『挿絵本の楽しみ ~響き合う文字と絵の世界~』 ~静嘉堂文庫美術館~ | 美術ACADEMY&SCHOOLブログ出動!!!

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文字と画と。高めあう魅力の再確認

 

 

 

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 わたしたちが情報を得たり、学んだり、楽しんだりする書物。

 なかでも書かれていることの解説や情景が絵として入っているものは、より分かりやすく、よりイメージを喚起させ、広い層に支持されてきました。

 

 特に日本ではマンガとしても発達し、今や世界へ発信するカルチャーとして定着しています。

 そんな文字と絵の幸せな融合が形となった“挿絵本”を振り返り、その時代、その息吹から、改めて豊かな表現世界の魅力をたどる展覧会が、東京・静嘉堂文庫美術館で開かれています。

 当館が所蔵する膨大な書物から、中国の明・清時代と日本の江戸時代に作られた貴重な挿絵本で、文字と絵が奏でる豊かで多様な世界を確認します。

 

 

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展示風景から
お出迎えは《新版錦絵当世美人合》の錦絵

 入り口では江戸後期の人気浮世絵師、歌川国貞の美人画が迎えてくれます。

 ぱっと見はその時代の美人の肖像ですが、「コマ絵」といわれる上端の記述と合わせたとき、そこにさらに絵に含ませたもうひとつの意味が見えてくる・・・洒脱を楽しんで。

 

 

 

 

Ⅰ.神仏をめぐる挿絵

 

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展示風景から
貴重な絵巻『妙法蓮華経変相』からスタート

 

 洋の東西を問わず、画の入った書物は、宗教から始まります。

 ここでは仏教や道教など、古く中国で作られた経典に関わる挿絵本を観ていきます。

 説経の内容や描かれているシーンの視覚化で、より広い理解と浸透を意図して作られました。

 聖なる存在や、釈迦の生涯など、人々の願いやドラマティックなストーリーに対する想像力が、こうした目には見えないものを造形化し、活き活きとした臨場感を文字の世界にもたらしたのです。

 本といっていますが、形態もいわゆる「冊子」ではなくて「折本」や「巻物」から。
 やがて印刷技術や製本技術が発達して、現在でもなじみある「冊子」の形が一般的になっていくのも確認できます。

 

 

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『妙法蓮華経変相図』 中国・[南宋時代前期(12世紀)]写 静嘉堂文庫蔵

 仏教経典中もっとも重要とされる法華経、この「変相図」はそこに説かれた仏の世界を絵画化したものです。
 南宋前期頃の作と考えられる、類例の少ない貴重な作品、本邦初公開です。


 法華経の中のさまざまなエピソードがみっちりと描かれていますが、ぜひ近くでじっくりと。
 シンプルな線描の表情がキュートな仏さまや、のちの風神・雷神像につながるちょっとユーモラスな鬼神さまなど、楽しくなってきます。


Ⅱ.辞書・参考書をめぐる挿絵

 

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展示風景
明時代の『三才図絵』から
展示風景
清時代の『欽定古今図書集成』から


 続いて、紹介されるのが、辞書の世界。

 中国では、早くも紀元前から言葉や文字を解説する辞書のようなものは編纂されていましたが、図入りとなる大きな契機が、隋の頃から始まりおよそ1300年続いた官吏登用試験「科挙」の存在でした。

 膨大な知識と幅広い見地が求められ、浪人し続けて歳を取ってしまう人もいたというこの試験のために、民間でも多くの辞書や参考書が刊行されたそうです。

 こうした辞典や受験参考書から、科挙の過酷さとともに、勉強をいかに分かりやすく解説するか、という、今も変わらないニーズへの工夫が読み取れて興味深いです。
 

 

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『纂図互註礼記』 中国・漢鄭玄注 唐陸徳明釈文 南宋時代(12世紀前半~13世紀後半)刊 静嘉堂文庫蔵

 科挙の受験参考書として作成された図解入りの「礼記」。身分による帯の違いや、冠衣の見分けなどが、注記とともに記載されます。
 厳格な礼儀作法が重要な規則として定められていた時代、受験生には必携の書であったことだろうと…。

