ヤバイ話なので【夢物語として聞いてください】

 

辞めます
春が終わろうとしていた。
その頃、私は派遣会社の営業に連絡を入れた。
「辞めます」
電話越しの営業は少し間を置いてから、こう返してきた。
「……いじめられましたか?」
まるで、それがこの職場で起こる常態だと知っているような口ぶりだった。
言葉を選んだ私は、体調の悪化を理由に濁して伝えた。
本当のことなど、正直に伝えられるわけがない。

 

引き留めと派遣社員というもの
営業からの報告を受けた直属の上司は、退職の延期を求めてきた。
「せめてあと1ヶ月だけ」
そんな願いに、私は内心で呆れていた。
派遣社員の体調より、自分の作業が優先なのだ。
それでも、私は決められた最終日まで粛々と引継ぎ業務をこなした。
予想通り、私の代わりとなる派遣社員は現れなかった。

 

最終日と別れの挨拶
コロナ禍で在宅勤務が主流のだったため、**Web会議ツール「Webex」**を通じて挨拶することになった。
画面越しに映る社員たちは、皆、何も知らないフリをしていた。
保身のために沈黙を選ぶ彼らが、私にはとても恐ろしく映った。
言葉が出なかった。
喉が詰まり、声が震えた。
生きてきた中で、あれほど怖い瞬間はなかった。

 

エレベーターの中で
カードキーを直属の上司に返し、私はエレベーターに乗り込んだ。
「もう戻らなくていい」
そう思えた瞬間、少しだけ肩の力が抜けた。
エレベーターのドアが閉まり、私は上層階から下へと降りていく。
このビルの中で起きていたことが、頭の中で繰り返される。

 

傍受という現実
この高層ビルの中では、通話の傍受、位置情報の追跡、その他のあらゆる個人情報が容易に調べられていた。
そして、その情報は社員たちの間に共有されていたのだ。
携帯電話の受話のタイミングに生じる微妙なタイムラグ、ある時期から突如増える非通知の着信や間違い電話——
それは、あなたの通話も傍受されているかもしれないという兆候だ。
大手通信キャリアが他社に回線を貸し出しているという構造上、一社が全ての電話番号の情報を持っていたとしても不思議はない。
録音し、在宅で再生できるシステムも存在する。

 

真実と癒着
入社当初から感じていた異変の数々。
意地悪女性社員が得意げに語っていた数々の発言。


「社内には警察関係者がいて、何でも調べることができるんだからね」


「窃盗や放火なら、ぶちこんでやれる。ちょっと指紋をつけてやればいい」


情報を私的に利用し、捏造すら可能な環境がここにはあった。

 

願い
警視庁の外、民間企業という名のシェルターに隠された不正。
社員たちもまた、それを知っていながら口を閉ざし、誰も証拠には辿りつけない。
このすべてが、ただの悪い夢であれば良かった。
私は、会社の隣にある大きな神社で手を合わせた。
ひとことだけ、心の中で願った。


「どうか夢でありますように――」


そして、私はその場所を、静かに後にした。

END