安部公房思い出しちゃったし)。でも、まあ好きな作家であるガルシア・マルケスの「エレンディラ」が使われていたのがうれしかったからよしとしよう。それにしても、使い古されていない新しいイメージ、新しい世界観、って作り出すの難しいんだね。


2005年5月19日
国立西洋美術館で開催されている「ジョルジュ・ド・ラ・トゥール」展へ

奇妙な展覧会だった。
現在残っているその真作は世界中で40点ほどしかないという、17世紀のフランスの画家ジョルジュ・ド・ラ・トゥール。この展覧会ではラ・トゥールの真作のうちの約20点と、今は失われてしまった作品の模作、さらに同時代の関連する作品などを展示している。

真作20点ほどでどうやって展覧会を構成するのだろう・・・と疑問に思いつつ会場へ足を踏み入れると平日の午後なのにそこそこの混みよう。まずは宗教をテーマにした作品のコーナー。イエス・キリストの十二使徒を一人ずつ描いた作品が展示されている。しかしそのうちのいくつかは模作の、しかも写真パネルが展示されている。う~ん、仕方ないよなあ。何たって現存するホンモノの絶対数が少ないんだものと思いつつ歩みを進めていくと、弟子などが書いた模作も結構展示されている模様。模作と真作を見比べていくうちに、だんだんキャプションパネルを見なくても「これはニセモノ」とわかるようになってきた。ラ・トゥールの醍醐味である影や光のつけ方やその色味、また人物の顔の描き方などがホンモノとは全然違う。模作する場合、最初からオリジナルがあってそれを真似して書かなくてはならないから、自分の癖や個性を生かすことが出来ず、模作をする側の画家にとっては不利なんだろうけれど、暗闇の中に人物やモノを浮き上がらせる手法など、やっぱりラ・トゥールは素晴らしい。模作と見比べることによってホンモノの持つパワーをより一層感じることができたような気がする。また、「ランタンのある聖セバスティアヌス」など模作同士の比較も興味深い。一見そっくりに見えて、よく見ると細部の描き方が異なっているのがよくわかる。特に介抱している女性(イレネ)の表情が微妙に違っているのが面白い。ホンモノの「ランタンのある聖セバスティアヌス」はどんな作品だったのだろう。模作しか見られないとなると、俄然ホンモノを希求する気持ちが強まる。こうやってラ・トゥールの真作探しにはまった研究者や学者たちっているんだろうな・・・と思いながら最後の風俗のコーナーを見終えると「えっ、もう終わり?」と意外な感じ。国立西洋美術館の企画展示室は、さらに階段を下ってもう一部屋あるんじゃなかったっけ・・・? いつも「これだけ見終えた後にまた階段下りるの~疲れる~」と感じていたので、身体が覚えているのだ。ふと階段の方へ目をやると「マルチメディアで体験するラ・トゥールの世界」のサインが。早速下りてみることにする。

階段を下りると、広い展示室の真ん中に多角形のテーブル、そしてその上にパソコンが5~6台おいてあった。その手前には、ソファとモニターが設置され、何か映像を見ることが出来るコーナーがある。パソコンのコーナーは混んでいたのでソファに座って映像を見ることにする。ラ・トゥールの生涯や作品などについての解説映像なのだが、なんか音声、小さくない? モニターのサイズのせいもあるだろうけど、文字、見づらくない? 途中でよそ見しているとパソコンが空き、早速移動してパソコンを1台占領。私の横を「パソコンなんてわからないわよね~」とおばさんの二人連れが笑いながら通り過ぎていく。ひと頃騒がれたデジタルデバイドは、大分改善されつつあるように思うが、まだまだ根強く残っているのだ。真作の点数が少ないため、デジタルコンテンツを使って何かその足りない分を埋めようとしたのだろうけど、パソコンの台数がある程度限られている上、操作方法を説明してくれる係員もいないから、万人が楽しめるというわけではない。このパソコンの費用も入場料に含まれてるんだとしたら、ちょっと不公平かも。コンテンツはさっきモニターで見たものとほぼ同じもの。これよりも、ラ・トゥールの作品を拡大して細部を見ることの出来るパソコンが一台あって、そっちの方が、色の付け方や油絵の具の亀裂の一つ一つまで鮮明に見えてよかったな。

