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C4と呼ばれる人たちは、人を殺すなら誰でもいいそうだ。自分の特性に合わせ、兎に角殺し、とことん育つ。忙しない生き方をするものだなぁ、なんて私は思う。何かに追われるように殺し続けるから、本当に警察とかそういうのに追われるようになるのだ。その点、きっと私は賢い。あの人たちとは違う。

私が殺したいのは、実の両親。殺したい理由は、「仕方なく」なのだ。本当に仕方なく、どうしようもなくあの人たちを愛しているから――したいのだ。

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「せんせー、締切覚えてます? もうぶっちぎりー、の私怒られっぱなしー、なのでそろそろ私という人間の死活問題にまで発展してきてるんですよ、聞いてます?」

知っている、知っているとも。確か二週間はブッチギってる筈だ。

「大体、昔っからせんせーの筆速は上がりませんよねぇ。せんせーの担当をこなした人、大成するか業界辞めるかどっちかじゃないですか。それだけ負担かけてるんですよ、私にも、編集部にも。そもそもトラブルが多い身なんですから、多少遅れるってのは分かりますけれど、だったら健在な時に努力してほしいもんだ、って編集長も言ってましたよ?」

うるさいなぁ。結果は出しているんだからいいじゃない。締め切りをブッチギった損害分はサクっと返す売上でしょ。もうぶっちゃけ一遍死んでみれば世界が広がるんじゃないだろうか? 言わないけれど、口が裂けても。

「聞いてるんですか、渡辺先生! 流石に今日は――」
「分かってる。今丁度書き上がったところよ。いつも悪いと編集長に伝えといて。あと、何度も言うけれど。煽り文、そろそろ何とかしてくれない? 知り合いにいちいちその件でつっつかれてるのよね。わたしの立場も無いんだよ」

静かに差し出されたフラッシュメモリを前に、担当である某氏は黙り込んでしまった。某、が名前なのではない。名前を忘れてしまって、思い出せないし思い出す必要も無いと判断したからだ。

「分かりました。ちゃんと伝えておきますよ。……受け入れられるかは保証しませんけど」

やがて、苦い顔のままに彼女が玄関から出ていくのを眺めると、深々とため息をひとつ。一仕事終えたことだし、軽くコーヒーでも飲んで寝るとしよう。

「って、コーヒー無いし、買いに行くのも……いいや、めんどくさい」

何せ、徹夜明けな上に先ほどまで脳をフル回転させて執筆していたのだ。加えて、行きつけの珈琲店の営業時間には二時間ほど早い。これでは諦めるほかはない。諦めて寝る。ふらふらとベッドへ向かうことにするが、その前にテレビを消さなければ、

『次のニュースです。昨晩の変死体について、警察はかねてから行方不明となっている私立高校の生徒の犯行と断定、手口からC4――』

よし、何も聞いていない。テレビも消したから問題ない。現場が当の珈琲店の近くであるだとか、通常通り寄せ餌がうんたらとか、そんなことを報道していたような気がするが全くもって気のせいだろう。心外にも程がある。だから寝ることにする。ぐっすりと、きっちりと寝ることにする。







「いやー、毎度ながらド派手にやったわねぇ。あんた、民間人への配慮とか無いでしょ」
「無理。効率よくダメージを与えようとしたらああなったんだもん。そもそもわたしが一度殺されたら制御利かないの知ってるでしょ?」

にべもなく言い放つわたしに、巡査部長殿は観念したように首を振る。既にトレーラーの機関部は消火されて久しいし、当の住民などにはちゃんと説明中だから問題はないと思うのだけれど、駄目だったろうか。まあ確かに、わたしの服は所々千切れているし、報道機関がいい感じに集まっている。倒れたC4は搬送済み。本来なら出血多量でお陀仏なのだろうけど、死なれると研究機関がやかましいので、男から断ち切った糸を止血に使って何とか首の皮一枚繋いでおいた。面倒な話である。

「そこを制御するのがあんたの役目でしょう? 最終的に被害が減ったとしても、こういうのの処理は余計に面倒なのよ。まあ、やることはやったんだし仕方ないわね。担当監察官として報告だけはしといたげる。あ、これ『今日の分』ね。大事に遣いなさい」

「気を付けて帰りなさいよー?」と手を振り見送る彼女を尻目に歩き出す。暫し進み、路地裏に隠れた所で壁にもたれかかる。げぇ、と吐き出した血塊を眺め、蠢くそれの生き汚さに呆れすら感じつつも、受け取ったタブレットを飲み込む。そこで漸く、銀髪が元の黒髪に戻ったが――それでも、体に残る異物感は変わらない。詮のない話ではある。あのC4を撃退した際に、フロントグリルやらエンジン部のガソリンやら、挙句アスファルトやらが体に取り込まれた状態なんだから、ヒトとして無事なわけがない。「寄せ餌」扱いされた翌日ともなれば、相当なペースで解毒剤その他を服用して、更に二日は寝込まないとならないという不便ぶりだ。


