若い頃、
霊能者の友人の影響で、神智学やシュタイナー、
いわゆる神秘思想の本をよく読んでいた。

 

その中に出てきたのが
シャングリラという理想郷の話。

 

インドの山奥とか、チベットの奥地にあると言われるけれど、
当時から、
それは地図に載る場所というより
「普通の人には見えない場所」なんじゃないかと思っていた。

 

 


最近、YouTubeなどを見ると、
日本を旅する外国人が
「日本は理想郷みたいだ」と言っている動画をよく見かける。

 

治安が良くて、
財布が戻ってきて、
子どもが一人で歩いている。

 

たしかに、世界的に見れば
日本はかなり“シャングリラっぽい”。

 


 

でも、
その日本で生きづらさを感じていた自分って、何だったのだろう。

 

人間関係が苦手で、
片付けも苦手で、
どこか日本人らしくない。

 

そんな違和感を、ずっと抱えてきた。

 

ゴミ一つ落ちていない、
きれいで清潔な国の住民のはずなのに、
片付けが苦手で、ゴミ屋敷のような家に住んでいる。

 

 


 

最近ちょっとした気づきがあり、ふと思った。

 

この自分の生きづらさって、
シャングリラへ向かう別ルートの
バーストンネルなんじゃないか?

 

母に言わせれば、
私は超安産で生まれたらしい。

あまりにも簡単に
この世界に出てきてしまった。

 

一説によると、
出産の際、母がいきみを繰り返し、
子どもが産道を少しずつ進む過程は、
ハグを何度も繰り返しているようなものだという。

 

そのとき、
オキシトシンがたくさん分泌され、
赤ちゃんはそれを浴びるようにして生まれてくる。

 

もしそうなら、
私は最初のバーストンネルを
ほとんど通らずに生まれてきたのかもしれない。

 

だから生まれたあとになって、
別のバーストンネルを
何度も通る人生になったのかもしれない。

 


 

 

生きづらさは、
不幸でも、失敗でもない。

ただ、
少し違う入口を通って
ここに来ただけなのかもしれない。

 

そう思えるようになった最近の私は

少しはシャングリラの住人になれるだろうか?

 

心の理想郷は目を閉じた先にある…かもしれない٩( ᐛ )و

 

 

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