ないものを模作やデジタルデータで補いつつ、展覧会を構成した試みはとても興味深かったけれど、美術展覧会というよりは、どちらかというと博物館的な展覧会でした。







5月7日(土)
毎年1回、春のこの時期に1週間程度しか公開されない国宝「源氏物語絵巻」を見に、上野毛の五島美術館へ。

展覧会場に入ると、会場の一番奥だけが超混み。「あそこに源氏物語絵巻があるのねっ」とすぐにわかったが、少し離れたところから見ていると、人々はそこに とどまったまま全然動かない。どうやら絵巻に書かれている本文までじっくり読んでいる様子。学校の課題で来ているのか、熱心にノートを取っている中学生く らいの男の子もいる。まあ、しかたないか、と他に展示されている水墨画などを眺めながら待つ。しかし、全然動かない。ようやく先頭のおばさん二人連れが動 き、これで一歩近づける・・・と思ったら、私の後ろでいらいらと待っていたおばさんが、なんと私の前に横入り。おいおい、おふざけでないよ~と文句 を言おうと思ったが、ふと、「そういえば、この源氏物語絵巻が出来たのは12世紀。それから21世紀の今まで、はるかな時を越えて受け継がれてきたも のなんだよな・・・」と思い直し、たかだか10分かそこら待たされたところで横入りされたからって文句を言うなんて、私も人間が小さいよ・・・と手前にあ る横山大観の水墨画などを眺めて気を紛らわせながら待つ。それから少しずつ列は動き、ようやく絵巻の前に立つことが出来た。

かつては金をちりばめた美しい豪華装飾が施された 見事な絵巻だったであろうが、目の前にあるそれは、色はかろうじて残っているものの、すっかり色がはげ落ちて、色が残っている部分もすっかり褪せて痛々しい感じ(逆に言うと、よく色が残ってたなあってことなのだが)。それでも、当時この絵巻を作った人たちは、21世紀の人々がこの絵巻を目にするとは想像だにしていなかっただろうなどと考えると、絵巻 そのものよりも、むしろその絵巻が背負っている気の遠くなるような時間の重みに感動した。それにしても、高校時代、古典の授業のときに、源氏物語は大和和紀の 「あさきゆめみし」を読んだだけで全て終わらせ、原文はほとんど読んでいなかった私。絵巻に書かれている源氏物語の本文をそのまま書き写したパネルが展示が されているが、それを読んでもよくわからない・・・もっと真面目にやっとくんだったと反省。周囲のおばちゃん・おじちゃんたちは熱心にパネルを見て「こういうパネルがあるとわかりやすいわね」などと言っている。えっ、どの場面だとかちゃんとわかるの・・・と聞き耳を立てていたら、どうやらちゃんとわかってるらしい。何がなんだかわかっていない自分が恥ずかしくなった。

 この展覧会では、源氏物語絵巻や水墨画の他に古筆と陶芸作品も展示されていたが、あまり書に興味のない私はさっと見て展示室を出て庭園を散策。朝方まで雨 が降っていたが、午後からはものすごく良い天気。雨で湿った地面から土の匂いが立ち上ってくる。雨で潤った木々が生き生きとしている。根津美術館の庭園も よかったけれど、こちらの庭園はいい意味で植物が好き勝手に生えている感じで野性味があって好き。庭園を散策と言うよりは、どこか山の中にハイキングにで も来たみたい。庭園をひと回りして戻ると、さっき私の前に横入りしたおばちゃんがこれから庭園を巡るらしく、旦那さんらしき人と美術館から出てきた。おばちゃんは旦那さんを誘導して楽しそう。きっと年に1回しか公開されないこの源氏物語絵巻を見るのを楽しみにしてきたのだろう(そうだよね、連休中にわざわざ来るくらいだもんね)・・・文句言わなくてよかった~と胸をなで下ろす。

この連休中、海外から作品を持ってきた大型展覧会なども開かれていて、もちろん興味深いのだけれど、根津美術館とか五島美術館みたいなこぢんまりとした美 術館でゆっくりと過ごすのも悪くない、美術品の点数もこれくらい(展示室一つ二つくらい)の方が疲れずに純粋に楽しめるなあ~と思ったのでした。
5月3日(火・祝) 南青山の根津美術館と岡本太郎美術館へ。
最初に根津美術館へ行き、「唐絵の世界」展を見て庭園を散策。天気がよくて、木々の緑が日の光に栄えて輝くように美しく、とても都内(しかも青山という都会)とは思えないようなすがすがしさ。心地よくお腹が空いてきたところで、庭園内にある小さなカフェで食事。筍入り野菜カレーを注文。食後の飲み物と小さなスープがついてくるものの、カレーに1200円という値段をつけるあたり、「さすが青山」と感心しながら完食。味は至って普通。それでも、庭園が予想外の素晴らしさだったので、大満足。肝心の展示よりも庭園に心を惹かれてしまったが、展示について言うと、唐絵もお茶器もそれなりによかったのだけれど、本館の方に展示されていたクシャーナ時代の仏像に「なぜこのようなものがここに・・・?」とびっくり。さすがに顔が濃い~よ・・・

