「なるほど、私の考えこそが神への侮辱というわけか」
「ええ?なんでそうなるんだ」
 困惑気味な表情がさらに私の中の愉快さが増す。 
「もしそれで神が喜んでいるんだったら、私はそれさえわからず神を哀れむ大馬鹿者じゃないか。そもそも神を哀れむなんてそれこそ侮辱……なんだろうな、きっと」
「それは違う!どう考えたって違うだろう!」
「どこが?」
「今のってさ、ビュウが優しすぎるってだけの話じゃん」
 優し、すぎる?
 愉快が転じて一気に不愉快へと変わった。私が優しいなんて、あるはずも無い。そんな私の心境を察することが出来るはずもなく蒼史は言葉を続ける。
「誰も自分が楽しければそれでよくて、せいぜい視界に入るのは仲の良い友達とか身内ぐらいで大昔の神様の心持の心配なんて到底出来ない。ビュウはそれが出来るんだから、すごい。ビュウは優しいんだよ」
 優しい、そう繰り返し蒼史は笑った。
 何を言い出すんだ、こいつは。
「気のせいだ、じゃなかったら勘違いだ」
「美しき憂いさんは毎度ながら杞憂が多すぎるのさ。悪いけど俺、嘘は苦手なの」
 つけたら人生もうちょい楽そうだよねって、蒼史はおどけてウインクをひとつした。
 私は、気持ちが悪いことをするなと睨んでカップへと手を伸ばす。
 杞憂、ね。
 私の心の中は時に自分でも困惑することが多いぐらいよくわからない。あれほどの不愉快感が、もう、かき消されていた。
 おまえこそ優しい奴だと言える口を私は持ち合わせていない。
「まっ。おまえに嘘がつけるようになったらこの世も終わりだな。つけなくてちょうどいい」
「どうゆう意味だよそれは」
「そのまんまの意味でしかないだろう?あいにく私も嘘は苦手だ」
「まあ、つけなくて困るってあんまり無いしな。にしてもようやっと仏頂面、治ったな?」
 蒼史はにこにこ笑った。私も微笑み返す。
「ということで、はいこれ」
 ごそごそと取り出し、なにか、私の目の前に置いた。
 いかにもクリスマスな赤い包装紙に、白いリボン、おまけにモミの木の葉の形をした飾り。一緒に買い物をした時に買った覚えはない。
「これは?」
「クリスマスプレゼント」
「は?だってさっき一緒に買っただろう?」
 思わずしかるような口調になってしまった。だって私は今日、蒼史が誰のクリスマスプレゼントも買っていなくて絶望的な状態だったから一緒に買い物をしたのだ。もちろん私のも例外ではない。私は値段を考慮した末、気になっていた赤いマフラーを購入してもらったのだ。どう見たって目の前のものはマフラーじゃない。
「うん。あっちはみんなと一緒に渡すよう。ビュウにはいつも世話になってるからね」 
 私は呆気にとられる。そして、同時にもしかして、という疑問が浮ぶ。
「開けてみてよ。気に入るかわかんないけどさ」
「あ、ああ。ありがとう」
 私は困惑しながらもリボンを外し、丁重に包装紙をはがす。中からは白い箱。そしてさらにその中には紺色の手触りのいい皮が貼り付けられた小箱が現れた。小箱を割れ物でも扱うかのように取り出し、蓋をゆっくりと開けた。
「……これは」
「あ。ごめん。気に入らなかった?」
「いや。……ありがとう」
 中に入ってたのは、シルバーを基調としたペンダント。ペンダントトップはハート型で中心に赤いルビーだろうか、が、はめこまれている。
 シンプルだけど可愛くて、品の良い品だ。
 ひたすら探して、悩んで、ようやく買ったのだろう。そういうのが一目でわかるような。きっとこれを探してて他のプレゼントを買い損ねたのだろう。馬鹿だ、大馬鹿だ。
 私はまた鼻の頭のあたりがツンと痛くなるのを感じた。
「感動で泣いちゃう?」
「ありえないな」
「そう、よかった」
 何が良かったのかよくわからない。私達は顔を見合わせくすくすと笑った。 
「あー緊張した。 なんでプレゼント選ぶとか渡すとかこんなに緊張するのかね」
「ははは。ビビリだな、蒼史は。仕事のときとはえらい違いだ」
「だって仕事ってさ、行動に対して結果が予測できるじゃん。それに対して、こっちは全然っ。ひたすら緊張だよ」
 蒼史はやれやれと肩をすくめた。
 そもそも本当はキリストの誕生日なんて誰も知らない。12月25日が誕生日なんていうのは嘘っぱちだ。
 キリストについてまず何よりも重要なのはその死と復活であり、生誕では無い。異教的要素が交じり合って作り上げられたもの、それがクリスマス。それでも祝われているのはキリストの生誕という名目なのだ。一体、どういうことなんだ。
「おかしいじゃないか。クリスマスは生誕を祝う日なんだろう?語源がキリストのミサを示す語であることからも明白だ。なぜ、祝うつもりが無いのにこんなに町中はやし立てているんだ?ただ、クリスマスという名目を使って、人々から金を巻き上げ稼いだり浮かれ騒ぐだけじゃないか!そんなの神への侮辱でしかない!」
 蒼史が目を丸くしているのが見えた。
 鼻の頭がツンとして痛い。なんでこんなに私は悲しいのだ。泣きたくなるほどキリストを愛してる訳なんかじゃないのに。
