「……ねえっ! 十夢ってば!」

揺さぶられた身体の振動で、十夢は目を覚ました。
ようやく着いたのだろうか。何故か頭が痛くて左手で額を押さえた。

「大丈夫?」

眉間に皺を寄せながら声のする方へ顔を向ける。そこには心配そうな顔で優花が十夢の顔を覗き込んでいた。

「え……? あぁ、うん。てか、ここ……」

頭を押さえていた手を、ゆっくりと降ろす。首筋辺りに来た時、指先に冷たい物を感じた。アクセサリーの類いは着けてきた覚えはない。しっかりと五指で確認する。鉄のように固いそれは、十夢の首回りをぐるりと一周し、繋がっていた。どうやら首輪の類いらしい。
それからすぐ目の前の優花の首元を見やる。やはり同じような首輪。黒っぽい物体が着いていた。

それから、自分が居る空間への違和に意識を変えた。バスのシートとは違う椅子の硬さと大きさと、今降ろした手の行き着いた先の冷たい木の板の感触。
そこは義務教育を受ける権利のある日本人ならば誰もが見たことある空間があった。
綺麗に並べられた机、そこに座らされてるメンバー。目の前には黒板、そして教卓。そう、ここは紛れもなく学校の教室だった。

「何か始まるのかな?」

不安そうな優花の声は幾分小さい。そのせいか、所々から動揺の声が十夢の耳に聞こえ始めてくる。
周りのメンバーをよく見渡すと、他のメンバー達にも同じ様な首輪。
そして、ここは……教室。
何故か昔観た猟奇的殺人ゲームの映画を思い出した。

ほとんどのメンバーが目を覚ました時、教室の入口の扉が、ガラガラと勢いよくレールの上を滑ってから、開いた。
まず、迷彩柄の軍服を着た男が二人、姿勢を正して入ってくる。手には銃らしき物を持っている。
それに続いて、秋元先生の姿が現われた。
私達を一瞥すると、目の前の教卓の前まで無表情のまま歩いた。
そして、最後に戸賀崎支配人。
私達と目を合わせることなく、秋元先生の隣りに立った。
なんだろう、この重苦しい空気は。
そして、あの軍服の男達は何の為にいるのだろう。
隣りの優花が、十夢の服の裾を掴んだ。その手は微かだが、震えているような気がした。

「みんな、おはようございます」

秋元先生が口を開いた。
あちこちから小さな挨拶の声が聞こえる。どうやら未だに誰も状況を掴めていないらしい。

おはようございます。と言う挨拶で、十夢は咄嗟に窓に目をやった。そういえば今は何時なのだろうか。
ポケットの携帯電話がなくなっていることに今更ながら気付く。
壁には止まったままの掛け時計。
時間が分からないことが、これほどまでに不安に感じるとは思わなかった。

秋元先生が軽く咳払いをしてから口を開く。

「えー、今から、みんなで殺し合いをしてもらう」

先程の挨拶同様、秋元先生は無表情で言った。教室内がざわつく。
番組の企画にしては妙にリアだと思った。いや、今時の番組ならこれくらいは当たり前なのだろうか。

「昔の映画のパクリ企画ですか?」

第一声を口にしたのは、中西優香だった。口元に笑みを作り、椅子を引いて立ち上がっている。

「ドッキリ企画だと知らされた上でやるドッキリ……ヤラセ? ってやつですか? 一体私達に何をさせたいんですか?」

やけに余裕ぶった口振りに、十夢は違和感を覚えた。

「聞こえなかったのか? 殺し合いをしてもらうと言ったんだ」

対する秋元先生の口調は淡々としていている。

「殺し合い? 私達が? なんでですか? そうやって脅して驚かせて、怯えた私達を隠しカメラで撮って、その反応をお茶の間で愉しむんでしょ? それとも新しいMV撮影方法ですか?」

