トータル、九名。現在の、参加者の存命者、五名。
ヒントを上げよう。踊るネズミにヒントを上げよう。愉快な愉快なヒントを上げよう。
悪魔はネズミをおもちゃにしている。悪魔は猫と戯れたい。猫はネズミの中に。
悪魔は見ている。悪魔は隠れている。悪魔は偽っている。悪魔は欺いている。
魂が欲しいから、早く早くと待ちわびている。悪魔はずっと待っている。
悪魔はずっと、欺いている。
「……ふーん」
やっぱり暢気な声だった。歩いていた足を止め、天井を見上げ、窓を見て。無駄としか思えない動作の締めとして、少女は間延びした声と共に振り向いてきた。
「また悪魔……ねえ。ヒントをくれる辺り、親切というよりも嘲笑的というか」
その手の中には、先ほどメールを受信した携帯がある。先に遥香が読んだメールなので、彼女がそう思うのには素直に共感できた。
ゲームの開催者が、わざわざヒントを送ってきている。それはひねくれた見方をすれば、開催者側の勝利宣言でもあった。ノーヒントなら、このゲームは自分の勝ちだと。暗にそう囁いている。
それに気づいているのかいないのかはさておき、少女は暗鬱そうにため息をついて、一言呟いてきた。
「よっぽど暇なんだねえ」
「……暇で片付けるのも、どうかと思いますけど」
「そう? ヒントをあげるってことは、進展がないことに呆れてるわけでしょ? つまり、何も変わらないから退屈なわけだ。動かないもの見てたって楽しくないしね。やっぱ暇なんだと思うよ」
「っ……まあ、そうかもしれませんけど」
咄嗟に何かを否定しようとして、ふと反論する意味がないことに気づく。実際確かにその通りなのかもしれない。ゲームは自分の勝ちだとしても、それで終わってしまっては確かに退屈だ。なら、悪魔は暇だったのかもしれない。
そんなことなどどうでもいい。問題は、このヒントの意味だった。ネズミが自分たちのことを指すのはわかる。猫はさっき殺人鬼だと示唆された。そして参加者の中にいるのも当然のことだ。だが、実際殺人鬼についてはほとんど触れていない。問題にされているのは、殺人鬼ではなく悪魔についてだった。
その悪魔についても、触れているのは欺いているということだけだ。参加者は九人、生きている者は五人。なら、もう四人死んだということなのだろうが。
疑問なのは、悪魔が何を欺いているのかだった。ヒントというからには、理解してしまえばそれだけでゲームが終わってしまうほどに強烈なものなのだろうが。
「欺いている……?」
何を。誰を。どうやって。どこで。いつ。どのように。それらすべてがわからない。完璧にお手上げだった。
「……というかこれ、本当にヒントなんですか?」
悪態のように呟く。悪魔に聞こえていたらそれはそれで面白くない展開になりそうだったが、呟いてしまった以上、気にしても遅い。仕方なく何かを待つが、それで何かが変わるということもない。
いや。気づいて、それを否定する。
さっきから、不自然に彼女が黙り込んでいる。心なしか、表情が険しいように思えた。何か、考えたくないことを考えているようにも見える。
「……どうかしたんですか?」
「いや……何でこのタイミングでヒントを送ってきたのかと思ってさ」
「……暇だったから、じゃあないんですか?」
「まあ、そうなんだけどさ。殺されたくないから必死こいてわたしたちが逃げてるのに、暇っていうのもどうかと思うわけだよ」
一つため息。そのまま彼女は天井を見上げて、他人事のように言ってきた。
「ホラー映画の醍醐味だって、ゾンビじゃなくて怯えてる人間なのにさ。暇って事はアレだ、わたしたちが役者じゃ退屈ってことかもね」
「……いや、別にこれ、ホラー映画ってわけじゃないと思うんですけど」
「似たようなものでしょ。少なくとも、悪魔にとっては」
そこでまたため息。
「わたしたちは、姿の見えない殺人鬼から逃げている。死に怯えていると言ってもいいね。で、これはゲームだ。なら、最低でも悪魔が楽しめるものじゃないとならない……悪趣味だよね、どうにもさ」
「だから悪魔なんでしょう?」
素直にそう言うと、彼女は苦笑したようだった。
「まあ、そりゃそうだ。じゃなきゃ悪魔なんて名前もつかないだろうしね……」
天井から視線を下ろし、彼女はそのまま肩をすくめる。どちらにしろそれで話すことは終わりだったのか、彼女は手振りで進もうと合図を送ってくる。それに頷くと、彼女はすぐに歩き始めた。その後を追いつつ、問いかける。
