お正月に花園神社に行く途中、久々に目撃しました。
太宗寺の銅造地蔵菩薩坐像。
江戸六地蔵の第三番(1712年)、、というのは前回の訪問で知っていたけど
富岡八幡宮にも江戸六地蔵のひとつがあったそうです。
廃仏毀釈で取り壊されましたが。
*江戸六地蔵=神田鍋町の鋳物師、太田駿河守藤原正儀が鋳造。
ちなみに江戸六地蔵の第五番は、以前書いた霊巌寺にあります。
松平定信の霊廟があるあのお寺。
さすがに太宗寺の地蔵様とうり二つ。
***以下2枚は霊巌寺***
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太宗寺のそのほかの目玉は、閻魔像。
だけど安置場所は暗くて、前回は顔を拝むことができず。
たまたま今回、外側にスイッチがあるのを発見。
灯りをつけられるようになっていました。
(イタリアの教会では、コインを入れると明かりがついて絵画や彫刻を見られるけど。
例えば、サンタ・マリア・デッラ・ヴィットーリア教会における聖テレジアの法悦とか。)
都内最大の閻魔大王像で、総高550㎝。
以下、解説版から抜粋:
子供のしつけのために参拝された。
安置されたのは1814年。
しかし度重なる火災で頭部のみが現存。あとは後世の作。
(1847年には泥酔者が閻魔像の目を取る事件があり、錦絵にもなった。)内藤新宿のお閻魔さん、として庶民の信仰を集めた。
こちらは明治3年に安置された奪衣婆像。
三途の川を渡る者から衣服をはぎ取り、罪の軽重を計ったとされる。
この像でも、右手には亡者からはぎとった衣が握られている。
「葬頭河の婆さん」と呼ばれ信仰された。
皴の入れ方、ぎょろ目、ハート形に大きく開いた口、渦巻く髪の毛、あばら骨、、
スポットライトのように顔に光が当たっているからなおのこと、鬼気迫る迫力。
内藤正勝の墓もあるんですね。これは気づかなかった。
1629年にこのお寺で内藤正勝の葬儀が営まれた模様。
(お墓の位置は区画整理で移動しているみたい。)
塩のかかり具合をチェック。
塩かけ地蔵尊。
痛みがあるところを地蔵に移しかえて、その部分に塩をかけて祈願します。
でも、塩まみれで患部がこの地蔵のどこに対応するか、わかりにくそう。
敷地面積はそれほど広くないけれど、
行くとなかなか楽しめるお寺です。