ペラペラと捲し立てる優香の説明を聞いて、「一理ある」と十夢は思った。
だが、だからと言って優香がここまで秋元先生に噛み付く理由にはならない。何かが変だと思った。
無言のままの秋元先生は、やはり表情を変えず、ただ優香が喋り終えるのを待っているようだった。

「……と、言うわけで、真偽を教えてください」

喋り終えるのと同時に優香は椅子に腰を降ろした。その顔は、出された問題を答え終えた優等生が見せる余裕の笑みだった。

刹那、耳をつんざくような乾いた破裂音が教室に響いた。
誕生日などに鳴らすクラッカーに似た、それよりも数倍大きな音。耳の中で暫くキーンと何かが響いて、続けざまに「キャーッ!」と言う悲鳴が響いた。
優香の体が机の上に突っ伏した状態に倒れている。その机からは真っ赤な液体がポタポタと落ちていた。
流れる液体が、血だと言うのに気付くのに時間はかからなかった。
隣の席の金子栞が恐怖の余りに椅子から落ちたのを境に、優香から離れるように皆が後退る。
軍服を着た男の一人が直ぐに深緑の大きな布を優香に被せ、もう一人の男と二人で優香を担ぎ上げてから、教室の外へと運び出した。残ったのは血で出来た水溜りだけ。なんとも不気味で奇妙な光景なのだろうか。

「それじゃ、ルールを説明する。戸賀崎」

秋元先生の指示で、戸賀崎が時代錯誤のテレビデオにカセットテープを入れる。

「ひ、人が死んだのに……なんで先生も戸賀崎さんも平気な顔をしてるんですか……?」

震える声で疑問を投げ掛けたのは、横山由依だった。
切れ長な目からは、言葉通り力強さを感じとれる。が、やはり目の前で起きた恐怖には勝てなかったのであろう、言葉尻は少しだけ声が小さくなったようだ。

「今から説明するから黙ってろ」

秋元先生の言葉に合わせて、戻ってきた軍服の男が銃を構える。

ビデオの再生ボタンを押した。
真っ白な背景が数秒ほど流れて、画面の中には見慣れたメンバーの姿が映っていた。

『みなさ~ん、総選挙圏内おめでとございまぁす』






深い悲しみと失望が怒りを生み、怒りが妬みを、妬みが恨みを、そして恨みが再び深い悲しみを生む。それらがすべての循環の完結するまで尽きることはない。

ーーデイヴィッド・ヒューム





どんな日常を過ごしていても、朝は必ずやってくる。それが自分自身が居ない明日だとしても。

太陽は東から顔を出す。出来損ないのわたあめのような雲のせいで空の半分が白い。
大型バスに揺られながら、昨晩の寝不足をかみ殺して武藤十夢は窓の外に向かって大きなあくびをした。

先日行われたファン投票による総選挙。それらで選ばれた六十四名がこのバスには乗っている。
後方では年長者の先輩たちが騒がしく声を上げ、前の席では後輩にあたるメンバーらが申し訳程度に黄色い声を上げている。

それを楽しそうだなと思いながらも、十夢は窓の外、さらにその先の空へと目を移した。
雲の隙間から見える透き通った蒼が寝不足の目をさらに瞬かせる。
額を窓ガラスにコツンと当てると、十夢は無意識に目を閉じた。
落ちる瞼の隙間から見えたもう一つの大型バスには、スタッフと大掛かりな機材などが載せてあるに違いない。
総選挙を終えたメンバーの慰安旅行などと銘打ったそれは、慰安旅行と言う名のロケ仕事なのだ。
現地に着けば、いくつかのチームに別れてゲームなどをするに違いない。

