神殿からまたしばらく歩き、たくさんの民家や商店街が立ちならぶ、人々でにぎわうハービーの町に着いた。

朱里が町を見渡しながら少女に言った。

「ルーシーの町とは、ずいぶん感じがちがうね」
「そうね。ハービーにはお店がたくさんあるけど、ルーシーにはないもん」
「ここが一番大きな町なの?」
「ちがうわ。一番大きい町はブールよ」
「ブールって町はどこにあるの?」
「山の向こうよ。行ったことないけど」
「行ったことないの? 歩いていくのがたいへんなんだ」朱里が言うと、「ブールへは歩いていけないのよ。山には道はないし、高すぎて超えることができないの。だから、船で行くのよ」と少女が教えた。

「船で行くんだ。どんな町なのかな?」

朱里がつぶやくように言うと、少女が説明した。

「行ったことないからわからないけど、ハービーとルーシー、それに海のほうにあるテッドの港町を三つ合わせたよりも大きな町で、お店もハービーよりたくさんあって、なんでもある『神の都』なんだってさ」
「神の都?」
「ブールには神様の生まれ変わり、バドル様が住んでいるのよ」

と少女は言って、つづけて話した。

「バドル様に死の予言をされた人は、必ず死んでしまうの。でも、死の予言をされてもバドル様の奴隷になれば助かるのよ。それと、バドル様に逆らうことは、神に逆らうのと同じことだから、特使たちに処刑されてしまうの」
「特使たちって?」
「特使たちはバドル様の部下で、特別に選ばれた人間がなれるの。特使なら人を殺してもいいんだって」
「ちょっと怖い神様ね」

そう朱里が言うと、少女は声をひそめて話しはじめた。

「偽物だと思うわ。神様なんかいないもん。バドル様は奴隷がほしいから、嘘の予言をしてるだけよ。死の予言をされても奴隷にならない人は部下が殺しているのよ。あと、逆らう人もね。みんなは殺されるのが怖いから、信じているふりをしてるんだと思うわ。それでも、さっきの神殿の、昔から伝わる神話の神様を最後まで信じて殺された人は大勢いるのよ。私のパパもそうなの」

少女の話を聞いて、朱里は驚いて彼女の顔を見た。

「特使たちは反逆者がいないか、いろんな町を見て回ってるから、バドル様の悪口なんかを言わないようにね。悪口を聞かれたら殺されるかも」少女が注意した。

「そうね。それに、人の悪口を言うのはよくないしね」

朱里がちょっと的はずれなことを言うと、少女は朱里のことをじっと眺めた。

「な、何?」朱里が訊くと、「お姉ちゃん、神様じゃないよね?」と少女が言った。

「どうして?」
「だって、宇宙から来たんでしょ」
「私が神様に見える?」朱里がうれしくなって訊くと、「ぜんぜん見えない」きっぱりと少女は答えた。







「カフェって言わなかったっけ……? ここファミレスじゃん……」
「細かいことは気にしないことですわ」

最寄り駅から少し離れた所に佇む全国チェーンのファミリーレストラン。
ここに、ヒーロー部と姫部一行が一斉に介した。
ファミレスには余りにも似つかわしくないドレス姿の三人に、麻里子は少し他人の目を気にしながら、一美の目の前の席に座った。

「じゃあ、ボク、グラコ」
「何でもありません! ドリンクバー七つでお願いします!」
「はぁ……」

注文を取りにきた店員が、姫部の三人から目を離さないのは、やはりこの場に相応しい格好ではないからだろう。
接客業をしているとは思えない程の、素っ気ない返事だけを残し、奥へと姿を消した。

「絶対変に思われてるよ……」
「気にしちゃダメですわ」
「この店には、グラタンだってコロッケだってパンだってあるのに、なんでグラコロはないの!」
「その時期が来るまで一人でマックの前で正座して待ってるのと、ここで大人しくオレンジジュース啜ってるの、どっちがいい?」
「……ここで大人しくサンバカーニバルしてる方がいいです……痛い……」

