・もう四月・・・ | 日本哭檄節

日本哭檄節

還暦を過ぎた人生の落ち零れ爺々の孤独の逃げ場所は、唯一冊の本の中だけ・・・。
そんな読書遍歴の中での感懐を呟く場所にさせて貰って、此処を心友に今日を生きるか・・・⁈

 何だかんだ云って居る内に、早、

『四月一日・・・!』

ですと・・・(汗)

 

 

 今年は、去年の今頃・・・、つまり、あの

『緊急事態宣言突入・・・』

が云々されて居た頃に比べれば、

『少しは、良くなって居るのでは・・・⁈』

と想いながら、新しい年を迎えられるかと想って居たが、結果は、どうも

『何も変わらないままに、一年が経って居た・・・!』

と云う感じで、新年度に突入した感じかなあ・・・?

 

 尤も、少し違うのは、

『もう直ぐ、ワクチンが・・・!』

と云う期待値だけは、誰もが眼に視えて来て居るから、それだけでも、救いでは有るか・・・⁈

 

 そんな中で、去年と大きく違うし、沸いたのは、何とか、開催して貰えた

『第93回・選抜高校野球選手権大会・・・』

で、

『大分明豊高校・・・』

が、あの『津久見高校・・・』依頼、

『54年ぶりの大分県勢優勝・・・』

の夢を抱かせてくれたが、惜しくも、優勝旗を取り逃がしたのは、つくづく惜しかった・・・。

 

 だが、あの強豪、東海大相模を相手に、9回裏のサヨナラ負けだから、その健闘は、大いに讃えて善いだろう・・・!

 

 津久見高校が優勝したのは、差引き計算してみれば、ジジイが、

『9歳の頃・・・』

になると云うことは、

『小学4年生に上がる春・・・』

だった訳だから、やっと、ガキ連仲間の先輩たちが、喜々として興じて居る草野球の仲間に、漸く入れて貰える寸前だった年頃と重なる・・・(汗)

 

 今回の、明豊の大活躍で、津久見の名と偉業が何度も謳われ、そんな古い時代の懐かしい想い出に、久しぶりに遊ばせて貰い、九州勢の端くれとして、何とも有難く感謝している・・・。

 

 

 まだ、あの頃のド田舎ガキ連には、軟式用のゴムボールを持って居る子自体も少なくて、グローブなんて、それこそ、似たような代物を、西洋タオル(=古いなあ・・・笑)を何枚か重ねて、母に強請って

『手縫いで造って貰って居た時代・・・(笑)

だし、バットだって、納屋に積まれた風呂焚きようの薪の中から、手頃な真っ直ぐに近い木切れを抜き出して、グリップの処を鉈で削って、

『それらしいモノ・・・』

を拵えて、それを、得意気に振り廻して居たのが、そんな独り息子の健気を見兼ねた頑固親父が、近所から、街中の高校に通学する大先輩に頼んで、

『本物のバット・・・』

を買って来て貰った時の感動は、今も、鮮やかに憶えて居る・・・(笑)

 その値段が、『800円・・・』だったことさえも・・・(笑)

 

 あの頃の800円が、決して安い買い物では無かったのは、想像に難くない・・・(笑)

 

 それ故、新品のバットを包んで有った、今で云うところのセロファンを剥ぎ取るのが、何だか勿体無い気と云うか申し訳無い気がして、それが、そんなに簡単に破れるとは想わず、そのまま振ったら、初めて擦ったファウルチップで簡単に破れ、いよいよ、我が新品バットは、その素材を表したのだが、あの時の落胆を宿した複雑な感情も、今も、連れ添った強い記憶として想い出せるから、おかしいと云うか不思議と云うか・・・(汗&笑)

 

 その頃の、田舎のガキ連たちの遊びは、草(=田圃)野球と決まって居た・・・(笑)

 だから、そんな中での、津久見高校の

『九州勢、選抜優勝・・・』

は、子供たちの脳裏にも、戦列に刻まれ、未だ、ジジイの脳裏には、

『津久見は、強豪校・・・!』

との刷り込みは、未だ消え去っては居ないのだ・・・(笑)

 

 

 そんな中での、今回の

『明豊高校、決勝進出・・・!』

が浮かび上がらせてくれた、

『大分県勢として、54年ぶりの優勝か・・・⁈』

と云う数字は、もの凄いボリューム(=感懐)を宿させてくれた・・・(笑)

 

 勿論、

『ええっ・・・、あれから54年も経って居るのか・・・!』

と云う、複雑な感懐である・・・!

 

 その間に、甲子園で、

『津久見・・・』

の名前を、一、二度視聴きしたことも有ったような気はするが、少年だったジジイの頭の中に在る

『津久見は、強豪校・・・!』

と云う強い刷り込みを再現するだけの活躍には、程遠かったような・・・?

 

 否々、時の経つのは、何とも早いと云うことかなあ・・・(汗)

 

 だが、今回の活躍で、いよいよ

『夏の明豊・・・』

の活躍への期待が、嫌が上にも高まったし、彼等には、間違い無くそれだけの実力も有るだろう・・・。

 

 監督の

『川崎絢平氏・・・』

は、1981年のお生まれで、まだ39歳だと仰るし、あの、

『名門、智辯和歌山高校・・・』

のご出身でも有られるとのことで、甲子園名物にさえなって居た、

『名将、高嶋仁氏・・・』

の薫陶を受けて育った愛弟子は、大分・明豊で、おそらく、そのDNAを如何無く発揮されるだろうから、この先が、大いに愉しみでも有るしなあ・・・。

 

 今日の決勝戦は、当に惜しい試合だったが、この惜念を闘志に変えて、また、夏の甲子園に戻って来てくれると、ジジイは、強く信じることにする・・・!

 

 それに、余談だが、あの

『南こうせつさん作曲・・・』

の校歌は、何と云っても耳に優しく届いて来るから、何度でも聴きたいし・・・(笑)

 

 

 画像は、お隣、三股町の蓼池と云う処に、地域が演出して咲かせた

『芝桜・・・』

の満開状態である・・・。

 

 先日の、

『上米公園の桜満開・・・』

と同じ自治体だが、田圃&畑以外には、『何も見当たらない地域・・・』だが、それでも、

『花で、地域興し・・・』

に、何とも力が入って居て好もしい・・・!

 

 この一列だけでは無く、国道の左右の農道の3、4筋を彩って居るし、

見物客用の駐車場まで用意されて居るから、結構、見物客が有ったし、仮説トイレまで用意されて居るから、畏れ入る・・・(汗)