だから、多分、それは……疲れる。

だから、隣で文句を垂れている田野優花を無視し、十夢は一人夢の中へと意識を落とした。

体が揺れているのは、隣の彼女のせいなのか、それともバスが揺れているせいなのか。

大島優子の大きな笑い声を最後に聞いて、本格的に眠りへと就いた。










総選挙メンバーによるバトルロワイヤル

開戦
中学の頃からの友人が引っ越しをしたという事で、引っ越し祝いを兼ねて数ヶ月ぶりに会うことになりました。

勿論会う場所は友人の引っ越し先です。

今朝、一応確認のために、何時頃に行けばいいか連絡を入れたところ「朝はケータイをスマホに変えるためにショップへ行ってくるから、昼頃に来て欲しい」とのこと。
まあ、こちらも朝っぱらから押し掛けるつもりなぞなかったので、昼前に家を出て友人宅の最寄り駅で暇潰し軽い昼食を採ったあと、友人が無類の甘党だということを思い出し、手土産にケーキを買いました。

駅を出て地図を頼りに歩くこと二十分と少々、それらしきマンションに辿り着きました。
エントランスホールにはオートロックの自動ドアがあり、教えてもらっていた部屋のナンバーを入力し、インターホンを押します。

ピンポーン

と、なんら普通のインターホンの音。

……何の反応もありません。

もう一度押して見ます。

ピンポーン

…………やはり無反応です。

まだ帰ってきてないのかな?と思い、電話をします。

着信音が通話口の向こう側から聴こえてきますが、出る気配がありません。
待ちぼうけは嫌なので、それから数回電話を入れました。

……やはり出てくれません。

「参ったな……」

そう思い、時計を確認すると1時。会社ならば昼休みが終わってる時間です。
時間を潰すにもこの周辺の土地勘がないため、喫茶店の場所すらわかりません。
仕方ないので三十分程マンション前で待ちました。
一応、着いたことを知らせるメールも送ります。

だが、返信もなければ帰ってくる気配すら感じません。

気付けば三十分待つどころか、時計の針は3時を回っていました。

マンションの住人らしいおばさんに二度ほど不審者を見るような目でみられながらすれ違ったので、電話をするふりをして怪しまれないように振る舞いましたが、よくよく考えたら凄く怪しかったように思います。

時計の針が4時を回った頃には手土産のケーキの保冷剤は溶けていました。

疲れてきて座り込み始めた頃、遠くから友人が走ってきました。

「ごめんごめん。スマホに変えるのに手間取っちゃってさ。朝10時からショップに篭ってたよ」

その言葉に唖然としたの言うまでもありません。
彼の手にはしっかりと携帯電話会社の紙袋が握られており、多分嘘ではないのでしょうが、朝10時からて……
思わず、「原付の講習でも受けてきたのかと思ったよ……」と呆れながらツッコミを入れてあげました。

時計の針はすっかり5時近くを示しており、ようやく不審者を免れオートロックのドアの先へと入ることが出来ました。

引っ越してまだ10日も経たない彼の部屋は殺風景で、テレビや冷蔵庫などの必要最低限な物しか置いてありません。

「前の部屋は無駄な物で溢れてたから、この際だと思って全部捨てちゃった」

その男らしさに多少感動しながら、唯一あるクローゼットやタンスの中を断りを入れつつ覗いてみると、何かが足りない……

何処を探しても見つからない物があるんです。

これからの季節には不必要かもしれませんが、その先に待ち受けている季節には絶対に必要な物が……

俺が買ってきたケーキを冷蔵庫に仕舞い、久しぶりに会う友人にコーヒーを淹れてくれている彼が不思議そうに俺の行動を見ています。

「見てもいいけど、あんまり物色するの趣味悪いよ」

そう言い放った彼に俺は言いました。

「冬服は?」

唯一ある小さなタンスには下着類しか入っておらず、がらんとしたクローゼットの中にはTシャツが何枚もありました。中には長袖のTシャツもあったでしょう。ズボンもチノパンやらジーンズなど様々ありました。
けど、冬を越せそうな着衣が一枚も見当たりません。