スパーン。ハリセンの音がファミレス内に響く。
一斉に注目を浴びた麻里子は、申し訳なさそうに頭を下げてから、李奈の耳を引っ張った。

「注目浴びさせるようなことしないで!」
「暴力振るってるのは、中村麻里子じゃん……」
「いいから、大人しく座ってて」

大袈裟に頭をさすってる李奈が、今度は耳を押さえて唇を尖らせた。

「で、こんなとこまでわざわざ場所移動してきてまでの相談って何?」

こんなやり取りが続くと、ストーリーが全く進む気がしない。
そう思った麻里子が、唐突に話を元に戻した。

「そうでしたわ。すっかり忘れるところでした。部員を退部にさせる方法を教えて欲しいんですの」
「はあ?」

テーブルに身を寄せた一美が小声でそう呟いた。
安物のティアラが何故か哀愁を漂わせている。

「わたくしたち姫部は、十年以上ずっと、素敵な王子様と出会うために、二人で活動していました」
「シンディお姉様とわたしは、王子様に出会えない日々が続いても、二人で十分楽しかったんです」
「女子高で王子様って、ほぼ不可能じゃないの……」

麻里子の発言に、一瞬だけ顔を見合わせた二人が、すぐに気を取り直して話を続けた。

「それが最近……」
「向田茉夏の入部のせいで、姫部の活動は残念なことになってるのですわ!」

あんた達の格好が既に残念だけどね、と喉まで出掛かった麻里子だが、言葉を呑み込んで続きを待った。
先程から大人しい李奈と玲奈は、勝手に注文したグラタンやらコロッケで何やら製作中のようだ。

「あのさ」

終始無言だった、寝惚け眼のまりやが麻里子の肩を突ついた。

「え? あ、起きてたんだ……。で、なに?」
「何であの子、大五郎の空ボトルにオレンジジュース注いでんの?」
「はあっ? 何言ってーー」

まりやの指差した方角には、ドリンクバーがある。その前で堂々と焼酎の空ボトルにオレンジジュースを注いでる茉夏の姿があった。

「またですわ……」
「え? またって、いつもなの!?」
「あ、キョロキョロし出したと思ったら、ティーバッグごっそり盗んだ。ガムシロップも」

まりやが実況する。一美と春香は頭を抱えてテーブルに突っ伏してしまった。

「ねえ、ボクが思うにはそれは違うと思うな」
「はい?」

何時の間にやら、李奈が茉夏の元へと向かっていた。
まさかの注意か? 麻里子が期待しつつ見守る。

「それ、四リットルでしょ? こっちは五リットルだからこっちにしなよ」
「わー、ありがとうございます!」
「よかいちのボトル勧めちゃったね? 店長さんらしき人が物凄い形相で二人を見てるよ」
「実況はしなくていい……」

久しぶりに起きてるまりやの実況は果てしなく続く。流石の麻里子も突っ込む気すら起きなかった。

「あんな子、お姫様なんかじゃない! あのドレスだって、わたくしのお下がりなんですわよ!」
「しかも、あれで十着目ですわ」
「あの子、貸したドレス全部ネットオークションに一円で出品してるんですの!」
「それを毎回お姉様が一万円で落札するっていうのを、延々とループしてますの」
「貸さなきゃいいじゃん……」
「姫部に居る以上、制服はドレスって決まりがあるのよ!」
「一応、拘りはあるんだ……」

二人揃って、おいおいと泣き始める姿を見ながら、麻里子は茉夏を眺め見た。そこには、先程李奈から貰った空ボトルにジュースを注ぐ姿が見える。それに何故か違和感を感じてしまった。