「……ところで、どこに行こうとしてるんですか?」
それはさっきからの疑問でもあった。当初は職員室にマスターキーを取りに行ったのだ。隠れるための選択肢を広げておくために。だが、そのマスターキーももうない。この時間帯で鍵のかかってない場所などないだろう――本来なら、教室も閉ざされているはずだが。きっと教室は例外なのだろう。
だとすると、全ての場所が施錠されていることになる。今いる別棟のほうなど特に絶望的だった。なら、教室に向かおうとしているのだろうか。
問いかけに彼女は、振り向くことなく答えてきた。
「んー。とりあえず、一階には用はないね。保健室と美術室と事務室には興味ない。入れないのは知ってるし。用事があるのは二階かな」
「二階?」
二階にある部屋といえば、音楽室と視聴覚室と図書館と放送室くらいである。別棟に三階はない。なら、その四つのいずれかに用があるということなのだろう。その中で隠れられそうな場所と問われると、首を捻るしかなかったが。今の彼女の言い方から考えれば、きっと入れる部屋は全て把握しているのだろう。
「ところでさ」
と。突然彼女は問いかけてきた。特にどうというわけでもない、いつでもありそうな、日常的な質問。
「君って、時計嫌いだったりする?」
「……時計?」
何故時計がここで出てくるのか。そもそもそれが何の意味を持つ質問なのか。意味のある質問だとは思えなかったが、とりあえず遥香は怪訝を浮かべつつ答えた。
「……いえ、特に問題はありませんけど」
「のっぽじゃないけどうるさい古時計も?」
「たぶん……というかそれ、何の意味を持つ質問なんですか?」
「いや、君の答えからすれば、特に意味はないね。嫌いだって言われたらさすがに困り果てるって意味があったけど」
「はあ」
意味がわからず、ただそう曖昧な相槌を打つ。それに満足したのかは定かではないが、彼女は何度か頷いたようだった。
その光景を見ながら、ふと遥香は思う。
死に怯える人間を見て、悪魔が楽しむというのなら。
彼女の存在は、悪魔にとってこの上ないイレギュラーなのではないのかと。
――そしてまた、どこかで誰かの悲鳴が上がる。
ヒントを上げよう。踊るネズミにヒントを上げよう。愉快な愉快なヒントを上げよう。
悪魔はネズミをおもちゃにしている。悪魔は猫と戯れたい。猫はネズミの中に。
悪魔は見ている。悪魔は隠れている。悪魔は偽っている。悪魔は欺いている。
魂が欲しいから、早く早くと待ちわびている。悪魔はずっと待っている。
悪魔はずっと、欺いている。
「……ふーん」
やっぱり暢気な声だった。歩いていた足を止め、天井を見上げ、窓を見て。無駄としか思えない動作の締めとして、少女は間延びした声と共に振り向いてきた。
「また悪魔……ねえ。ヒントをくれる辺り、親切というよりも嘲笑的というか」
その手の中には、先ほどメールを受信した携帯がある。先に遥香が読んだメールなので、彼女がそう思うのには素直に共感できた。
ゲームの開催者が、わざわざヒントを送ってきている。それはひねくれた見方をすれば、開催者側の勝利宣言でもあった。ノーヒントなら、このゲームは自分の勝ちだと。暗にそう囁いている。
それに気づいているのかいないのかはさておき、少女は暗鬱そうにため息をついて、一言呟いてきた。
「よっぽど暇なんだねえ」
「……暇で片付けるのも、どうかと思いますけど」
「そう? ヒントをあげるってことは、進展がないことに呆れてるわけでしょ? つまり、何も変わらないから退屈なわけだ。動かないもの見てたって楽しくないしね。やっぱ暇なんだと思うよ」
「っ……まあ、そうかもしれませんけど」
咄嗟に何かを否定しようとして、ふと反論する意味がないことに気づく。実際確かにその通りなのかもしれない。ゲームは自分の勝ちだとしても、それで終わってしまっては確かに退屈だ。なら、悪魔は暇だったのかもしれない。
そんなことなどどうでもいい。問題は、このヒントの意味だった。ネズミが自分たちのことを指すのはわかる。猫はさっき殺人鬼だと示唆された。そして参加者の中にいるのも当然のことだ。だが、実際殺人鬼についてはほとんど触れていない。問題にされているのは、殺人鬼ではなく悪魔についてだった。
その悪魔についても、触れているのは欺いているということだけだ。参加者は九人、生きている者は五人。なら、もう四人死んだということなのだろうが。
