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 益田祐美子さん
 
  戦争中、関東軍が満州のハルピン郊外でやっていた大掛かりな生体実験の話は有名だが、この「731石井部隊」がやっていたことやそこで起こった事件を基にした小説を近くわが社から出す予定だ。その小説の映画化の企画も進行している。731部隊の生き残りの軍人・軍属に取材した貴重な体験を持つ下里正樹氏がその筆者で、この2ヶ月ほど、下里氏と原稿作成を進めている。恐ろしく非人道的な世界に放り込まれたまともな感覚をもつ人々の苦難を描く迫力のある話だ。刊行時期がきたら、また書きたい。
 その前に、もう一冊、刊行を予定しているのが、映画プロデューサー益田祐美子さんの本である。いま、編集段階に入っていて、5月上旬には出せると思う。
  主婦だった益田さんは、40歳のとき、映画を作りたいと夢見た。故郷の飛騨高山の祭屋台の復元に、イランのペルシャ絨毯を使うことになったことから生まれるイラン人と日本人の交流を描いた日本・イラン合作映画である。億に近いお金を一人で集め、地元の岐阜県の政財界はもちろん、イラン政府まで動かし、すったもんだの末に映画は完成。国際的な賞まで獲得し、東京国際映画祭にまで出品された。その後も次々と映画を作り、そのたびに彼女は話題を作り続けてきた。
 その行動力には、眼を見張るものがあるが、なにより驚くのが、プロデューサーらしからぬ彼女の物腰と風貌である。世間知らずのどこぞの美しい奥さまという印象を多くの人が持つに違いない。3年ほど前、『李芸』という朝鮮通信使の映画を作っていた頃からのお付き合いだが、この人がほんとに、そんなすご腕なのか? いまでも信じられない。確か『李芸』のときも、世界企業サムスンの会長李昌烈氏の支援を取り付けていた。当たりが柔らかく、小さな声でとろとろ可愛いらしくしゃべるし、話が飛ぶところなどは、本人も言うとおり、天然ボケ、という感じなのだ。
 先日、最新作の『サンマとカタール』というドキュメンタリー映画の完成披露試写会が有楽町の朝日ホールで行われた。被災地の宮城県女川町が中東のカタールの支援で復興していく様子を描くドキュメンタリー映画だ。5月には公開される。
 当日、在日カタール大使、10名を超す衆議院議員、ほとんどの大手商社を初めとする数十名のスポンサー代表、地元女川の関係者などなどで朝日ホールはあふれかえっていた。その前の週に女川町で行われた試写会には安倍首相も出席していた。まあ、いつもながら彼女の手腕には驚かされる。
 今度出す本には、処女作の『風の絨毯』から最新作『サンマとカタール』まで、彼女が作ってきた映画の製作裏話しが綴られている。原稿を読んでいてつい引き込まれるのは、毎回のごとく、製作の過程で波乱が起きるところだ。やれ、お金が足りなくなった、監督がゴネて納期が間に合わなくなった、スポンサーが怒って降りると言い出した・・・・読者はいつもハラハラドキドキさせられるのだが、なぜか、必ず救いの手が現れ、最後には大団円で映画は完成する。興行的にも成功し、ほとんどが、「終わりよければ・・・・」となる。なぜなのか、不思議でならない。
 新潮社の時代から私も、出版業界でのパイオニアといわれるくらい映像製作に携わってきたから、映像の現場にはよく問題が起きることは知っているが、こんなにいつも波乱が起き、またそれが魔法の杖が振られたように解決してゆく話を聞いたことがない。ほんとうに不思議だ。
 映画づくりの現場は伝統的に男たちの世界で、どちらかといえば猛者の多い仕事場だ。そんな仕事場に、なぜか美しい鶴がふんわり迷い込んできて、男たちの調子がすっかり狂ってしまうのかもしれない。
 彼女に会っていると、そもそも、プロデューサーとはどんな仕事なのか、どんな能力を必要とされるのか、考えてしまう。・・・・答えは間もなく刊行される本を読んでいただければわかるが、見るからに剛腕、辣腕という顔をした人が必ずしもプロデューサーなのではないということ、そして、女性のもつしなやかさは、実は様々な場面で強い強い武器になるということがわかるのだ。