「あれ……? なんだろ、この感じ……」






一方その頃。

「良かった、壊れてなくて……」

運良く草むらに飛び込んでくれていた携帯電話を探し出した朱里が、部室へ戻ってきていた。

扉を開けると、そこはいつもと違い、広々として静かな空間があった。

「みんな帰っちゃったのかな?」

朱里の鞄だけが部室の隅にある机の上に置かれている。
その鞄の上に白いメモ用紙が載っているのに気付いた。

「なんだろ?」

メモ用紙には麻里子の綺麗な字で、謝罪の言葉と、行き先が書かれていた。

「カフェ……。人の携帯電話ぶん投げといて、カフェ……」

朱里の目が据わる。メモ用紙を握る手が僅かに震えていた。

「そっか……」

ぐしゃぐしゃになったメモ用紙が指先で破れ、ゆっくりと床に舞い落ちた。

「……絶対、許さない」

右足で地面を蹴った。

「濡れタオルで背中ぶっ叩いてやるんだ……!」

鞄を掴むと、朱里は部室に鍵も掛けずに飛び出した。





戻ってファミレス。

「あの子をどうにかしたいんですの。力になってくださいですわ」
「わたしからもお願いしますわ。あんな子が部員に居ると、姫部の沽券に関わります」
「ん~……」
「あ、あのドレス、オークションに出てる」
「またああぁぁぁーッ!?」
「シンディお姉様、早く落札しないといけませんわ!」

まりやの携帯の画面には、茉夏の着ているドレスが写し出されている。
一美が発狂し、すぐさま一万円を入札した。

「はあ、はあ、はあ……。これで十一着目……」
「お姉様、大変ですわ! 誰かが一万二千円入札してますわ!」
「だ、誰よっ! 今までこんなこと無かったじゃない!」
「李奈さん、とりあえず十万円まで入札しておきます」
「うん。どうせ要らない物だから、最終的には二千万まで入札しよう」
「貴女達、わたくしが絶対落札するって分かっててやってるでしょっ!」

トボけた顔で携帯を弄る二人に、一美が携帯を投げ付けた。

「お姉様のIDで、二千百万円入札しておきましたから安心してください」
「テメェ、何勝手なことしてくれてんだよっ!! ヴォケが!」

怒りに任せて水の入ったコップを投げると、向こう側でこちらを睨んでいた店長に直撃してから、音を立てて割れた。コップも店長の頭も。

そんな中、麻里子が冷静に提案をする。

「ねえ、あの子の家に行ってみない?」

その言葉に、全員の動きが止まった。






つづく




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向田家に潜入捜査?

貧乏キャラ作ってないよね?

朱里の復讐

次回
「お帰りなさいませ。茉夏お嬢様」

お楽しみに
放課後の部室通いにもすっかり慣れ始めた今日この頃。
いつも通りヒーロー部の部室がある旧校舎に入ると、部室の前に見慣れないドレス姿の女性が立っていた。

その異様で不思議な光景に、麻里子の思考は一瞬だけ停止した。

先日の冒険クラブの部室で、再び出会った自称未来人の生来に、麻里子は過去のヒーロー部の事を訊ねたのだ。
真剣に切実に訊ねた麻里子に対し、生来は少しだけ考える素振りを見せてから、「ゆっくり知っていけばいいよ」と口の端を持ち上げて前歯を見せつけたのだ。

もしかしたら、この怪しげなドレスの女性も、過去のヒーロー部になんらかの関係があるのかもしれない。

「あ、あのー? うちの部に何か用ですか?」
「貴女、ヒーロー部員?」
「そうですけど……」

振り向いた女性の顔は目尻が釣り上がり、今にも怒り出しそうだ。
いや、既に怒っているようにしか見えない。

「先程からノックしてますのに、開けてくれないのよ! それどころか、訳の分からない言葉を投げ掛けてくるし!」
「ちょっと、前いいですか?」

頭に乗せたティアラを震わせながら、ドレスを着た女性が捲し立ててくる。
開けてくれないなら自分で開ければいいじゃない。どこぞのお姫様の台詞を頭の中で浮かべながら、麻里子は部室の扉に手を掛けた。

