昨日のパリのパサージュ関連エントリーに関して、頂いたコメントに触発されてホテル名の由来を調べてみることに。
その理由、あっさり見つかりました。
ホテルのサイトに出ていたので。
このホテルは老舗中の老舗でオープンは1846年。
以来一度も閉めたことがないのだとか。
戦時中も??という疑問はとりあえず置いておいて、
今も24時間営業中。
当時はファミリーホテルといった名前だったようですが、改名したのは1970年のこと。
かのショパンが自宅からコンサートホール、サル・プレイエルに行く際、このパサージュを定期的に通ったから、というのがその理由だそうです。
さらにジョルジュ・サンドとショパンはこのホテルで待ち合わせをしたこともある、という伝説が残っているそう。
真偽のほどは不明ですが。
例のブラタモリでは、このホテルの地下に潜入して、通路の存在が示されていました。
ルーブルやノートルダムではこうした地下道が公開されるようになりましたし、パリの地下、たもりがいかにも興味を引きそう。なかなか奥深いです。
パサージュ・ジョフロワ名物のミュゼ・グレヴァン。蝋人形館。
私は帰国日の飛行機までの時間つぶしだったので中には入っていませんが。
こちらはパサージュの外にある入口。
そしてパサージュにお似合いの店といえば古本屋。
写真とは別のもっと古びた本屋ではブロマイドや絵ハガキも売っていて、乱雑にうずたかく積まれているのがミソ。
山を取り崩しつつ、その奥深くから掘り出し物を見つける喜びがありそうです。