満月の森の物語 | 美術家 村岡信明 

美術家 村岡信明 

漂漂として 漠として  遠い異国で過ごす 孤独な時の流れ
これを 私は旅漂と呼んでいる

満月の森の物語



モスクワの北東部に黄金の輪(ザラトーエカリッツオー)と呼ばれている古都群がある。線でつなぐと輪になるので通称そう呼ばれている。日本風に言えば、伊勢・奈良・京都巡りと言ったところで、ロシアの古都巡礼の旅である。急いで回っても一週間はかかる。

友人たちと三人で黄金の輪。最北の古都ヤロスラブリへ旅にでた。

早朝のモスクワを発って郊外に出ると深い森が続いていた。3時間ほど行った森の中に一軒家があった。その家の前の広場に車を止めた。

父親と息子だろうか広場には二人の男が待っていた。友人に紹介されたボリスは大柄で屈強な男だった。

“戦争中は狙撃兵として戦っていた。子供の時から狩猟を日常の仕事としていたので猟銃は体の一部になっていた”

これが彼の挨拶だった。家の中に案内されると奥さんが出てきて

「さあ、どうぞ、ちょうど料理ができたところです」

気さくな奥さんだった。テーブルの上には沢山の料理が並べられていた。

「パンにこの蜂蜜を塗って食べて下さい」

焼き立ての黒パンと大きな陶器の入れ物が出された。スプーンで蜂蜜をすくってパンの上にのせると、蜂が数匹入っていた。“えっつ!”と驚いて奥さんの顔を見た。

「それが美味しんだよ、森に行っていつも食べるだけ取って来るんだよ、森の中ではほとんど自給自足の生活です」

ロシア料理はたいてい知っていたが。ここでは初めて食べる料理ばかりで、森の自然食、と言った料理だった。

「晩ごはんは肉料理にしようか、兎から熊まで、好きな肉を言ってください、何でもあるよ」と笑っていた。

冗談のような、でも、ほんとうかも、と聞いていた。

楽しく過ごした食事のあと、

「まだ狩猟は出来ないから、森の中を案内しましょう。鳥も獣もたくさんいます。自然の動物園です」

ボリスがそう言ってから立ち上がった。

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森の中では、素晴らしい出会いや、楽しいことが沢山あった。それは後日に書きましょう。

終日、森の中で過ごしたあと、帰りは真っ暗な森の中を通って行った時、タイガの梢を照らしながら、満月が昇り始めた。





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