「あれ? 内鍵なんてあったっけ?」

扉をガタガタ言わせど、いつものように開く気配がない。そうこうする内に、中から李奈の声が聞こえた。

「問題! 『 熱いよーギギギギギ……』さて何の漫」
「はぁ? 訳わかんないこと言ってないで、早く開けて」
「はだしのゲン」

ガラガラッ
ドレス姿の女性が即座に答えると、扉がゆっくり開かれて、中からクラッカーが鳴り響いた。

「八問目にしてようやく正解だね! さあ、中村麻里子以外は入っていいよ」
「いや、はだしのゲンて? そうじゃなくて、私も入れてーー」

クラッカーよりも大きな音で鳴り響いたハリセンの音に、玲奈が自然と耳を塞いだ。

「大体、私以外って、この人しか居なーー何時の間に増えたの……?」
「ごきげんよう。ですわ」

振り返ると、似たようなドレス姿が三匹、もとい三人、目の前に立っていた。

「わたくし、姫部の部長、浦野一美と申します。そして、この子が副部長の小原春香。で、こっちが」
「向田茉夏ですわ。よろしくお願いします」

どうやら姉妹とかではないらしい。
最初に紹介された二人と、三人目の彼女の年齢が明らかに一回りは離れて見えるが、そこには触れないように麻里子は「はぁ……」と、生返事を返した。

「それで、何か御用ですか? えと……先輩……? 先生?」
「貴女と同級生ですわ。中村麻里子さん」

ニコッと笑みを浮かべる一美と春香には、くっきりとほうれい線が浮かんでいる。
恐らく一美の方は三十路には手が届いているはずだと、麻里子は思った。

「『年増の姫が二人乱入したから安価で何かやる』……っと」
「ネットに書き込むなっ!」
「李奈さん、レスが付いたらsage進行にしないと荒れちゃいますから気を付けてください」
「そういう事じゃない! てか、あんたも律儀に守ってんじゃないわよ!」

合計三発のハリセンが二人の頭部に命中すると、目の前の一美が楽しそうに笑った。

「やっぱりヒーロー部はこうでなくちゃですわね。暫くの間活動休止されてましたから、心配してたんですわよ」
「もしかして、過去のヒーロー部のこと知ってる人……」

ニコニコして麻里子を見つめる一美の年齢が、先程麻里子が思った通りだとすると、十五年はこの学校に居ることになる。ある意味生来よりも詳しいのではないだろうか、と思った。

「『姫なのにおばさんwwワロタ』っと」
「だから書き込むな!」
「sageは名前欄ではなくて、メール欄に入れないと意味がないです」

全く最近の若い子は、などと呟きそうになって麻里子は慌てて口を噤んだ。
余計なことは言わないに限る。

「『うちの副部長もいろんな意味でおばさん臭い」っと」
「書かせるかーっ!!」

書き込みボタンを押す前に李奈から携帯を奪い取ると、麻里子は窓からそれをオーバースローで空へ向かって投げ飛ばした。

「最近のスマホは投げやすいわ」
「あーあ、じゅりの電話だったのに」
「えっ!?」

李奈の言葉に麻里子が驚いて朱里を見遣る。今にも泣きそうな顔で俯いている姿が視界に入った。

「ご、ごめっーー」

麻里子の謝罪よりも早く、朱里は部室から飛び出していった。その目に涙が浮かんでいたのは言うまでもない。
もしかしたら、もう戻ってこないかもしれないと思った。

「あ、じゅり! コンビニ行くならボクは炎のバルセロナねー! ってもう行っちゃった……」
「あんたね……少しは空気読みなさいよ……。大体そのほのおの何とかってのも意味不明だし」
「バルセロナオリンピックの時に販売されたジュースじゃん。オロナミンCを350mlにしただけのやつ」
「知らないわよ……」

