人生論ノート、018・比佐、女房の手紙 | 美術家 村岡信明 

美術家 村岡信明 

漂漂として 漠として  遠い異国で過ごす 孤独な時の流れ
これを 私は旅漂と呼んでいる

人生論ノート、018・水力発電所建設現場、その2

比佐(ひさ)、女房の手紙

                              ❜

朝から暗いライザー管(垂直隧道)の仕事場

猿も、むじなも、イノシシも走る深山の中

現場正面に掛けられた大看板

大手企業の社名が黒々と書いてある

現場で働く期間雇用の男たち

毎朝 飯場から山道を登ってくる

                              ❜

ダダダダダダダダダダダダ ・・・・・・・

鼓膜を裂く エアーハンマーの打撃音

鏨(たがね)が外れて宙を切る

ライザー管の中に取り付けられた

鉄筋の足場スパイダー(蜘蛛の巣)

その上で働く職人たち

                              ❜

この中に場違いな男、比佐がいた

比佐の仕事は“やとい”=雑役夫

職人たちが帰った後 やといの男達は

腰を曲げて現場を片付けていく

相棒が、お前何処から来たんだと訊ねると

「遠い南の島」それ以上は答えなかった

                              ❜

飯場に帰るとタタミ一畳が縄張りのわが家

棚床の下から一升瓶を取り出して食堂へ

場板を並べた食卓、湯のみ茶碗に冷酒をつぎ

ゴクッ!と一気に呑み込む

オイッ、飲めよ!相棒が突きだす一升瓶

比佐は「飲めないんだ」 と手を振った

                              ❜

飯場の賄いのかあちゃんが比佐に手紙を持ってきて

「最近よく来るネ」 七日遅れで届く深山の手紙

雨に濡れてインクの滲んだ女房の名

相棒が 「金送れ、か」と,酔ったろれつを浴びせる

比佐は黙って握り ゴットン(仕事着)のポケットへ

表情のないうつろな顔が通り過ぎて行く

                              ❜

つぎの日、ライザー管の中一人の男がでっこ(落下)した

下段のスパイダーにぶつかりながら落ちていった

若い現場監督が駆けてきた

ダダダダダダダダダダダダ ・・・・・・・

はつりの音がライザー管のなかで吠え立てる

電気溶接の靑白い閃光が死の影を追う

                              ❜

深山に冬が忍び寄る 飯場と孤独

秋霖に沈む夜 男達は黙って冷酒に酔う

比佐が焼酎を飲んでいた

相棒がおどろいて お前飲めるのか

焼酎ならな!

色黒い腕に盛り上がった筋肉を撫でながら

                              ❜

俺は二十年漁船に乗っていたんだ

もう 俺の島で漁師は食えなくなった

内地なら食えるだろう、と出てきたが

比佐が ぼつぼつ 語りだした

おい!飲めよ!相棒の茶碗に注ぐ焼酎

風が強まり 飯場の窓が泣きだした

                              ❜

相棒の前に女房からの手紙をひろげた

~~~~ 寝たきりになって もう 起きれない

子供は泣いてばかり

はやく帰ってきて下さい ~~~~

数枚重なる便箋 どれも同じ文面だった

「明日、俺、島に帰る」。比佐の顏が急に明るくなった

                              ❜

底なし沼に生きる男達、失業・老後・不安に怯える

貧困の底にあえぐ家族たち、未来を踏み潰される子供たち

飽食・暖衣・恵まれた日本の裏側に、忘れられた人間がいる

                              ❜

詩に出てくる比佐は仮名・架空です。同名の人とは関係ありません。



~~~~~~~~ みんなせになろうよ!~~~~~~~~

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2016610、(金)、phot by MURAOKA Nobuaki、撮影・村 岡 信 明