円空破れ笠、満月に哭く鬼面、 | 美術家 村岡信明 

美術家 村岡信明 

漂漂として 漠として  遠い異国で過ごす 孤独な時の流れ
これを 私は旅漂と呼んでいる

円空れ笠、191

満月に哭く鬼面

~~~~ 新 男鹿半島 物語 ~~~~

 昔、男鹿半島に、オルガと呼ばれる面打ちの匠がいた。オルガはいつも本山の山中で黙々と鬼面を打ちつづけていた。

 仕事場の窓から、ときどきオルガの歌声が流れていた。里人が知らない歌なので、何の歌かと訊ねると、オルガは「子供の頃よく母が歌っていた歌です」。と答えていた。遠い異国の歌のようでもあった。

ある日、里人たちが鬼面を借りて被ると、面の中で不思議な音が共鳴していた。海鳴りの音でもあり、草原を吹き抜ける風の音にも聞こえた。

Ψ

オルガには奇妙な行動があった。海が時化(しけ)で幾日も荒れると、自分の打った黒い鬼面をかぶって入道崎の先端に立って、両手を振りかざしながら一心に呪文を唱えていた。そのあと鬼面を打ち寄せる波涛に投げ入れた。

鬼面をかぶり呪文を唱えるオルガの姿は、吹雪の中に幻のように浮んでいた。沖にはごうごうと天に昇りゆく竜巻が幾条も渦巻いていた。

その姿を見た里人たちには、荒れるわだつみ(海神)を鎮める鬼神に映った。いつの頃か、だれ言うとなくここをオルガの岬と呼んでいた。

Ψ

 オルガにはもうひとつ不思議な行動があった。満月の夜になると赤い鬼面をかぶって入道崎の断崖の上に立ち、遠い沖をいつまでも見つめていた。満月が水平線に没すると、オルガの慟哭(どうこく)は遠くまで聞こえていた。鬼面も涙で濡れていた。

 ある年のある夜、満月が水平線にかかる時、黒い日本海の海面に満月を反射してきらめく一条の光の上を、沖に向って歩いて行く鬼神の姿を見た者がいた。  その頃、中央アジアの草原では東の空に満月が昇りはじめていた。

 

本山からオルガが忽然と消えた。仕事場には赤い満月の面と黒い新月の面、一対の鬼面が残されていた。

村 岡 信 明 創作

                 

20171214、(木)、村 岡 信 明