流石に頭が痛くなってきた麻里子が、もういいとばかりに首を振る。
視界を元に戻せば怪しげなお姫様がにこやかに笑っているし……。

「早速、わたくし達二人の相談を聴いて欲しいのですが……ここだと空気が悪いですので、わたくしの行き着けのカフェにでも移動しましょうか?」
「早速過ぎるでしょ……なんなのあなた達まで……」

大体二人じゃなくて、三人でしょ。とツッコミたいのを胸に押し込んで、麻里子は溜息として吐き出した。
三人目のお姫様である茉夏は何かを物色するように、先程から部室を見渡していた。

「じゃあ、やぎさん起こさなきゃね」
「無理矢理起こすと機嫌悪いんで、この薬を『ザメハ!』って言いながら吹き掛けてあげてください」

玲奈が霧吹きのような容器を李奈に渡すと、まりやに向かって吹き掛けた。

「ザメハっ!」
「いや、そんなんで起きるわけーー」
「……ん……ん? もう、朝……?」
「起きたっ!?」

寝覚めの悪いまりやがいとも簡単に目を覚ましたことに、麻里子は驚きを隠せなかった。
ここ数日で一番苦痛だったのが、部活終わりにまりやを起こすことだったからである。
最初の何日かは、「宇宙人」というワードを呟けば一瞬で目を覚ましてくれていたのだが、最近ではそれが嘘だと分かると、不機嫌になり麻里子に見事なボディブローを三、四発喰らわしてきていたのだ。
そんなまりやが、玲奈の開発した怪しい薬で目を覚ましている。

「用意は出来ましたか? では、行きますわよ」
「よーし! カフェでグラコロ注文してやるぞー!」
「お願いだから外では問題起こさないで……! あ、じゅりに置き手紙書いとかなきゃ……」

ヒーロー部一行は、姫部と共に初めての校外活動をすることになるのだった。





つづく




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第三の姫をどうにかして!

退部させる方法を教えて欲しいですわ

あぁ……完全に店員に目をつけられてるわ……


次回
「第三の姫はお姫様じゃない?」

お楽しみに
換金してもらった百エンを持って、少女と朱里は買い物をするため、ハービーの町へ向かった。

「ハービーって遠いの?」朱里が訊くと、「ちょっと遠いわね」と少女が言った。

昨日のT字路はルーシーから歩いてくると、右が原油の泉の方角で、このまま歩いていくとハービーへ行くことになる。

草木の香る道を歩いていると、心地よい風が吹いてきて、朱里はなんだかとてもわくわくしてきた。

「風が気持ちいいね。今の季節はなんなの? ちょうどいい気候だけど」
「キセツってなんのこと?」

少女が訊き返すと、朱里は説明した。

「季節を知らないの? 気候がすごく暑くなったり、すごく寒くなったりすることよ」
「雨が降ると少し寒くなるけど、すごく暑くなったり、すごく寒くなったりしないよ。いつもこんな感じよ」そう少女が話すと、
「いつもこんなに気持ちいいなんて、いいね……」朱里は青空を見あげて言った。

この惑星の人間が住んでいる大陸は、一年中同じような気候で、雨は普通に降る。一週間は七日で、新月を基準に一カ月は二十八日間、一年は十一カ月で三百八日である。一年の目安は、十一カ月に一回しか花が咲かない一年の木というのがあって、その木に花が咲いたときが新年のはじまりだ。

今は三月の終わりで、いちおうカレンダーはあるが、誰も日付単位で行動しないため、今日が何月何日か気にしない。だから誕生日はなく、一年の木に花が何回咲いたかで人の年齢を決めている。少女の年齢は九歳だと朱里に教えた。一日の時間は二十四時間、日時計があるが、昼以外はやはり大ざっぱだ。