その後、近くにある岡本太郎美術館へ。美術館の手前にある a piece of cake というカフェについ心を奪われる。ふらふらと入ってみると、親切そうな店員さんに「こちらでお召し上がりですか?」と問われ、まあ、展示を見る前に一息って事で・・・根津美術館でデザート食べてないし、と思い「はい」と答えると、「ケーキはお召し上がりですか」とさらに問われる。ふと見ると、ケースの中にクリームなんか使わない、がっつりしたカントリータイプのケーキがずらり。つい「はい。食べます」と答えると、「それではケーキのご説明をしますね」と10種類以上はあるだろうケーキについて、ひとつひとつ丁寧に説明してくれる。その中からレモン果汁を使った「レモンスクエア」を選び、さらにアイスチャイを注文して、オープンエアのテーブル席に陣取る。目の前の小さな庭には、南国風の木(近くのテーブルに座っていたおばさん二人連れの話によるとバナナの木らしい)が植えられ、あの有名な手の形をした椅子、それからとげとげのついた銅鑼などの作品がちらほらと置いてある。運ばれてきたレモンスクエアはレモンの爽やかな酸味が小麦の重さを軽減させ、ぱくぱくいける。酸っぱさもちょうど良い。アイスチャイはスパイシーでコクがあっておいしい。ゆっくり飲みたい感じ。天気はいいし、あー幸せ。もう美術館に入らなくてもいい・・・ここでまったりしようと決め、本を読み始める。本に熱中していると「どーん」「どーん」という音。びびって顔を上げると、子どもがとげとげの銅鑼を鳴らしている。結構すごい音がするんだなあと思いながらも、再び本の中へ。その後も美術館を見に来たらしい人たちが何度か銅鑼を鳴らしていたが、慣れてくるとだんだん心地よい音に。本を一冊読み終わり、お会計をすませて大満足でカフェを出る。美術館の展示は見なかったけれど、とても素敵なアート作品に出会ったときのような「来てよかった」というような幸せな気持ちで帰路につく。

アート作品を見に行くだけが美術館じゃない。庭園やカフェなど、本来は美術館の付属としての位置づけしかない場所かも知れないけれど、自分にとって心地よいと思える空間でくつろぐ。それが心の充足につながるなら、それでいいんじゃないだろうか。
・・・でも今度は、岡本太郎美術館の展示の方もちゃんと見に行こうと思います。
3月12日(土)東京オペラシティアートギャラリー「荒木・新宿・森山」展。

日本を代表する写真家の荒木経惟と森山大道の二人展。2004年の夏に新宿で撮り下ろした作品を含む900点以上を展示。

会場に一歩足を踏み入れると、まずは森山氏のモノクロ写真。モノクロなのにものすごく濃密。とても男臭い。見ているうちに、だんだん太陽に照らされて「じりじり」するような感じがしてくる。何なのだろう、この感覚は。焦燥感?

アラーキーの写真は、猥雑で、街に生きる人々の途方もないエネルギーで満ちている。実は、私はアラーキー氏の女性のヌード写真を見ると、いつも戸惑ってしまう。「私を見て!」という自意識の視線。それは本来、惚れた男に対して向けられるべき視線なのに、写真の向こう側から私に向けられる。アラーキー氏に写真を撮られるという行為を通して、自分の中の何かを解放してしまったときの、彼女たちの表情。私は一体、それらをどう受け止めたらいいのだろう?

膨大な数の写真を見ていくうちに、ふと「新宿ってこんな街だっけ?」という気がしてくる。人々が行き交う雑踏。古い映画館。茶色く変色したポスター。さびれた裏路地。小さなお店が密集する飲屋街。ラブホテル。ホストクラブ。ホームレス。60年代か70年代とおぼしき光景が、ときおり差し挟まれる。新宿が「テリトリー」だというアラーキー氏と森山氏が、60年代から現在に至るまで、見続けてきた新宿。私の中に少しずつ違和感のようなものが芽生えはじめる。私は70年代前半に生まれ90年代初めに東京にやってきた。私にとっての「街」とは、新宿ではなく、渋谷だった。東京に暮らして15年近く経つのに、未だに新宿にはあまり足を踏み入れたことがない。友人は、「渋谷より新宿の方が懐が深くて好き」という。私には、その懐の深さ、ごちゃごちゃとした感じが煩わしく感じられてしまうのだ。それよりも何よりも、私は学生運動も知らなければ、アングラ文化も知らないし、高度経済成長期の日本だって知らない。アラーキー氏と森山氏は、私よりもずっと年上で、見てきた世界が違うのだ。

70年代初めに生まれた私たちにとっての「街」とはどこか。渋谷?原宿?青山?代官山?池袋?新宿?そして、その「街」とは、どんな光景なのだろうか。私たちの「街」が見たい。学生運動もアングラ文化も経験していない私たちが見てきた「街」が。

この展覧会は3月21日で終了したが、写真もさることながら、会場で上映されていたムービーがとてもよかった。アラーキー氏と森山氏が新宿に出て撮影する様子を撮影したムービーは、座り込んでまったりしつつ、二人の楽しそうな様子についこちらも楽しくなってしまったし、「アラキネマ」は、美しくて、切なくて、最後は泣きそうになった。時間がなくて、森山氏のVTRが見られなかったのが残念。