アイスの天ぷらがあるなら、チョコだってありだろう。

単純な思いつきだった。

アイスと同じ天ぷらというのも芸がないから、パン粉をまぶして揚げてしまおう。

暇というものは、しなくてもいいことをするためにあるようなもので、いつもは料理に手間暇をかけないつもりが、妙な新作の試行錯誤で一日を潰してしまった。

その妙な新作は、さんざん油の匂いを嗅いだために気分をわるくした当の彼女の口に入ることはなかった。

そのまま楽屋に持ち込まれて、部屋の空気を固めて終わる。

責任転嫁だと自覚しながらも、きっかけとなった優子を恨めしげにみやって、みなみは長々とため息をついた。

(どうしよう、これ)

みなみと妙な新作を残し、三々五々散ってしまったメンバーにむくれつつ、休日明けで冴えない思考を必死に回してみる。

食べられるものかどうかわからない、という重大な問題よりも、残したらもったいないじゃないかという考えが大方を占めて、半分罪悪感にさいなまれながら「揚げチョコ」を廊下のわきにあるテーブルに置いた。

(きっとだれかが食べてくれる。……かもしれない)

一縷の希みを託して、とりあえずその場からは逃げることにした。

収録が終わったときにひとつでも減っていれば、それでみなみは報われる。チョコとともに衣に包まれているオフ一日分の努力を、ひとりくらいは認めてくれてもいいと思った。








普段やらない『チョコ作り』をして、みなみが差し入れたそれはメンバーの不評を買った。

休日の手持ち無沙汰に、目新しいものを作ってみようと思い立ったことが裏目に出たらしい。

「たかみな、つかぬことを聞くけど、これ、ナニ?」

確認することがある意味おそろしい、そう言わんばかりの表情で優子が尋ねる。

「いや、あのー、チョコなんだけども」

答える側も、じつは相当困惑している。自信を持って作り始めたものの、できあがりに近付くにつれ味見すらしようという気も起きなくなった。作った当人がそういった態なので、当然他の人間がすんなりと手を出してくれるはずもなく、たがいに顔を強張らせながらみなみ作の差し入れを囲んでいる。