T字路を越えて、ゆるやかなカーブの道を何度も蛇行してしばらく歩くと、左側に荒れ果てた大きな石造りの建物があらわれた。

「ここは何?」立ち止まって朱里が訊いた。
「神殿よ」と少女は答えた。
「神殿? ずいぶんぼろぼろね」
「大昔の建物だし、いまは使ってないもん」
「使ってない? どうして? 神様にお祈りしないの?」
「神様なんかいるはずないわ」

と少女は寂しそうに言った。

「神様を信じないの?」
「だって、祈っても助けてくれないもん。神話なんて、ただの作り話なのよ」

朱里の問いに答える少女の声が、少し小さくなった。








丸っこい文字で書かれたお手製であろう「冒険クラブ」の標札を、雑巾で綺麗にしてから生来は頷いた。つい数日前に久しぶりに帰ってきた過去には、若干のズレのせいで少しだけ時代が進んでいたが、生来にはさほど問題があるわけでもなく、たった一人しか居ない冒険クラブのメンバーに加入することになった。
相も変わらず、ペンギンの姿をした柊はかき氷作りに忙しい。
既に本日、生来は柊の作ったそれを三杯もご馳走になっていた。

「タナもん、出来たよー! はいイチゴ味」
「いや、もう勘弁して……。てか、名前の略し方……」
「あ、メロン味はダメだからねっ!」

サッと隠したメロンシロップを見ながら、生来は冷えたお腹を摩って溜息を吐いた。

「そうじゃなくてさ……」

初代といい、三代目といい、何故ペンギンの格好をした少女というのは、作ってばかりで自分で食べることを選択しないのだろうか。そんな事を考えながら、この先頻繁にお腹を壊しそうな予感を抱えて、再び溜息を吐いた。

そんな不安を一気に吹き飛ばしてしまうかのように、冒険クラブの扉が勢いよく開かれた。
そこに立っていたのは、先日未来から来た時にヒーロー部の部室に居た子たちだった。

「たのもー!」
「道場破りじゃないんだから……」

李奈が仁王立ちで扉の前に立っている。麻里子は横で苦笑いを浮かべていた。恐らく李奈の暴走を止めに来たのだろう。

「あれ? この前の宇宙人?」
「李奈さん。宇宙人ではなくて、未来人です。……自称ですけど」
「そっか。ドラえもんだっけ?」
「いえ、21えもんの方が現実的だと思います」
「現実的とかそういう問題じゃなくて……」

李奈のボケだけでも面倒臭い麻里子にしてみれば、玲奈には真面目なキャラで居てくれることを望んでいる。
だが、現実はそんなに甘くは無かった。なんせ、ヒーロー部なのだ。

「ドラえもんが冒険クラブの部員なの?」
「私とこの子ね」
「ペンギン……ですか?」
「一応その子がリーダーだから」

李奈の目の輝きが増して行くのが分かった。今にも光線を放ちそうである。

「これ、ちょうーー」
「貰おうとしないでっ!」

スパーン。麻里子のハリセンな頭上に振り下ろされた。
そんなやり取りを気にすることなく、柊はかき氷を作り続けている。

「かき氷食べる?」

玲奈と目が合った柊が満面の笑みで訊ねる。玲奈は眉根を少しだけ寄せてから、首を横に振った。

「いりません。ちょっと貴女に質問してもいいですか? いえ、質問します。拒否権はありません」
「かき氷は?」
「だから、いりまーー」
「食べる! れなっち酷いよ。折角ペンギンさんがかき氷作ってくれるって言ってんのにさ! ボクは今日、胃袋の限界を越えようとしているっ!」

