人間追い詰められると何をしでかすかわからないものです。
現在公開中の映画『藁にもすがる獣たち』を観てきました。
ネットカフェで客が置き忘れたバッグを見つけた寛治。その中には大量の札束が!
原作は曽根圭介さんの同名小説。例によって私は未読で臨みました。
※注:以下の文章は映画の内容に触れる部分があります。映画未見の方はご注意ください。
東映らしい映画です。それも古き良き時代の。クライマックスであの人が大画面で登場するぐらいですから。映画の題字の書体にも東映らしさが表れています。そのタイトルバックをぶち破るところからこの映画は始まります。東映映画を換骨奪胎する、という意気込みの表れなのでしょう。
その東映といえば任侠映画、ヤクザ映画です。この映画もそのDNAを受け継いでいます。ただそれだけで終わらないのが、この映画の一捻りです。
制作陣がこの映画に入れ込もうと思ったのは一種の“軽み”でしょう。主人公を中年男から大学生に変えたことにそれが表れています。獣になりきれない若さがそこにあるからです。認知症の祖母を演じ風吹ジュンさんの飄々とした演技も映画に“軽み”を与えています。
ポスターを見るとわかるように、この映画にはたくさんのキャラクターが登場します。その登場人物がみんな追い詰められています。追い詰められた人たちが一攫千金を狙うところから、とんでもないトラブルに発展します。
こうなると映画はスピード感、疾走感勝負です。しかし一方ではなぜ追い詰められたのかその背景事情も説明しなければなりません。そのあたりのバランスが難しいなと思いました。背景事情を説明し始めると物語が停滞失速するからです。例えば風吹ジュンさん演じる祖母はただ1人この映画の中で追い詰められていない人物なのですが、祖母さんが出るたびに物語がブレイクダウンします。制作陣としては殺伐とした映画の清涼剤として挟み込んでいると思うのですが、たびたび重なるとせっかくの緊迫感切迫感が薄れてしまうのです。
毎度邦画は女優で選ぶ私のお目当ては森七菜さんです。出る映画出る映画で軒並み高い評価を受けている森さんの今回の役どころは悪女、ファム・ファタール役です。童顔の森さんに合うのかなと思っていましたが、軽やかにキュートな悪女を演じています。制作陣のねらいは映画に森さんを起用することで映画に“軽み”をもたらすことだったんだろうなと思います。
ところで「炎上」に引き続いて今作でも森さんは炎上してしまいました。だれかもっとハッピーな役を森さんにお願いします。
261001
