現在、渋谷区立松濤美術館で開催中の『「前衛」写真の精神:なんでもないものの変容』展を観てきました。

 本展は1930年代、海外のシュルレアリスムや抽象芸術の影響を受けて生まれた「前衛写真」に焦点を当てる展覧会です。

 前衛写真といっても難しそうです。シュルレアリズムを日本に紹介した瀧口修造によるとそれは「日常生活の深い襞の影に潜んでいる美」を発見するものだそうです。


 実際に展示されている写真を観た印象を一言で言うといかにも「意味深」あるいは「意味ありげ」です。


大辻清司《なんでもないもの》本展ホームページより

 代表例が大辻清司が大辻清司実験室として取り組んだ一連のシリーズです。「なんでもないもの」とか「なんでもない写真」というタイトルの下、本当になんでもない海岸で拾った砂粒とか登下校する子どもたちを撮った写真です。タイトルどおりに「なんでもない」のですが、それが写真に撮られて飾られた途端、「なんでもなさそう」に見えてくるのです。


大辻清司《なんでもない写真》本展ホームページより

 シュルレアリズムにデペイズマンという手法があります。フランス語で「人を異なった生活環境に置くこと」という意味です。絵画ではマグリットが有名です。例えばひとの頭の上に青りんごが載っている絵です。

 どちらも単体で見れば「あたりまえ」「ごくふつう」のモノですが、組み合わさった途端、ぐらりと現実が揺らいでくるのです。

 大辻さんの写真も写真という枠組みで物を捉えなおすことによって、現実が現実に見えてこなくなる不思議な効果をあげています。

 大辻さんは「ものがこの世界に存在する不思議」を挙げています。実際にはものが存在するのは不思議でもなんでもありません。それを不思議と知覚する人間の存在のほうが不思議なのかもしれません。

松濤美術館
『「前衛」写真の精神』展は2月4日まで開催中です。
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