玲奈の前に立ちはだかった李奈が意味の分からない宣言をした時、背後から静かな声が聴こえた。

「あの……」
「高橋さん、どうしたの?」
「いえ、あの、大したことじゃないんですけど……部室で変なものを見つけちゃって……」

朱里がオドオドした声で、玲奈に向かって話す。この二人、いつもお互い敬語で話しているが、確か同じ学年のはずだよな、と麻里子は不思議に思っていた。

「じゅり! 今はペンギンさんとヒーロー部の大事な交流を深めてるとこなんだから邪魔しないで! 何か見つけたんなら、持って来てよね」
「あ、ごめんなさい……。でも、持ってこれるような物じゃなかったんで……」
「あ、次は酢醤油味のシロップでお願い」
「らじゃ」

既に二杯目のおかわりをしている李奈が、朱里に説教を終えると、三杯目のリクエストを始めた。

「何を見つけたって?」

困っている朱里に麻里子が助け舟を出す。

「あ、えと、それが……床から急に携帯電話の充電器が現れて……」
「はぁ?」
「それがどうも一箇所だけじゃないみたいで……」

朱里の説明だけでは、状況がよく理解出来ない。麻里子が間抜け面で想像している時、柊が思い出したかのように立ち上がった。

「あ、次は味噌汁掛けてーーって、どこ行くの?」

五杯目のリクエストを無視した柊の向かった場所は、生来が座っていたソファとテレビの間だった。
その床を柊がコンコンと叩く。

「あ、それです! それと同じ物がヒーロー部の部室にも三つほど現れたんです!」
「これって……携帯を充電する奴ですよね?」

珍しいくらいに大声を出した朱里が指を差す。
玲奈がしゃがみ込んでそれを確認した。それから柊を見遣る。

「ペンギンと何か関係あるんですか?」
「知らない。ずっと前からあった」
「本当? 貴女の悪戯とかではなくて?」

玲奈の目が疑いの目付きに変わったとき、生来が「あ」と口を開いた。

「思い出した……。これって、ヒーロー部のあの子のじゃん」
「だれ?」

生来の独り言のような呟きに思わず麻里子が聞き返した。

「昔居たヒーロー部員の私物なんだよ。毎日携帯電話で自撮りしてた子なんだけど」
「私物って……建造物損壊じゃないのこれ?」

全くもって正論を言う麻里子に、誰も同調してくれない。何か感覚が麻痺してきるのだろうか。それともこれが普通ってやつになるのだろうか。

「でも、これガラケー用ですよね? 何か時代を感じますね」

玲奈が馬鹿にしたような口調で呟く。

「確か学校中に設置されてて、全部で888個あるとか無いとか……」
「多過ぎでしょ……」
「そのせいで、異世界人が現れたのは懐かしい思い出だなぁ……」
「未来人の次は異世界人ねぇ……。何か昔のヒーロー部……ってか、この学校自体嘘臭いこと多いね」
「信じなくてもいいよ。私は未来人だし、異世界人も確かに居たんだから」

ヒーロー部の部室の真ん中に突然生来が現れたのを目の当たりにしている麻里子だったが、それでもそんな事実は認めたくなかった。ヒーロー部を復活させてから色々ありすぎてる。流石に頭が着いていかないようだ。
このままだと、まりやの交信も本当に宇宙へと繋がっていてもおかしくないことになりそうな気がしてくる。

「次はメロンシロップでお願い!」
「メロンシロップはダメ! お供え用だから」

そんなことはお構いなしに、李奈は十杯目のかき氷をおかわりしていた。
そろそろお腹を壊す頃じゃないだろうか。
玲奈が小さな薬瓶から錠剤を二粒出すと、それを李奈に渡して飲ませていた。どうやら、その心配はいらないようだった。手渡したのが怪しい薬ではない限り。

「なんか色々思い出して来たなぁ」

生来が嬉しそうにしている。過去のこの学校で一体何があったのか、麻里子にはまだ分からなかったが、何となく一通り知る必要があるのではないかと思えて来た。
そして、それが自分の使命ではないのかとさえ思えて来ていた。






つづく




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生徒会からの警告?

不思議な女の子登場!

てか、女の子? でいいの?

次回
「元セブンプリンセス、姫部参上!」

お楽しみに