2024年7月3日より、20年ぶりに新札が発行されました。
その1000円札の新紙幣の図柄に採用されたのが、
ご存じ、葛飾北斎の《冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏》です。
新札(千円券) 令和6年(2024) 貨幣博物館
それを記念して、この夏、すみだ北斎美術館で開催されるのが、
“北斎 グレートウェーブ・インパクト ―神奈川沖浪裏の誕生と軌跡―”という展覧会。
(注:展示室内の写真撮影は、特別に許可を頂いております。)
海外でも“グレートウェーブ”の通称で親しまれる北斎の代表作、
《冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏》(以下、グレートウェーブ)は、いかに誕生したのか、
また、その後どのように広まっていったのか、を紹介するものです。
さてさて、こちらが本展の主役であるグレートウェーブ。
葛飾北斎《冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏》 天保2年(1831)頃 すみだ北斎美術館蔵 前期展示
北斎が、この作品を制作したのは、70代の時のこと。
神奈川沖は一日してならず。
その誕生までには、デビューから50年もの月日が経っているのです。
そんなグレートウェーブは、突然変異のように生まれたわけではありません。
グレートウェーブが誕生する約30年前に、北斎は、
《賀奈川沖本杢之図》なる洋風風景画を制作しています。
葛飾北斎〈賀奈川沖本杢之図》 文化(1804-18)初期 すみだ北斎美術館蔵 前期展示
波の構図こそ逆ですが、
大まかなシルエットは酷似しています。
また、大波に船が襲われるというシチュエーションも一致。
何より、漢字表記こそ違えど、神奈川沖を描いている点も一緒です。
ただ、グレートウェーブの最大の特徴である鉤爪のような波濤はまだ見られません。
なお、《賀奈川沖本杢之図》とほぼ同時代に描かれた摺絵でも・・・・・
葛飾北斎《題名不詳(江の島風景)》 文化(1804-18)初期 藤沢市藤澤浮世絵館 通期展示
やはり同じような雰囲気の波が描かれています。
この波が、いかにしてグレートウェーブに変化したのか。
その影響の一つとして考えられているのが、
酒井抱一が尾形光琳の百回忌に刊行した図録、
『光琳百図』に掲載された「金地二枚折屏風彩色浪」です。
尾形光琳 酒井抱一編『光琳百図』 金地二枚折屏風彩色浪
明治27年(1894) すみだ北斎美術館蔵 通期展示
一時期は、琳派の絵師として活動していた北斎。
その頃に、この絵を目にした可能性は大いにあるそうです。
さらに、本展でその影響を指摘されていたのが、
抱亭五清による『孝子嫩物語』二巻に掲載されたこちらの挿絵。
その左下にご注目ください。
抱亭五清『孝子嫩物語』二 姉弟身を投せんとするを 老僧に助らる
文化5年(1808) すみだ北斎美術館蔵 通期展示
確かに、サイズこそ小さいですが、
グレートウェーブのような姿かたちをした波が描かれています。
抱亭五清は、北斎の数多い門人のうちの一人。
そう、北斎は弟子からも影響を受けていたのです。
他にも、司馬江漢の江の島の絵や、
中国の南蘋派の影響も指摘されているようで。
それらさまざまなスタイルを飲み込むことで、
美術史に残るあの巨大な波が生み出したのでしょう。
なお、北斎本人も、グレートウェーブを気に入っていたようで。
その後も、彼の絵にはたびたび、よく似た波が登場しています。
4年後に発刊された『富嶽百景』では、
波に千鳥の群れをプラスしたパワーアップver.となっていました。
葛飾北斎『富嶽百景』二編 海上の不二 天保6年(1835)頃 すみだ北斎美術館蔵 通期展示
さて、こうして誕生したグレートウェーブは、
北斎だけでなく、世間にも大きな影響を与えていきます。
例えば、こちらは天保5年に刷られた瓦版。
作者未詳《富士山出水之図》 天保5年(1834) すみだ北斎美術館蔵 通期展示
富士山麓で発生した大規模な雪崩を報じたものですが、
その大規模な雪崩の被害の様子が、グレートウェーブに例えられています。
また、プロの浮世絵師も影響を受けており、
歌川国芳は、グレートウェーブをクローズアップしたような作品を描いています。
歌川国芳《高祖御一代略図 佐州流刑角田波題目》 天保(1830-44)中期
立正大学古書資料館 前期展示
その影響を受けたのは、歌川広重も例外でなかったようで。
グレートウェーブが発表された翌年には、
「本朝名所」シリーズの中で、こんな波を描いています。
歌川広重《本朝名所 相州七里ヶ浜》 天保3年(1832)頃 神奈川県立歴史博物館蔵 前期展示
なお、この頃はまだ、遠慮のようなものが感じられますが、
その17年後に描かれた「富士三十六景」シリーズの中では、
北斎がすでに鬼籍に入っていたからでしょう、堂々とやっていました(笑)。
歌川広重《冨士三十六景 駿河薩タ之海上》 安政6年(1859)
神奈川県立歴史博物館 前期展示
ちなみに。
もちろん北斎の弟子たちもそれぞれ、
師匠譲りのグレートウェーブを描いていたようです。
その中でどうしても気になってしまったのが、
二代葛飾北斎の『雷公地震 由来記』に描かれていた波。
二代葛飾北斎 『雷公地震 由来記』 関東津浪
安政元年(1854) すみだ北斎美術館蔵 通期展示
・・・・・お前、適当に描いたんか!
師匠から何を学んだんだよ!
二代目名乗るからには、もっとしっかりしろよ!
観れば観るほど、怒りの波が押し寄せてくる作品でした。
さて、もう一つの展示室では、
福田美蘭さんやしりあがり寿さんら現代美術家が、
グレートウェーブに影響を受けて制作した作品の数々が紹介されています。
福田美蘭《冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏》 平成8年(1996) 個人蔵
しりあがり寿《ちょっと可笑しなほぼ冨嶽三十六景 方舟 その二》 令和3年(2021) 通期展示
さらに、グレートウェーブが採用された、
プロダクトデザインの数々も紹介されていました。
富士山 BE@RBRICK 400%:葛飾北斎筆 冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏
平成26年(2014) 本体全高約28.0cm 株式会社メディコム・ トイ 通期展示
レゴ アート 葛飾北斎〈富嶽三十六景 神奈川沖浪裏 令和5年(2023)
グレートウェーブが誕生してから200年以上。
その間、寄せては返す波のように、
いくどとなく、グレートウェーブが多くの芸術家、
あるいは、クリエイターに影響を与えているようです。
グレートウェーブの魅力をさまざまな角度から知れる展覧会。
過去最大、もっともグレートなグレートウェーブの展覧会です。
┃会期:2024年6月18日(火)~8月25日(日)
┃会場:すみだ北斎美術館
┃https://hokusai-museum.jp/modules/Exhibition/exhibitions/view/3731