疑問なのは、悪魔が何を欺いているのかだった。ヒントというからには、理解してしまえばそれだけでゲームが終わってしまうほどに強烈なものなのだろうが。
「欺いている……?」
何を。誰を。どうやって。どこで。いつ。どのように。それらすべてがわからない。完璧にお手上げだった。
「……というかこれ、本当にヒントなんですか?」
悪態のように呟く。悪魔に聞こえていたらそれはそれで面白くない展開になりそうだったが、呟いてしまった以上、気にしても遅い。仕方なく何かを待つが、それで何かが変わるということもない。
いや。気づいて、それを否定する。
さっきから、不自然に彼女が黙り込んでいる。心なしか、表情が険しいように思えた。何か、考えたくないことを考えているようにも見える。
「……どうかしたんですか?」
「いや……何でこのタイミングでヒントを送ってきたのかと思ってさ」
「……暇だったから、じゃあないんですか?」
「まあ、そうなんだけどさ。殺されたくないから必死こいてわたしたちが逃げてるのに、暇っていうのもどうかと思うわけだよ」
一つため息。そのまま彼女は天井を見上げて、他人事のように言ってきた。
「ホラー映画の醍醐味だって、ゾンビじゃなくて怯えてる人間なのにさ。暇って事はアレだ、わたしたちが役者じゃ退屈ってことかもね」
「……いや、別にこれ、ホラー映画ってわけじゃないと思うんですけど」
「似たようなものでしょ。少なくとも、悪魔にとっては」
そこでまたため息。
「わたしたちは、姿の見えない殺人鬼から逃げている。死に怯えていると言ってもいいね。で、これはゲームだ。なら、最低でも悪魔が楽しめるものじゃないとならない……悪趣味だよね、どうにもさ」
「だから悪魔なんでしょう?」
素直にそう言うと、彼女は苦笑したようだった。
「まあ、そりゃそうだ。じゃなきゃ悪魔なんて名前もつかないだろうしね……」
天井から視線を下ろし、彼女はそのまま肩をすくめる。どちらにしろそれで話すことは終わりだったのか、彼女は手振りで進もうと合図を送ってくる。それに頷くと、彼女はすぐに歩き始めた。その後を追いつつ、問いかける。
「……ところで、どこに行こうとしてるんですか?」
それはさっきからの疑問でもあった。当初は職員室にマスターキーを取りに行ったのだ。隠れるための選択肢を広げておくために。だが、そのマスターキーももうない。この時間帯で鍵のかかってない場所などないだろう――本来なら、教室も閉ざされているはずだが。きっと教室は例外なのだろう。
だとすると、全ての場所が施錠されていることになる。今いる別棟のほうなど特に絶望的だった。なら、教室に向かおうとしているのだろうか。
問いかけに彼女は、振り向くことなく答えてきた。
「んー。とりあえず、一階には用はないね。保健室と美術室と事務室には興味ない。入れないのは知ってるし。用事があるのは二階かな」
「二階?」
二階にある部屋といえば、音楽室と視聴覚室と図書館と放送室くらいである。別棟に三階はない。なら、その四つのいずれかに用があるということなのだろう。その中で隠れられそうな場所と問われると、首を捻るしかなかったが。今の彼女の言い方から考えれば、きっと入れる部屋は全て把握しているのだろう。
「ところでさ」
と。突然彼女は問いかけてきた。特にどうというわけでもない、いつでもありそうな、日常的な質問。
「君って、時計嫌いだったりする?」
「……時計?」
何故時計がここで出てくるのか。そもそもそれが何の意味を持つ質問なのか。意味のある質問だとは思えなかったが、とりあえず遥香は怪訝を浮かべつつ答えた。
「……いえ、特に問題はありませんけど」
「のっぽじゃないけどうるさい古時計も?」
「たぶん……というかそれ、何の意味を持つ質問なんですか?」
「いや、君の答えからすれば、特に意味はないね。嫌いだって言われたらさすがに困り果てるって意味があったけど」
「はあ」
意味がわからず、ただそう曖昧な相槌を打つ。それに満足したのかは定かではないが、彼女は何度か頷いたようだった。
その光景を見ながら、ふと遥香は思う。
死に怯える人間を見て、悪魔が楽しむというのなら。
彼女の存在は、悪魔にとってこの上ないイレギュラーなのではないのかと。
――そしてまた、どこかで誰かの悲鳴が上がる。