話は、今週月曜日の夜8時から、NHK-Gで放送された
『Family History ・・・』
に遡らせて貰うのだが、この日の
『ご先祖探索・・・』
は、昔、かなりのインパクトを与えてミュージックシーンを席捲した『T.M.Revolution(ティー・エム・レボリューション)』の、ソロボーカリストとして、今もエネリギッシュに活躍する」
『西川貴教(たかのり)さん・・・』
だった・・・!
正直云って、最早、この方の音楽に心酔して、飛び跳ねて抱くほど跳び抜けたエネルギーは、切れて宿して居ないジジイだが、番組の中で、彼が発した、
『今の僕を創ってくれたのは、70%は、お祖父ちゃんです・・・!』
と云う言葉には、些か感動して・・・(汗)
西川氏は、1970[昭和45]年の生まれだと云うから、ジジイらとは、丁度一世代違う生まれ育ちだが、両親が共働きの家庭に生まれたので、生まれて直ぐから、母方の両親(=祖父母)に預けられて育ったらしい・・・!
けふの話の肝は、此処で有る・・・(汗)
この
『祖父母に預けられて育つ・・・!』
と云うのが、幼少期の子供の情緒形勢に、極めて大きな影響を与えると云うのは、このジジイの昔からの持論だが、時代は、昭和40年代からの高度経済成長期に、若者を、国民大移動的に都市部へ流出させ、そこで家庭を構える若者たちが、
『核家族化現象・・・』
を派生させ、結果、Nippon の伝統的子育て(=躾)の基盤だった
『三世代同居・・・』
と云う慣習が、モノの見事に崩れ去って今日に至ってしまったのだが、この西川氏の場合は、辛うじて、まだ、この
『三世代交流・・・』
が、極身近に行えて居た時代だったと云う訳だ・・・。(=同居では無いらしいが・・・)
そして、生まれて直ぐから、母親の実家に預けられた乳飲み子は、お祖母ちゃんの膝の上でミルクの哺乳瓶を抱え、それが済むと、今度は、お祖父ちゃんの膝に抱かれて、転寝をしたり手足をバタつかせたりしながら、
『人肌(=体温)の上で育つ・・・』
訳だ・・・。
そんな数か月の内に、やがてハイハイが出来るようになり、伝い歩きを覚え、一人立ちから脚を運べるようになるプロセスを、昼は祖父母に褒められ優越感に浸り、夜は夜で、職場から帰って来た両親の喜びの愛情に包まれながら、何の不安も無く眠り、やがて一人で歩けるようになり、外の世界へとデビューして行く・・・!
これが、Nippon 国が育み、慣習として来た三世代同居の、一番の効用だ・・・!
西川氏の故郷は、
『滋賀県彦根市生まれで、野洲市の育ち・・・』 (=by Wikipedia )
と有るから、若干距離は有るようだが、兎に角、幼少期の彼を育んだのは、
『昼間の祖父母の愛情・・・』
に依るところが大きかったことを、ご本人が認めて居るし、その育まれた才能が、今の彼の
『跳び抜けた才能の土台・・・』
を創って居ると云う以上、
『相当面白いお祖父ちゃん&それを許すお祖母ちゃん・・・』
に育てられたことは、想像に難くない・・・(笑)
と・・・、そこで、このド田舎ジジイは、考えた・・・(汗)
『何をか・・・?!』
と云うと、ジジイの血を微かに引いてくれて居る、
『我が娘の処の絶滅危惧種たち(=初孫&次男坊)・・・』(=前記事『絶滅危惧種・・・』)
のことをである・・・(汗)
(ジジイ家系の『絶滅危惧種』だが、新生児数80万人時代の最後を飾る貴重種ですぞ・・・笑)
と云うのも、我が娘も、次男坊の満一歳を期に、所謂、産前産後休暇が期限切れとなり、今月から、職場復帰を果たして居るらしいのだが、と云うことは、あのヨチヨチ歩きの『絶滅危惧種』は、朝から叩き起こされ、紙おむつを充てられ、手提げ袋にも紙おむつと着替えを持たされて、髪振り乱した娘の脇に抱えられるようにして、片方の手には三歳に兄を引きずるようにしながら、有無を云わせず、お兄ちゃんが通って居る処と同じ
『保育園へ、連行されて居る・・・!』
と云うことだ・・・(笑)
これは、何も、我が娘一家だけが強いられて居る苦行では無く、ここ数十年続く、Nippon 国全土で繰り広げられる、
『それが、当たり前の浅野光景・・・』
なのだが、強制連行されて、同じ歳格好の仲間たちと同じサークル(=囲い)に放り込まれた、我が『絶滅危惧種』は、それまでの
『昼間、母ちゃん独占状態・・・』
との、余りの格差に戸惑いながらも、必死に、環境順応の努力を強いられて居るのだろうと想うと、番組に出た西川貴教氏とお祖父ちゃんの関係との違いに、愕然と為らざるを得なかった・・・(汗)
正直、乳幼児期からの保育園 or 託児所保育が、子供たちにとって、佳いことだとは、ジジイは、まったく想わない・・・!
否、寧ろ、
『百害あって一利無し・・・』
だと想って疑わないが、我が国は、そうせざるを得ない国になってしまったのだ・・・!
ジジイの持論は、少なくとも三歳までは、人の膝の上(=人肌)で育てなければ、健全な情緒は形成されないと想うのだが、満一歳かそこら・・・、若しくは、もっと早ければ、生まれて数か月で他者(=他所)に預けられる乳幼児たちは、肉親の体温の温かさ(=愛情)を識らずに育つし、
『手が掛からない子供ほど、佳い児・・・!』
と云う環境に放り込まれて居るのだから、それを、無意識に体習得して、次第に、
『没個性化・・・』
して育つ・・・!
この差は、後々、人間性への大きな格差となって発現するだろうし、それが発現して居るのが、ここ数十年のNippon 国だと想うと、子供たちに申し訳無くて、胸が痛んだ・・・!
って、チョッと力み過ぎたかな・・・(汗)
で・・・、その胸の痛みを感じながら、そこで、
『更にジジイは考えた・・・!』
のだが、この先の方が、前説よりも遥かに永くなるので、この続きは、明日に持ち越させて貰うことにする・・・(汗)
毎度の悪い癖で、誠に申し訳無いとは重々承知の上だが、若し、此処まで読んで下さって居る方が居られたら、是非、この後の、
『ジジイの暴椿論・・・』
も読んでみて頂きたい・・・!
などと無理なお願いをしたが、お付き合い頂いておりましたら、ありがとうございました・・・(謝&拝)