ふらふらと歩くそのその背後で、同化を諦めた血塊が崩れ落ちた。そこにわずかに金属片が残っていた、なんてのは流石に気付かなかったけれど。







水溜りが、一際大きく蠢いた。ざぱ、と波のようにゆらめいたそこから現れたのは、左腕。アスファルトを鷲掴みにしたそれを支点として、水溜りから這い出るのは、彼が先ほど轢き殺したはずの「わたし」だ。だけど、恐らくは色々と違うのだろう。まず、右腕がない。余程遠くへ飛ばされたのか、右腕部分の「収集」が追い付かないのだ。で、思いついたように引き抜いた髪なんかは、先ほどまでの黒ではなく、銀。ここまでいくと、相当なものを吸着しつつ再生してしまったみたいだね、わたしは。

まあ、いいけど。男が声を出せないでいるうちに、左腕を軽く回し、体勢を整える。

「安い手品だったね。同化してれば、見つからない。仮にどっかにぶつけても、多少痛むとはいえ這い出れば済む話だし。次から次に好き放題やるその手口、そろそろ見飽きたかな。ていうかわたしが迷惑なんだけど。こんなクソみたいな犯罪者の所為で慰謝料が国庫から出るし、わたしの報酬減るし、それじゃどうしようもないじゃない。ちゃちゃっと捌かれてね」
「手ン前ェ、さっきブッ潰した小娘じゃねぇか! 性懲りもなく這い出て来やがって、そんなに俺に殺されてェってか? お望み通り、俺の『進歩』の為に死ねやっ!」

男が吼える。間近にあった軽自動車に目をつけるや、左腕を伸ばす。細い糸と化した男の腕が、そちらへ向かうが――残念、わたしの「右腕」が戻ってくる方が、早い。

「嫌だ。だいたい、あなたたちC4なんてわたしの小遣い袋に過ぎないんだから、黙ってなさい」

男の背後から赤い水溜りは、乗用車へと伸びるその一部をばっさりと断ち切り、わたしの右腕があった部分に吸い込まれた。ぐにゃり、と一度大きく蠢くと、それは見事に元の形へと戻る。これで何とか五体満足。接合部も問題ない。だけど、それとは逆に、男の左上肢は、手首から先が糸となって散らばる無残な結果となった。当然、動脈出血真っ只中だ。

「ヒ、ぁ、あぁァ……た、すケ、助け……!」
「うるさいな。人を殺すなら、死ぬ覚悟ぐらい持ちなさい『進歩』なんてつまんない理由言い訳にしないで。要はあなたなんて」

ただの犯罪者だよ、と。喚く男の頭部へ、鋭い蹴りを叩き込んだ。







ズズン、とエンジンが爆ぜる。フロントグリルの脳漿は矢となってエンジンをぶち抜く。
タイヤは、染み付いたわたしの血に「噛みちぎられて」バースト。勿論、牽引部含めて全部だ。加えて牽引貨物との連結部は真っ二つ。前後半分が見事に反対方向にスピンし、近くの家の塀を豪快に破損、爆発。公共施設のゲートを粉砕。非常に残念ながら、いい気味だった。

「はヒっ、ハッ、あァ……!?」

公共施設に激突した貨物部分から男が這い出し、腹部を押さえて蹲る。口元からはだらしなく血を流し、今しがた自分に起きた不幸の形が何であるかを模索しているようだ。

男の外見は典型的な工事作業員然とした風貌である。若年の為髪は金に染め、ぎょろりとした眼窩と口元のパーツから、下卑た印象すら感じさせた。先ほどまでは満面の笑みでも浮かべていたであろうその顔は、驚愕に目を見開いて余裕すら感じない。

「何で、っ何でだ、何が起きたぁ!?」
「成程。『亡霊』というくらいだからなかなか凝った趣向なんだって期待したけど、まあそんなもんか。あれだけ派手に吹っ飛ばされて生きてるなんて丈夫ですねぇ?」

突如、男の眼前で声が響く。正対しているはずの相手が、見えない。その事態に精一杯驚いていることだろうが、それと同時に、

爆炎に照らされたアスファルト、

そこにある違和感に気づくことだろう。


それは、まさしく水溜りだ。鈍い赤の、畳一枚程度に広がったそれは、絶えず蠢き、形を変える。声の発生源がそこだと言われれば、男は驚くだろうか。

「不死の躰」だと人は言うが、そんなご大層なモノじゃない。精神が肉体に依存せず、不定形な状態になっても再生する能力、と言えば聞こえはいいだろうけど、要は肉体がどうなっても死ねない上に、痛みは感じるわ便利に殺されまくるわ、いいことなんて一つもない。ただ、犯罪者足り得ない、むしろ「被害者」に特化した特性だったために、こうやってC3として生かされているだけなのだ。脳が潰れようが心臓が裂けようがお構いなし。精神は精神としてちゃんと機能するんだから、自分で自分が分からない。








