もう、何十年も、まともにラジオを聴かなくなってしまった気がする。

 

兄などは、私の車に乗ると、すぐラジオにしてしまう。
私は自分で選んだ好きな曲目の音楽を聴いている方が落ち着くのだが、
兄は特に気にする様子もなく、当たり前のようにダイヤルを回す。

 

小学校五年のとき、ラジオを買ってもらった。
兄はその数年前に、短波も入るラジオを買ってもらっていた。
外国からの短波放送を聴いて、

何かのカードのようなものを集めていた記憶がある。

 

私のラジオは、それに比べると小さく、性能もよくなかった。
ここでも差をつけられるのか、と思った気もする。


もっとも、短波放送を聴くつもりはなかったし、
山国だったせいかFMの入りも悪く、
他の放送と混線するAMを聴いていた。

 

小学校五年くらいから、高校二年くらいまでは、
深夜放送をよく聴いていた。

 

高校に入る頃から、
深夜放送の軽いノリについていけなくなり、
カセットテープで、自分の好みの音楽を聴くことが増えた。

 

 

浪人して上京してからは、
テレビのない生活を五年ほどしていたので、
またラジオを聴くようになった。

 

ただし、DJの喋りが少ない放送ばかりだった。
流れてくるのも、流行りの曲ではなく、
フュージョンや、外国のロック、ジャズ。
歌詞のないものか、英語で意味の分からないもの。

 

今思えば、
音楽を「聴いていた」というより、
絵を描いたり、日常のことをしたりするための、
BGMとして流していただけだったのかもしれない。

気分を演出するための音、という感じだ。

 

狂ったように、
パッション全開で描きたいときは、
ドアーズの「The End」をかけたり、
キング・クリムゾンを流したりした。

 

マイルス・デイヴィス をかけながら描くと、
なんとなく、
少しセンスのいい絵が描けるような気がしたりもした。

 

本当にそうだったのかは分からない。
ただ、音は、いつもそこに流れていた。

聴くというより、
ただ、流れていればよかったのかもしれない。

 

 


元妻と別れ、
鬱になった頃のことだ。
テレビをずっとつけっぱなしにしていた時期がある。

 

音がないと、
どうしようもなく寂しくて、
部屋が急に広く、空っぽになる感じがしていた。

 

つまらないと思いながら、
バラエティー番組を流し続け、
無理に笑おうとしていた。

 

笑えなくても、
誰かの笑い声が聞こえていれば、
それでよかったのかもしれない。

 

当時、心療内科の先生にその話をしたことがある。

「テレビを消せないのは、
鬱の人にはよくあることですよ」

そんなふうに言われた記憶がある。

 

音が欲しかったというより、
ひとりになりすぎないための、
何かが必要だったのだと思う。

 


最近、
母を看取ってから、
またテレビのない生活に戻った。

テレビがなくても、
今はネットがある。

 

気がつくと、
YouTubeで、
よく分からない情報や動画を、
延々と見続けてしまう。

見たいものがあるわけでもないのに。

 

これも、
あの頃、
テレビを消せなかった状態と、
どこか似ているのだろうか。

画面を見ているようで、
実際には、
ただ音と光を浴びているだけの時間。

 

 


ラジオ。
音楽。
鬱のときのテレビ。
今の、だらだらと続くYouTube。

形は違っても、
どれもきっと、
「静かすぎる世界」を避けるための、
私なりのやり方だったのだと思う。

 

本当にそうなのかは分からない。

ただ、
音が完全になくなるのが、
少し怖かっただけなのかもしれない。

 

若い頃はラジオを聴きながら勉強もしたし絵も描いた。

ただし、鬱以降、
何かを聞きながら勉強のようなロジカルな作業は、
ほぼ不可能になった。

不思議なものだ。


音が流れていた時間だけは、確かにそこにあった。

それが何を意味していたのかは、
どうでもいいのかもしれない。

 

それで、今はいい気がしています。

 

心にも耳があるのか、それとも心で聞いているのか?なんだそりゃ٩( ᐛ )و

 

 

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