今年12月30日で、めでたく創業115周年を迎える中村屋。
それを記念して、中村屋サロン美術館では、
“新宿中村屋 食と芸術のものがたり” が開催されています。
これまで中村屋サロン美術館で開催された展覧会は、
中村屋サロンに関わった芸術家たちをテーマにしたものが多かったですが。
今回の展覧会では、新宿中村屋の食にスポットが当てられています。
例えば、こちらは中村彝の 《小女》 という作品。
モデルは、中村屋の創業者である相馬愛蔵・黒光夫妻の娘、俊子です。
中村彝と俊子は一時期恋愛関係にあったようなのですが。
俊子のヌード姿の作品を見た女学校の先生や黒光が激怒!
2人の仲は引き裂かれてしまいました。
さて、のちに俊子は、インドから亡命した革命家のラス・ビハリ・ボースと結婚します。
そのボースが、祖国インドの味を日本に伝えるため、中村屋に伝授した食こそが純印度式カリー。
中村屋の看板メニューです。
ちなみに、中村屋のもう一つの看板メニュー・ボルシチは、
この絵のモデルを務める人物と深い関わりがあるのだとか。
描かれているのは、ウクライナ生まれの盲目の詩人ワシリー・エロシェンコ。
この絵を描いた鶴田吾郎の面倒を見たのも、相馬夫妻ですが。
とある理由で国外退去命令を受けたワシリー・エロシェンコの面倒を見たのも、相馬夫妻
その縁から、ウクライナ風のボルシチが中村屋のメニューに加わったのだそうです。
さてさて、他の中村屋のメニューに関しても、エピソードがパネルで紹介されていました。
例えば、クリームパン。
実は、クリームパンの元祖は中村屋とのこと。
ある日、シュークリームを初めて食べて、その美味しさに驚いた相馬夫妻。
このクリームをあんぱんの餡のかわりに用いたら、と思いついたのが誕生のきっかけだったそうです。
また、今ではすっかりおなじみの月餅や中華まん、
さらには、現在のようにサクッとした口当たりのかりんとうを売り出したのも、中村屋。
日本の食文化に中村屋がどれだけ貢献したのか、思い知らされる展覧会でした。
無性にカレーが食べたくなる展覧会です。
ちなみに、会場には、中村不折が揮毫した中村屋の看板や、
太平洋画会の代表を務めた画家・布施信太郎による包装紙の原画、
そして、棟方志功がデザインした羊羹掛け紙の原画も展示されていました。
まさか、棟方志功が羊羹の掛け紙を手掛けていたとは。
無性に羊羹も食べたくなる展覧会でした。
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