正確には『悪意の萌芽』と呼ばれるその出来事の海外の反応は、「やっぱりジャップはクレイジーだったぜ」、ということらしい。それもそうだ。日本のみで起きた特殊性犯罪者の同時多発的な発生、その全てが殺人を伴うものであり、犯罪者自身にも人らしからぬ特徴を持つようになっていく。後に、「FM(フェイタル・マーダー)因子」と呼ばれる犯罪者の増加要因は、当然のように日本人にしか存在しなかったのだ。いや、事態はそれ以上に深刻である。「FM因子は日本人すべてに存在していたのだ」。


そうなってしまったらもう、日本人そのものの地位が脅かされるようになる、かというとそんなに世界というのは単純ではなかったようで。FM因子の発見が「萌芽」から一ヶ月として、特性の研究に費やされたのがたった半年。世界情勢を安定化させるには割と優秀な値だったのではなかろうか。


FM因子の濃度は、九割がた固定不可分。濃度により分類化すれば、社会的混乱も少なくなる。そんな見解が為されたわけで、その濃度数値は「MC(マーダーケース)」と呼ばれ、一斉調査が始まったわけである。

因みに、一般人としてまともな生活を保障されるのがC2まで。C3ともなれば何が起きても可笑しくはないってことで、四~五人に一人の割合で「特別監察官」なるものが付けられる。斯く言うわたしもC3に該当するわけで、監査官は当然のように、小嶋陽菜巡査部長殿である。

必要以上にわたしに付き纏う理由は一つ存在する。


『寄せ餌』、とコメンテーターが揶揄したそれは、正確なネーミングがあるが割愛する。ともあれ、C4やらC5に属する「致命的犯罪特性員」の間でまことしやかに囁かれる「自分より下のランク、とりわけC3を殺害することで自分の犯罪者としての格が上がる」という迷信を逆利用した形となる。主に、寄せ餌の多くはいたいけなC3であり、捕獲を実行するのは警官たちなのだが、如何せん相手はバケモノじみた犯罪者たちだ。寄せ餌となったC3各位はもとより、捜査官たちまでまとめて殺害されてしまったりするわけだ。


さて。そんな状況にわたしが放り込まれて今日に至るかといえば、全てはその五年前、「萌芽」当日のこと。後に「圧踏者(スタンプレイヤー)」と呼ばれるC4罹患者にわたしが襲撃され、いろいろあってそれを撃退してしまったわたしを偶然にも目撃したのが警察のみなさんで、それはもうわたしまで犯罪者扱いで捕まって検査の嵐に放り込まれ(血液検査は結局出来なかったけれど)、分類化でC3認定されるまで相当な不自由を強いられたものである。

それで終わりになればいいものを、『彼女の特性はC4に対して鬼札になる。とっとと法整備して彼女を致命的犯罪者の検挙に利用しましょう』だなんてハナシになっちゃったことで、犠牲になった寄せ餌の皆さんには申し訳ないのだけど――寄せ餌第一号はこうして元気に生きています。

「っていうか。このネーミングはどうなのよ? 余りにありきたりすぎて笑えないんだけど?」
「知らないわよぅ。マスメディアも量産されすぎてネーミングが面倒くさくなったんじゃない? 『圧踏者』とかはまだ許せたのにねぇ」
「まぁ、別に構わないんだけどさ、わたしじゃないし。ところで、今回の作戦は?」
「何時も通りよ? まゆゆに誘導してどかーん、まゆゆがばしーん。完璧でしょ?」
「いやいや、違うでしょそれ。完璧どころか穴だらけ。主にわたしの人権が」
「と言ってもねえ。貴女とぶつけないと運転手すら引っ張り出せなし。今まで使われた大型車、全部勝手に動いて勝手にぶつかって止まった、みたいな感じで。遠隔操作でもないみたいだし。そんなわけだから」

取り敢えず死んでくれる? と。屈託のない笑顔が眩しいが、言ってることは滅茶苦茶だ。そんな訳で、彼女に今年百八十六回目(推定)の殺意を抱きつつも、その程度でわたしがC4になってしまうかっていうととそんな訳がなく。

「報酬は?」
「野暮ねー。何時も通りよ何時も通り。危険手当弾むってさー?」
「死亡手当の間違いじゃないの……」

唯々諾々と従う自分がいましたとさ、ちゃんちゃん。



で、只今その犯人はわたしを轢き殺し絶賛逃走中。いや、逃走だなんて思っていない。次の獲物を探すために一生懸命、トレーラーを文字通り手足にして探している。うざったいくらいの奇声を警笛に変えて、次の獲物をよこせと駆けずり回る。運転席に居ない理由も、これですっきりはっきりってことだ。

真っ赤なフロントグリルの一部となってしまった脳漿も、置き去りにされた頭蓋も、わたしの一部でしかない。ミンチなわたしが何故こうやって思考を繰ってるかって、当然ながら「死んでないから」。「心の在りかは脳じゃないから」。流石にこうも滅茶苦茶なのは困るけど、大した問題じゃない。さぁ、今日も生き返ろう。