とっちらかったホラー映画でした。

現在公開中の映画『祝山』を観てきました。

 ホラー作家、鹿角南のもとに中学生の同級生から手紙が届く。それはとある山で肝試しをしたことについての相談だった・・。

※以下の文章ではこの映画に関するネタバレが含まれています。映画未見の方はご注意ください。

 原作は加門七海さんの同名小説。例によって私は未読です。以下のレビューはあくまでも映画に限定したものです。

 この映画、ひとつひとつのシーンというかエピソードは悪くないんですよ。得体の知れない何かがありそうな感じはしますし、ところどころドキッとするような演出もあることにはあります。でもそれだけなんですよね。それぞれが断片的すぎて、全然つながっていいません。唐突に何かが起こり、唐突に終わり、唐突に別の何かが起こっているのです。全体として何が起こっているのかよくわからないのです。

 例えば石川恋さん演じる朝子は当初、今どきのオシャレ女子スタイルで現れ、下山後は明らかに精神に変調をきたしているように見えます。それが何の前触れもなく、また元のオシャレ女子に戻っているのです。いったいあの精神変調は何だったのでしょうか。

 山岳ライターの吉村の死も唐突です。彼は祝山には何の関係もありません。それが突然自死してしまうのです。何が何だかわかりません。

 極めつけはラストの南の笑みです。いったいあれは何を意味しているのでしょうか。

 私は映画は必ずしも全部を映画の中で説明する必要があるとは思っていません。あえて説明しない見せ方もあるからです。そのほうが余韻が拡がるからです。

 しかしこの映画の場合は、どうやら思いつく限りの「得体の知れない何か」を脈絡なく詰め込んだようです。恐ろしいシーンが次々来れば、客席は恐怖に包まれるだろうという計算です。あえて脈絡をつけないことで恐ろしさが増すと考えたのでしょう。

 恐らくですが制作陣が狙ったのはA24が作るような、そこはかとないホラー映画だったのではないかと思われます。そこでは見た目変なことは何も起こらないのに、全体の空気感から目には見えない恐ろしさが立ち上がってきます。

 この映画も同様に「変なこと」はほとんど起こりません。せいぜい田崎の腕がくさりかけているぐらいです。超常的な現象や心霊現象、怪異な現象は何一つ映像には写っていません。それでも怖いでしょう、というのがこの映画の主張のようです。

 A24の映画が恐ろしいのは、そこに構造があるからです。一見なんでも無い光景なのに、それらを丁寧に組み上げると一枚の絵が見えてきます。その絵自体は映画には映りません。鑑賞者の心の中におぼろげに浮かび上がるだけです。その丁寧な映像の構築力がA24の映画のひとつの魅力ではないかと思います。

 そしてこの映画には残念ながらその構造が何もありません。なのでいくら怖そうな場面を重ねても、次の場面になると霞のように怖さが消えてしまうのです。

 私のお目当てはもちろん鹿角南を演じた橋本愛さんです。本作では恐ろしさに泣き叫ぶわけでもなく、逃げ回るわけでもなく、ひたすら耐えて受ける姿で恐ろしさを体現していました。そこはさすがだと思います。ただ現代のホラー映画としては、主人公は恐ろしさを叩きのめすぐらいの力強さがあったほうがいいのではないかと私は思います。
260702