その言葉を聞いた友人の顔は一瞬だけでしたが強張っているようにも見えました。

多分ですけど、いや、絶対に、引っ越しの時にまとめて捨てたに違いない……

気持ちは痛いほどわかる。
「今」必要無い物を全部捨てちゃう気持ち。
冬服なんてこれから暫く要らないものね。

コーヒーを淹れ終わった彼の口から出た言葉は、

「わ、ワイルドだろぅ?」

引きつった顔で言われても切なくなるだけです。

そのまま冬を越した時に、また同じ言葉が聞けたなら、俺は貴方をワイルドと認定してあげてもいい。

その時にスギちゃんがテレビで見掛けなくなっていても、俺だけは笑ってあげようと思います。

因みに、マンションの前に四時間も待ちぼうけされた事は、地味に怒っていたので、夕飯はご馳走になりました。


そんなワイルドな彼の職業は、税理士。

袖の無いスーツで明日から頑張ることでしょう。








「実際、殺人鬼なんて誰でもいいんだと思うよ」 悪魔に呼び出され、閉じ込められた深夜の学校。沈黙の中、彼女はポツリとそう呟いた…… 姿も見せずに悪魔は笑う。これは悪魔のゲーム。誰も生きては返さないと。 深夜、誰もいない学校にいつの間にか呼ばれていた四人の生徒は、あまりにも突然そのゲームに巻き込まれた。自分が殺される前に、学校にいる殺人鬼を推理するか、自殺すれば勝ち。それまでに殺されてしまったら自分の負け。 一人の変人と一人の少女、一組の幼馴染みと一つの自殺体。殺人鬼は、誰なのか…… 悪魔が生み出した夜は、そうして狂気へと加速する――

青に蒼を絡めとると雲が出来た。
赤に朱を絡めとると血が出来た。
緑に碧を絡めとると森が出来た。
水に顔を絡めとると死ぬ事が出来た。




『人間嫌いの自殺願望』




暗い部屋の片隅で私という一個体は目覚める事になる。

窓の外はまだ暗闇に包まれており、早起きというには些か早い時間だった。

目を擦って部屋を見渡すと相変わらず部屋に脱ぎ捨てたTシャツと刃渡り二十センチの包丁があった。いつ死んでもいいようにと、私が百円ショップで買ってきた包丁だった。

立ち上がりその包丁を手に取ってみた。

鈍い光が私の脳に入ってくる。流石に朝のこの時間は死にたくなる。ただ別に死にたい訳じゃない。人間という人種に飽きたのだ。

飽きた

そう、その一言に尽きる。

人間という人種に飽きたのだ。
人間という動物に飽きたのだ。
人間という生命に絶望したのだ。

訳という訳はない。

ただ漠然と……そう思っただけだ。

包丁の先を指先に強く当ててみた。

小さな傷口から赤より少しだけ紅い血が真珠の玉のように指先に乗っている。この中に鉄やら白血球やらビタミンやらが入っているのだと思うと不思議な感じがした。

傷口を少し包丁の先で抉ってみる。

激痛が走ったが、私という入れ物はそれでも尚、傷口を抉ってみたいのだ。

包丁の先が脂肪を突き破り、筋肉を切り裂いて、爪先まで進む。

血という血が指先から湧き水のように溢れ出ていく。

私はそれを見ながら生きていると感じた。自分はまだ生きているのだと確信する。

それ故に絶望する。

親のエゴで生み出された、この生命に何の意味があると言うのだろうか?

競争社会に生み出された、この命に何の意義があると言うのだろうか?

行く先の見えないこの道にライト一つなく、手探りで進む意味は? 意義は?

私という人間は悲観し落胆し絶望する。

生まれ落ちた意味
産まれ落とされた意義
生まれてきた使命
産まれてきた謝罪

生きようと思った人間だけが生きればいいのだ。

私は些か疲れた。

いや、飽きた。

窓の外は今から動き出そうとしていた。

部屋の空気は沈殿していた。

包丁は私の腹の中にあった。

世界はまだ……その事に気付いていなかった。