 自分自身への困惑で言葉が詰まる。
「これじゃあ……」
「これじゃあ?」
「キリストが哀れだ」
 促され、弱々しく吐き出された言葉。私の中のこれがきっと真意。
 すっと心臓が闇に引き込まれるような感覚。後悔という言葉が頭をよぎる。
 神を哀れむなど、私は一体なんだというのか?しかし、そう思わずにはいられないのだ。
 だって、明日はあなたが祝われるべき日のはずじゃないか。
「ビュウ?」
 心配そうな目が沈黙する私を覗き込む。私は頭をたれ、なんでもないと改めて口を閉じた。
 嫌な沈黙が流れる。ちらりと見ると蒼史は視線をあさっての方向に、クッキーをかじりつつカフェオレを飲んでいる。視線の方向に何があるわけでもないだろう、蒼史の考えるときの癖なのだが今日ばかりはその態度がこたえる。
 どうして私はいつもこんな嫌なムードを作ってしまうのだろう、さらに自己嫌悪に陥いっていると、蒼史が口を開いた。
「あの、さ、別にそんなに深く考えなくて良いんじゃないかな?だって相手は神様だろ?」
 神様だからなんだと言うんだろう。蒼史の言葉の意図が読み取れず私は蒼史をただ見つめる。
「確かに俺を含めてほとんどのやつらはキリストさんおめでとうなんて思っちゃいない。でもそれで良いんじゃないか。だって、みんなそれで幸せじゃん。みんなこういう機会でも無いと集まってプレゼント渡して騒いで、なんてなかなか出来ないし。確かにクリスマスって言って金稼ぐやつらもいるだろうけど、それで買った人たちも幸せになる訳だしさ」
「でも……」
「はい、そこネガティブ禁止」 
 言い返そうとする私の言葉を蒼史はばっさり切り捨てる。
「俺はこの祝われてる神様がどんなやつなのか知らない。でも、きっと自分の誕生日っていう名目でみんなが幸せになる機会を得てるって知ったら、それは神様にとって嬉しいことなんじゃないのか?」
「……嬉しい?」
 私はポツリと呟き返す。
「そっ。だって、みんな神様の誕生日があるからこうやってプレゼント交換したり楽しめる訳じゃん」
 私は蒼史の意見にひどく戸惑いを覚えながらもその意味を反芻する。
 確かにそういう考え方もあるな、と、私はある結論に達して自暴自棄気味に口の端を吊り上げ笑った。
 実に皮肉めいて愉快だ、私が。

 私達は最寄の喫茶店に入った。
 初めて入るが家庭的な暖かい雰囲気の店だ。
 大きなクリスマスツリー、窓にはサンタクロースとトナカイの人形、壁にちりばめられた星々。クリスマスムード満載。時期が時期というか今日明日がまさにな訳だから仕方ないのだが。私は冷ややかな目でそれらを見つめる。
「どうかした?」
「いや、別に」
 私はわれにかえり、クリスマスの飾りたちから視線を外すと、席についた。30歳ぐらいの女性がオーダーを取りに来て、私は紅茶、蒼史はカフェオレをそれぞれ注文した。
 バックミュージックもクリスマス一色。
 私の中に違和感のようなイヤなしこりが浮ぶ。
「どーしたんだ?難しい顔して」
「なんでもない」
「なんでもないのに、そんな……あ、どうも」
 先ほどオーダーに来た女性が紅茶とカフェオレの入ったカップと、よかったらどうぞとクッキーの小皿を置いていった。星型とツリー型ののクッキー、これもクリスマスだからか?ますます面白くない。
「そんな?」
 さえぎられた言葉を促す。
「そんな仏頂面しないだろ」
「仏頂面してるのか?」
「うん、すごく」
「じゃあそれはクリスマスのせいだ」
 人事のように私は言い捨て、クッキーを一つつまむ。
 くらっとするほど甘くて、濃厚なバターの風味がした。
「クリスマスのせい?なんで?」
 蒼史が目をきょとんと私を見る。まあ、クリスマスのせいで仏頂面するやつなんて確かにそうはいない。
「クリスマスって何の日かは知ってるか?」
「大昔のキリストって神様が生まれてきましたおめでとうの日だろ?」
「そうだ、神がこの世に人として生を受けた日であると定められた日だ」
 人であり神である御子。
 人々よ祝え、この降誕の日。
 星が祝典を空に刻んで博士が来る。
 遠い記憶、祖父が私に話して聞かせた現実にあったというおとぎ話。神の軌跡。
「で、何がダメ?」
「この浮かれ騒ぐ大衆の中一体何人が本当にその生誕を祝ってると思う」
「さあ?ほとんどいないだろ」
「じゃあ、なぜ祝うんだ?」
 遠い昔あったという多くの文明のほとんどは現在失われている。
 終焉の時の後、生き残った人々はただ生きるのに必死だっただろう。生きる術以外のものは忘れ去られていった。
 生きるのには困らなくなったとき人々は昔を懐かしんでいくつかの行事を復活させたそうだ。それがクリスマスであり、お正月であり、ハロウィンであり、他にもいろいろある。ここでは大昔に合った色々な国の色々な宗教のお祭りがごった返して存在する。その度に人々は、浮かれ騒ぐ。
 多くの者はそこで何が祝われているのかよく理解していない、ただそういう祭りがあるという事実のみだ。
 その行為に何の意味があるというのか?
 私には、よくわからない。