いつか今日のことも

遠い昔の記憶になるのかな


胸が

痛くなくなる日が来るのかな




始まりだと思ってた


私も、パパを介護するママを手伝いながら

一緒に良くなっていくはずだった

新しいステージのスタートだと思ってた





自分の家に帰れば

何事もなかったみたいに

普段と変わらない日々が続いている


一つ一つ

全ての出来事を正確に思い出したい

全部のことを記憶に留めておきたい


それなのに

日が経つにつれ

細部や途中の記憶が薄れていってしまう






自分が中学、高校くらいになると

両親や兄弟との思い出が少なくなっていく


家族との思い出は

もっと小さい時のことばかり


二十歳を過ぎる頃には

自分の人生に忙しく

あまり家族のことに注目していない


家にはパパとママがいて

弟妹もその家を拠点に学校や職場へ行き

そこはみんなの休憩所


それは当たり前過ぎて

平凡すぎて

記憶に留めようと思って留めるほどのものじゃなかった


夜には

ママが用意してくれるお茶とお菓子を食べながら

面白いテレビをみて

みんなでわいわい話したね





退院の日

あの時、どんな様子だっただろう

細部がぼやけていく


あの時が〝今〟という瞬間だったのに

今ではもう何日も前の過去




全てが移ろっていく


当たり前のことなのに


ずっとこのまま変わらないって思ってた


自分だってもう小学生じゃないし

兄弟だって家庭を持っているのに


時間はそんなに経っていないと思ってた


子どもの頃と変わらないと思っていた




パパは

与えるだけの人だった


全部持って行きな

いつでも私の夫や子どもの為に

全部持って行きなと言う


第二就職で出会った友だちと毎週末男子会

そのお店で

孫のためにお土産のお菓子やぬいぐるみを買ってきてくれる


小さなものから大きなものまで

何でも与えようとしてくれる


うちは決して裕福じゃなかった

気がついたのは自分が家庭を持ってから


パパはずっと

与えるばかりの人だった


欲しいものはないと言った

いつも同じパーカーを着てた

新車に買い換えようと言っても

まだ使えるから買わなくていいと言った


起きて半畳寝て一畳

私が中学生くらいの頃

パパはそう言っていた

私はその時その言葉を知った




もっと色々してあげたかった


恥ずかしがることなんてなかった

はっきりと言葉と態度で

ありがとう、大好きだと伝えればよかった

抱きしめればよかった

毎日会いに行けばよかった


髪を拭いて

耳掃除をして

髭を剃って

爪を切ったのは一度だけ


全く足りない


これじゃあ見合わない

返せない


春になったらまたみんなで

弁当を持ってピクニックに行こうなんて想像してた

嚥下食のお弁当、どんなのにするかなんて考えてた


次の日に会いに行く予定だったのに


普通に退院許可されたんだから

大丈夫だと思ってしまうじゃんか


これから少しずつ回復していくんだって思っていた


退院二日で亡くなるなんて

誰も思っていなかった


ママには

パパが家で亡くなれるよう

家に帰してくれたんだよと言った

そう言わなきゃ救われない


なんで退院と言われたんだろう

あんなに弱っていたのに


病院の優しさだったのか

そう思いたい

家で、ママの側で亡くなったのはまだ救いだけど

医者はこれから良くなっていくような口ぶりだった

悪いところはどこも無かった


入院してどんどんと悪くなっていったパパ

どんどん痩せて

記憶も混濁した

ひと月前にはそんなんじゃなかったのに


寿命だったのか

だとしたら早すぎる




もっと一緒に

この世界に居たかった


ずっと変わらないと思ってた






今という時間にそばにいてくれる

まだ生きている家族たちに


出し惜しみなんてしないで

照れくさいなんて思わないで

ふと思いついたなら

躊躇したり明日でいいかなんて思ったりせずに

今すぐに全部あげなきゃいけないと思う


じゃなきゃ

与えられなかったことを後悔する


きっと人生で後悔するのは

与えられなかったことだけなんだ




朝に紅顔夕に白骨

私だって同じなんだ






与えることがいちばんの幸せなんやぞ

だからワシがいちばんの幸せ者だ


パパの口からそんな言葉は絶対に出ない


だけど

そう聞こえてくるんだ


いつもみたいに

全然大丈夫って感じのいたずらっぽい笑顔で

そう言ってる


〝与えるだけでいい〟

パパはそう教えてくれている




親と過ごせる時間なんて

ほんの一瞬のうちに過ぎ去る

そんな一瞬の宝石みたいな時間だったってことに

居なくなって初めて気付く




いずれ

ママも私も弟も妹も

パパのところへ行く日が来るんだろう


全部

初めから何も無かったみたいに




小さい頃に戻りたい

みんなで

お菓子を食べながらテレビを観てたあの頃に戻りたい


パパと自転車の練習した

鉄棒でカッコいい技を見せてくれた

キャッチボールをした

二人でバイクで走った


私は、兄弟の中で一番パパに似ていた



パパに会いたい

昔に戻りたい