「ごめん、たかみな、私、これ、チョコにみえない」

優子が眉を寄せてつぶやくと、乾いた笑いを小さく放ってから、みなみはうなだれた。

「だよねえ。わたしもそう思う」








「あっちゃんからのハート、確かにいただいたぜ」

ふざけているとは分かっていたものの、その言葉にすこし照れた。そうして渡せず終いの残り二つは敦子の家の納戸におさまることになる。


年の暮れにはじまり二月十四日に向けた彼女たちの作戦は、年の明けるころにはうやむやになり、ライブのリハーサルにまぎれてバレンタインすら消えた。

「鬼がわらった」そうみなみは言って、すっかり振り回されてしまった敦子とともに肩をすくめた。

「レシピも、つくったんだけどな」

棚に並んだハートをながめて、回想に苦笑いする。

三つのハートと買い置いてあった板チョコを持って、納戸の扉は足で閉めた。

深夜のおやつ作りは手早くしなければ気付かないうちに朝になる。

以前おかした失敗を反省しながら、敦子は手際よく作業にとりかかった。

今まで使わなかったことを詫びるように、遥香たちの型抜きでチョコを混ぜたクッキーの生地をくり抜く。

適当につくっているつもりだったのだが、できあがった数を数えると三十二個あって、おもわず手を止めた。

「………」

ひとつつまんで口に放り込む。

乾いた口のなかでそれはずいぶん食べにくかったが、残りが十六の倍数でなくなったことになぜかほっとした。








もう二年ほど以前になるだろうか、

「あっちゃん、あのさ」

と、ことさら思いつめた顔をして仲川遥香が敦子に神妙な顔つきでお願いをしてきたのは、その年も暮れの慌ただしい時期だった。

「チョコの作り方、おしえて」

なにぶん特番やらライブやらの段取りに忙しない時だったので、一瞬それがなにを意味するのか分からなかった。

ぽかんと間抜けた顔をさらしていると、身ぶり手ぶりをまじえて遥香は、

「二月十四日」までに覚えたいのだと訴えてくる。

バレンタイン、という製菓会社の思惑をそのまま反映したような日は、楽しんでこそ甲斐がある。

少なくとも敦子はそう思っている。なにより台所に立つことがたのしい。新しく挑戦した料理が好評なら、さらにうれしい。

だから敦子にとって、二月十四日はチョコ菓子作りの腕を披露する絶好の機会だった。

その腕を期待されての申し出だから、もちろんわるい気はしない。

ふたつ返事で引き受けると、遥香はげんこつでハイタッチをした。

「よし、これでかんぺっき!」
「?」

完璧という単語の意味をはかりかねて、首をかしげると、

「たかみなとあっちゃんカクホ!」

確保という意味をまだ十分に理解していなさそうな幼い顔をして、目の前の彼女は大きな声を出した。

『チョコ大作戦』と題された企画のもと、遥香がみなみの手を引き高城亜樹が敦子の腕をとって、翌日収録の合間に街へ出た。

作戦と銘打ったはいいもののなんら計画性はなく、ただぶらぶらと無為に昼のさかりのアスファルトを歩く。

その途中、かわいいからという理由で立ち寄った雑貨屋で、在庫処分か割り引き札がちらほら目についた。

そのうちのひとつに遥香の眸がきらめく。

「四コ二百円」


売られていたのはアルミ製の型抜きで、花や星をかたどったものが籐のかごの中にどっさりと入っている。なかなか手ごろな値段でもあったので、四人は好きな形を選んで「せーの」と見せ合い、とたんそろって吹き出した。

それぞれの手には銀色のハートが乗っていて、それぞれの顔はおかしさにくずれている。

「なんで、みんなベタなの選ぶのー?」

敦子が驚きあきれて声をあげると、

「そういうあっちゃんだって、おんなじじゃん」
「だって、あんまりさぁ狙ってるから、今まで買わないでいたんだよ」
「でもみんな同じじゃ、リバエーションがないよ」
「はるごん、バリエーションバリエーション」
「いいじゃん、もう、みんなハートで」

それぞれがとりとめもなくわめいた後、結局ハートが四つ、紙袋におさまった。

それは帰りまで敦子があずかることにして、四人の短い休憩は終わる。

ただ失念していたことに、仕事の終了がそれぞれまちまちだったため、みなみにしか手渡すことができなかった。







『チョコ、おいしかったよ。あと、あっちゃんの映画ぜったい見にいくからね』

深夜届いたメールで、はじめて自分の贈ったものがチョコレートだったことを知り、同時に無性に自分も食べたくなって部屋を出た。

階段につけられている窓からは、灯りの消えた町が見える。

ふと立ち止まった敦子は先刻見失った月を探してみたが、すっかりかたむいてしまったらしく、みつけることはできなかった。

時間が時間だから、西につらなる屋根のむこうに、もう沈んでしまったのかもしれない。

「ざんねんだあねー」

何が残念なのか敦子自身にもよくわからなかったが、つぶやいてから窓へと手をかざした。

そしてなぜか語尾をおかしくしてしまった我が身の他愛なさに、ひとりで肩をふるわせる。

「たかみなでも、だあねーなんて言わないよねえ」

敦子は独り言は多いほうだと自覚している。

あらためて考えると、自分の発した語尾をことさら照れて弁明している姿は、ずいぶん滑稽だった。しかも弁明する相手は階段と窓くらいしかない。

「もう、全部たかみなのせいだよ」

当人が聞いたら冤罪だと驚くだろう理由(敦子にとってはたいへん正当な事情ではある)で一連の弁解を締めくくると、敦子は鼻歌を歌いながら食料の貯えてある納戸へと向かった。

そこには調理道具も一式そろっていて、適当なものを見繕おうと箱の中をあさる。

なにか目新しい道具を見つけるたび、使い道も考えずに買ってきてしまうため、箱の中はありとあらゆる道具がラッシュアワーよろしくひしめき合っている。

その中からハート型の型抜きをみつけて、おもわず笑みをこぼした。

「あー、これ、三つあるんだよね」

一、二、三と底の方から取り出して、棚の隅に並べてみる。

形も素材もすべて同じで、実のところ、だぶっている二つは敦子のものではない。

それはメンバーからの預かりもので、連れだって買いに行ったはいいが使うこともなく眠らせていた。