4日前のブログに、画家・小杉小二郎&勝新太郎さん&バルテュスのエピソードを
書いたところ、学生時代の友人からメールを受領。
「この人(小杉小二郎)って今、日経の陸奥宗光の挿絵描いてる人?」
>辻原登「陥穽(かんせい) 陸奥宗光の青春」
>小杉小二郎 画
まさにそうです。
そして2018年SOMPO美術館のクレパス展でも小杉氏の絵を私は見ていました。
といっても、いまあらためてそのときの資料を見て気づいたわけですが。
そのときの展覧会感想としてブログに記したのは、
俳優・寺田農さんの父上で洋画家の寺田政明さんの絵とか、
三岸節子さんの十八番、赤いクレパス画、舟越桂さんのスケッチなど。
三岸さんについては、こんなエピソードもありました:
三岸さんの絵は贋作などが結構出回っていたものの、ご本人がとても記憶力のいい方で、
晩年ご高齢にもかかわらず、自作のタイトルや年代をすべて把握していたので
真贋チェックがスムーズだったそうです。
話を日経新聞小説に戻してー
朝刊の小説画家とは別に、
夕刊小説「イン・ザ・メガチャージ」(朝井りょう氏著)の画を担当する
津上みゆきさんのことはいつも気になっていました。
というのも毎日抽象画で、これはいったい文章を読んで描いているのだろうか?と疑問だったから。
先にたくさん描き溜めして、まとめて朝井さんに送って、あとは適当に使ってくださーい、
と作者に投げてしまってもOKな感じ。
それぐらいどれも抽象的で、どれを当てはめても理屈・屁理屈・感覚で説き伏せられそう。
以前、横尾忠則さんは瀬戸内寂聴さんの新聞小説「幻花」の挿絵を手掛けたとき、
こんなエピソードを話していました。
(銀座のギャラリーで行われた平野敬一郎さんとの対談で。)
寂聴さんの原稿が大幅に遅れることがあって、内容に関係ない絵を描いて
寂聴さんに選んでもらったこともあった、と。
最初のうちは、こつこつと文章に合わせてイメージを作り作品にしていたようですが、
文が間に合わないときは、抽象的な絵を、えいやーで何パターンか描いたというのです。
寂聴さんもそれを面白がって、あら、これなんかいいじゃない、みたいな感じで
選んでいたようです。
時代小説なのにキリストが登場する絵もあって、読者が絵解きをやろうにも
もともと解く鍵などなく、著者みずから、単にギャップを楽しんでいたわけです。
以前も書いたけれど、すごくまじめに文章に寄り添った絵があるかと思えば、
鳥獣戯画だとか昔の映画のポスターをそのままパロディにしたり。
発想源はよりどりみどり。
横尾さんらしい遊び心満載の挿絵でした。
横尾さんの原画展から。
写真撮影OKでした。