ウイーンから帰ったオペラ歌手甲斐栄次郎さん | 編集長ブログ

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甲斐栄次郎さんから連絡があった。3月23日に「甲斐栄次郎 オペラへの道」というコンサートとトークのイベントをするという。ご招待を頂いたが、私の会社から出した甲斐さんの本を会場で売りたいという。
写真集「ライカで綴る古都ウイーン」を出したのは、一昨年の秋だった。甲斐さんの本職はバリトン歌手。甲斐さんのようにウイーンの国立歌劇場で10年間も専属ソリストとして歌った日本人はまだいない。300回以上もウイーンのオペラ座のステージに立ち、42役を演じたのだから凄い。いつもの共演者が、世界のテノ―ルのドミンゴだったり、ソプラノの最高峰といわれるグルベロ―ヴァだったりするのだから驚く。「先週、グルベローヴァさんと共演したんですよ。彼女の人気はやはりウイーンでもすごい。カーテンコールが20分も続いたんですよ」そんな話がさらっと、甲斐さんの口から出るのだ。
本の打ち合わせのため、一時帰国する度にお会いし、食事したりお酒を飲んだりもした。コンサートの楽屋にも何度か伺った。ステージを降りた素顔の甲斐さんは、実に地味で飾らない人だ。名声があっても、おごったところがない。
3年前、東京文化会館の50周年オペラ「古事記」で主役のイザナギ役にウイーンから招聘されて歌った舞台が忘れられない。日本のオペラ歌手たちも実力派がそろっていたけれど、甲斐さんは一人、声量も迫力も他の出演者たちと違っていた。その時も楽屋でお会いすると、いま見たばかりのイザナギではない、普段の甲斐さんがいた。
写真集は評判になった。初めに写真を見た時、玄人はだしの写真だと思い、オペラ歌手としてのウイーンでの生活もエッセイとして描いてもらうことにして、刊行をお引き受けした。私が昔、ウイーンでお世話になった深山さんのご紹介で始まったお付き合いである。
歌う才能とカメラの才能、どこでリンクするのかというテーマが私にはずっとあった。オペラ歌手らしいオペラ歌手と言えば、たとえば、藤原歌劇団をつくった藤原義江というような人が思い浮かぶ。昔の人だが、その伝説を知る人は多い。おおらかであまり細かいことにこだわらない感じのお方。しかし、甲斐さんは緻密な頭脳をもっていて、細かなことがきちんとできる人だ。ライカの話をしていると、この人は理科系の頭の人ではないかと思えてくる。音楽家でも、例えばウイーン・フィルのバイオリの現役で天才的なライナー・キュッヒルさん(彼は20歳でウイーン・フィルのコンサ―トマスターになっている。あだ名は「教授」)なんかを見ていると、緻密な頭脳の持ち主だと感じることがある。音楽家の場合、右脳だけが発達しているわけではないのか・・・・。
甲斐さんは去年の夏、子供たちの教育のことを考えて、活動の本拠をウイーンから日本に移した。帰国後の活躍はすでに始まっている。間違いなくこれからの日本のオペラ界を牽引してゆく人だと思う。
今年のお正月、NHKでやっていたウイーンのニューイヤコンサ―トの中継番組のゲストは甲斐さんだった。甲斐さんの写真集をデザインした私の会社の社員がテレビを見ていて、驚いて私にメールしてきた。私もあわててテレビのスイッチを入れたのだった。