一芸に秀でた人は、記憶力が優れているように思える。またサバン症候群や自閉症の人には、異常にすごい記憶力を持つ人がいる。

今回紹介するのは、テストで見る限り無限の記憶力を持っていた人。ソロモン・シュレシェフスキーというロシアに住んでいたユダヤ人。アレキサンドル・ルリアという心理学者が彼について研究し「偉大な記憶力の物語」という本を著した。彼の話はいろいろな本で時々見かけるので、ご存知の方も多いだろう。ここは「スーパー・セルフ」(未来社)を主に参照する。

事の起こりは、シュレシェフスキーが勤めていた新聞社でのこと。編集会議の中で、編集長がいろいろと指示を出しているのに、彼だけがメモを取らなかった。注意したところ、編集長の言葉を一言一句間違いもなく繰り返した。

驚いた編集長はシュレシェフスキーをルリアの元に送り込んだ。

「私はいくつかの単語や数字や文字を一組にして、シュレシェフスキーにゆっくり読んで聞かせたり、書いて与えたりした。彼は注意深く読んだり聞いたりしてから、それを与えられた通りに繰り返した。私は一回毎に各々の構成要素の数を増やし、彼に30、50あるいは70もの言葉や数字を与えたが、これもまた彼にとっては問題ではなかった」。

これでもすごいが、まだ常人の範囲ともいえる。

「彼がどんな長さの言葉の組み合わせでも、また、これらが最初に彼に与えられたのが一週間、一ヶ月、いやもっと何年も前だったにせよ、再生するのに何の苦労もないことが実験によって示された」。

そしてシュレシェフスキーも「超常的な能力を持った人に共通するのは、物事をイメージとして捉える能力が優れている」という事例に該当する。

この現象についても別途言及する予定だが、シュレシェフスキーは、視覚的なイメージとして、これらを保存していたらしい。こんなことはどこにも書いた本がないので、よく分からないのだが、私自身、理解(←記憶と言っていない点に注意)したものは、それが抽象的な事柄であっても、図形として対応づけられているという感じがしている。

しかし例えば平方根3は1.7320508075...であるという記憶は、視覚的なイメージで記憶しているわけではない。

従ってシュレシェフスキーは、記憶した数字を逆順に「読み上げる」というようなことも簡単にできたとのこと。最初に書いた「一芸に秀でた人」は、いわば知性が記憶力を増強したともいえるのだが、しかしルリアは異常な記憶力にもかかわらず、彼が特に優れた知性を持っているわけではないといっている。

「スーパー・セルフ」では別も事例も紹介している。こちらもユダヤ人だったりするが、ユダヤの聖典にタルムードというのがある。これば実に膨大な量の書物なのだが、これを丸暗記している人々がいるという。

すべてのタルムードは同じように作られている。すなわち同じ巻数から構成され、同じページには同じ文章が書かれているという。

ポーランド生まれのあるユダヤ人は、何巻の何ページ、何行目の、何文字目は、何の文字であるかを何の苦もなく答えたという。

また柳澤桂子も、物事をイメージで記憶するタイプだとのこと。彼女はこれが当たり前だと思っていたのだが、ある本を読んで、他の人がそうではないと知り、びっくりしたようだ。

「さらにおそろしいことに、私は何かを記憶する時に完全にこの視覚イメージに頼っているのである。たとえば、去年の私の誕生日のパーティに、誰がどのような服装で、プレゼントをどんな色の紙に包んできたか。その包みの中から何が出てきたか。どんな花が飾ってあったか、そしてテーブルの上の食器から中に盛られているものまで、すべて一枚の絵となって鮮やかに記憶されている。その絵は時間経過をも記していて、映画のように動かすこともできる。私にとって記憶を呼び起こすということは、絵を取り出すことである。もし、この絵がないとすると、人々はどうやって物事を記憶するのであろうか」(「安らぎの生命科学」(ハヤカワ文庫)12-13P)。

彼女がうろたえていることがよく分かる。

ここで分かるのは、「イメージで記憶できるということは、特に知性とは関係がないということだ。シュレシェフスキーはと柳澤桂子の違いを見れは分かる。

しかし、そのような能力は非常に役立つように思える。このようないわば特別な能力を持った人と、他の人との間には、大きな絶対的な壁が一見あるように思える。

この壁に穴をあけることはできないのか。私は、物事をイメージで記憶するタイプではない。しかし何らかの訓練をすれば、これが可能になるのか。

算盤ができる人は頭の中で玉が動いていると言う。これは、私も何人か知っている。以前にいた会社の知人、以前世話になった税理士。ついてながら私の姉。

彼らは、失礼ながらそんな特別な人とは思えない。ごく普通の人だ。訓練すればできるのか。それならば、誰にでも可能性があると言うことか。