ゆっくりと地面を一歩一歩踏みしめながら佑美は歩いていた。二人から見えるのは、佑美の横顔だけだったが、その表情はどことなく気怠そうで、つまらなさそうな顔をしていた。
先程の銃声が佑美だったなら、誰かを殺したのだろうか、里奈はその真相が知りたかった。もう片方の手に持っているバッグを観察する。目を凝らしてよく見ると、バッグに赤い何かが付着していた。
「血……?」
思わず声にだしてしまった。みなみが人差し指を口許に当てて「しーっ」と口の動きだけで示した。里奈は慌てて自身の口を塞ぐ。視線を外に戻すと、佑美は後ろ姿をこちらへ向けていた。
遠ざかろうとする背中をしばし眺め見る。心臓は先程から大きく鼓動し、里奈の思考はバッグの血のことで頭が一杯になっていた。
あれは何だったのだろうか、佑美に怪我は無さそうだったのに何故血が付着していたのか。考えれば考える程、答えが一つに絞られていく。
佑美は誰かを殺したのではないか?
その答えを出した時、遠ざかっていた背中が、くるりと回転してこちらを向いた。
二百メートル先にいる佑美と視線が合った気がして、二人は思わず窓から頭を下げる形を取った。
そのまま四つん這いの姿のまま、里奈が自身のバッグを掴み、中の銃を右手に持った。みなみもまたバッグを抱え、二人は出入り口の商店側へと急ぐ。
「見た?」里奈が問う。「こっち見て笑った!」みなみが答える。二人の口ぶりが早くなる、急いで靴を履き、大きく開けられたお店の入り口へと向かう。
そっと顔だけを出して辺りを窺ってから、みなみに合図を出した。壁伝いに外へと出る。
「きゃあっ!」
里奈が振り返ると、下方に腰を抜かしたみなみが尻餅をついていて、その後方には佑美が笑顔で佇んでいた。
「二人とも、どうしたの?」
佑美がいつもの笑顔で問い掛ける。口を開けたまま里奈はその問い掛けに何も答えられなかった。視線だけを動かし観察する。よく見ると、佑美の服には赤い斑点模様が散りばめられていた。
「みなみ、そんなとこに座ってるとお尻汚れちゃうよ」
固まったまま何も言わない里奈を無視して、佑美がみなみを立ち上がらせようとしゃがむ。その動作を目で追いながら、里奈は思わず声を荒げた。
「触んないで!」
みなみを自身の側へと引き寄せる。佑美の目がきょとんと不思議そうに点になった。
「あ、ごめん。なんか悪いことした?」
「それ、なに? ……なんで血ぃ付いてんの?」
ゆっくりとみなみを抱き寄せて、里奈は疑問を投げ掛けた。佑美が自身の服を見て、「あぁ」と呟いた。
「これのことか。これはね、私の事を女の子扱いしなかった人がいてさ……」
表情が曇る、眉間に二本の筋を作り、鋭い目付きで地面を睨んでいるように見えた。
「むかつくよね? 守られたいのは私も同じなのに」
掌に爪が食い込む程に握られた拳が壁に叩きつけられた。どんっと言う音に二人が一瞬驚いた。
「こ、殺しちゃった……の?」
恐る恐る問う里奈に帰ってきた返答は、頷きだった。息を呑み込み、大きく深呼吸をする。
その返答に、これが夢ではないのかと里奈は目を閉じた。閉じた瞳からは抑えきれなかった涙が溢れ落ちる。
「だって、しょうがないじゃん。あの二人が悪いんだよ」
「しょうがなくないよ! しょうがないで、なんで殺しちゃうのぉ……」
言い訳なんて聞きたくなかった、いや、言い訳なんてして欲しくなかった。殺した事をすんなり認めた事に絶望し、その事実に言い訳をした事に愕然とした。涙でくしゃくしゃになった里奈が、自身の銃を佑美に向ける。
「どっか行って! 顔も見たくない!」
「生駒、それ、私に向けちゃったら、一緒だよ?」
「うるさいっ! 一緒じゃない! ウチは撃ってないもん、こ、ころ、殺してないもん!」
引き金に指は掛かっていたが、撃つ素振りが見えない事は分かっていた。自分がやった事を正当化したい佑美は、里奈の言葉は邪魔でしかない。
「だったら、死ぬ?」
マシンガンの銃口が里奈へ向けられる。今の佑美には正常な思考は働かない。
嗚咽で里奈の肩が上下に揺れ始めた時、佑美の体に野球ボール程の大きさの石が当たった。
「二人とも、逃げて!」
「生駒ちゃん、こっち!」
右方向の茂みの中から二つの顔が見えた。何かが放物線を描いて飛んでくる。それは再び佑美を目掛けていた、今度は頭に命中する。
よろめいた佑美と右方向の二人を交互に見て、里奈はみなみの手を引いて走り出した。
「早く、こっちこっち!」
その声に向かって全速力で走る。後方からは佑美の怒声が聞こえた。パパパパパパパと銃声が鳴る。
それは二人から大きく外れ、右斜め方向の木の葉を撃ち抜いただけだった。
茂みの中へダイブした里奈の手を握った一人が、そのまま走り出した。
二人の背中を見ながら、里奈は嬉しそうに名前を呼んだ。
「かずみん、まあや!」
高山一実と和田まあやの二人は、顔だけを振り返らせると、その声に笑顔で応えてくれた。