高齢化社会と進む社会構成において、
この問題は避けて通れなくなっている。
昨日のテレビにおいて
「親を捨てても、いいですか?」
と言う差し迫ったタイトルに根の深さを感じる。
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幼少期に受けた。親からの虐待によって精神苦痛から、逃げるように離れていくが、その親が高齢化し不自由な身体を介護するために、「どのように接していけば」と言う現代社会の負の遺産をテーマにしていた。
極端だが、介護から死亡後の手続きや整理まで、代行に委託していると言う現状もある。
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これは、当社のサロンでも同じような症例がある。
いろんな方のお話を聞いていて、
幼少期から児童期・思春期における虐待を
感じてしまっている状況で、
事象として正に「今」起きている現象である。
幼児期に受けた虐待において、
自己否定や従属性・依存性を極端に内部補完し、
理屈ではわかっていても、
子供とどう接して良いか
判らなくなってしまっている方もいる。
実は、
育てている親だけの問題ではなく、
社会構成の未熟さにも起因は少なからずある。
社会が成熟し、物質的満足が高くなるにつれ、
反面格差と言うマインドの低下もある。
生きていく為に、
どこに重点を置いて生存していくことが
必要なのかが、見つけられず、
或いは見えないようにしている環境の状況が、
この結果となってしまっているように思える。
因果応報とも言えるだろう。
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では、俗にいう毒親は生まれてきたのだろう。
その毒親も、
決してそれを望んでこの世に誕生したのではないが、
その生活環境やそれを修正するシステムが構築されていなく、
放置されてしまったかもしれない。
一つの被害者である。
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不具合になった心身を
本来の姿の戻す(ホメオスターシス)期間として
3倍の時間を要するとも言われている。
つまり、
毒親になるまでの潜在的要因が
蓄積された期間の3倍とすれば
それ相当な期間を要する事となる。
そのためマインドの安定などの施術は、
短期間での療法でありセッションでもある。
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余談ではあるが
親と子の「絆」は
動物的本能の中に生まれてくるもので、
一時的な臨床と言う客観性を重視する方針は、
本来の自立した基軸を持った成人へと
いくべき姿から、遠ざかってしまう事さえある。
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1.「乳児は肌を離すな」
2.「幼児は肌を離して、手を離すな」
3.「少年は手を離して、目を離すな」
4.「青年は目を離して、心を離すな」
子育て四訓である。
※写真は勿忘草 花言葉は・・・・
