今回のエーテルは、オカルトでいうエーテルでもなく、化学物質のエーテルでもなく、かって光の媒体と考えられていたエーテルのこと。時代としては相対論が発見される以前のことである。ちなみにLANでは、イーサネットというものがもっとも多く使われているが、これはEthernetで、この語源もエーテルである。
まず光は波の性質をもっている。光が干渉縞を作ることなどが、その例である。
しかし波というのは、物質そのものでなく、何かの物質が振動しているという現象である。地面が振動すれば、地震であり、空気が振動すれば音波となる。そこで光の場合振動している物質は何か。それがエーテルと名づけられた。ちなみにエーテルという考えを提出したのはホイゲンス。
光は太陽やさらに遠くの恒星から伝わってくるので、宇宙空間にはエーテルが充満していることになる。
ところで波には縦波と横波がある。横波は、波の進行方向とは直角の方向に振動する。酔っ払いが千鳥足で右に左に揺れながらも全体としてはまっすぐ歩いているようなものだ。縦波は、波が進行する方向に振動する。音波は縦波である。光は横波であることが分かっていた。
音波が空気中を伝わることからも分かるように、縦波は気体でも液体でも伝わることができるのだが、横波は固体しか伝わらない。光は横波であるから、エーテルは固体というのが論理的帰結である。
宇宙空間には固体のエーテルが充満している。その固体のエーテルの中で、月は地球の周りを回り、地球は太陽の周りを回り、他の惑星も太陽の周りを回っている。恒星は相互に運動している。
ここまで来て、おかしなことに気がつかれただろう。固体のエーテルの中を星が動き回っているのに、ブレーキがかかる様子もなく、またエーテルがひび割れてしまうこともないようなのだ。エーテルとは何者なのか。これが相対論以前の物理学が抱えていた問題の一つである。
そのような状況の中でマイケルソン/モーリーの実験が行われた。この実験は、90度交差した二つの光の速度の差を光の干渉を使って調べるものである。エーテルが地球に対して、ある方向に動いているとすれば、90度交差した光の速度の差が出るはずである。地球は自転し、公転しているのだから、エーテルに対して運動している。従ってなんらかの差が出る。それで地球とエーテルとの動きの関係が分かると考えたのである。
その結果、どのような条件で測定しても、驚くべきことに、(そして現在では誰でも知っていることだが、)二つの光の速度は同じであることが分かった。すなわち光の速度は、どのような条件で測定しても一定なのである。これをどのように解釈するか。一つの解釈は、エーテルと地球の動きが完全に一致している。従って太陽や惑星は、エーテルに対して動いているという解釈であるが、しかしこれは天動説に逆戻りである。(もちろん天動説ですべて説明できるならば、それでもよいが..)。
光の速度が一定であるということは、これはこれで、また奇妙なことで、この現象をどのように説明するのか、暫くの間、物理学上の難問となるのだが、ご存知のようにアインシュタインが相対論を提出して、めでたく決着した。エーテルの存在は否定された。というよりも私は「エーテルは存在するのか否か」と考える地平が克服されたのであると考えている。
物事の進歩を、従来の方向性と同じ方向にさらに深く掘り進むような場合と、従来と別の方向に展開する場合に分類するとするならば、二十世紀の相対論や量子力学は明らかに後者のタイプである。