 


 日本からは、江戸期に流行した百科事典や生活事典(いまでいう「家庭の医学」や「お薬事典」みたいな…)などが紹介されています。

 

 

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『訓蒙図彙』 中村惕斎撰 江戸時代・寛文6年(1666)序刊 静嘉堂文庫蔵

 江戸前期の子供向け(初心者向け)図解国語事典。
 タイトルは現代風にすると「絵で見てわかる。はじめての事典」とでも…?(笑)。

 天文・地理から人物や衣服、鳥獣、草花まで、17の部門からなる事典には、和漢の名前が併記され、短い註で解説が付されています。
 特に自然界の事物に多くが当てられているのは、今も変わらぬ事典のルーツをうかがわせます。

 わかりやすく、画も美しいことから高い人気を得て、以後この本の影響下で編纂された辞書類は30種を超えるのだそうです。
 

Ⅲ.解説する挿絵

 

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展示風景から
美しい彩色や精緻な画の挿絵本が並びます


 辞書とは異なり、ある出来事や物事の内容や意味、あるいはその仕組みや効果などを説明するものに、「解説書」があります。

 いまならカタログとか図説などと言われるこうした解説書として遺されている挿絵本を観ていきます。

 明代中期から清代初期の中国では、現在にも名を残す挿絵師や刻工が多く登場し、こうした解説書の刊行も隆盛を誇ったそうです。

 日本では、その器用さでブームを作った「機巧(からくり)」の仕掛けを解説した書物や美しい彩色の植物図鑑などを。

 また、画に文字が添えられることで、より描かれた世界が魅力的になる水墨画の世界も、併せて紹介されるのはなかなかに粋な趣向です。

 

 

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『程氏墨苑』 中国・程大約撰 明時代・万暦34年(1606)刊 静嘉堂文庫蔵

 製墨師(書道で使用する墨を作成する人)である程大約による、墨のデザインカタログ。
 摺って使用してしまうのがもったいないくらい美しい墨のデザインは515図にものぼるのだそうです。

 

 当時の名高い文人たちの詩や文がデザインを解説しているものもあり、質の高い作品集としても楽しめます。

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展示風景から
ライバル方于魯の『方氏墨譜』

 また、イタリアのイエズス会士から提供された、キリスト教関係の図案もあり、当時の中国の文化交流がうかがえるのも興味深いです。


 となりに師弟関係で後にライバルとなった方于魯の墨譜もならび、デザインを競っています!

 

 

 

 

 

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『機巧図彙』 細川頼直撰 江戸時代・寛政8年(1796)刊 静嘉堂文庫蔵

 日本のからくりの仕組みを解説した本書には、和時計4種(掛時計・櫓時計・枕時計・尺時計)と9種の座敷からくり(茶運人形・五段反(かえり)・連理反・龍門滝・鼓笛児童・遥盃・闘鶏・魚釣人形・品玉人形)の仕組みが、詳細な部品図とともに丁寧に解説されています。

 部品を揃えれば、そのまま自作できてしまうほどに精緻な図解本は、ちょっとお持ち帰りしたいかも…(笑)。
 実際に作られたからくりたちと一緒に見てみたくもなります。
 

 

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『本草図譜』[射干(ひおうぎ)] 岩崎灌園撰
江戸時代・天保15年(弘化元年・1844)頃写 静嘉堂文庫蔵
『本草図譜』[桃] 岩崎灌園撰
江戸時代・天保15年(弘化元年・1844)頃写 静嘉堂文庫蔵

 日本で最初に作られた本格的な彩色植物図譜。
 掲載数なんと約2000種!20余年の歳月をかけて完成されました。

 シーボルトとも植物談義をした、時代を代表する博物学者の作です。 
 精緻な写実はもちろんですが、彩色の美しさにうっとりします。

 江戸後期は、西洋近代化の中で興隆した博物学の影響を受け、日本でも自然科学への関心が高まり、こうした図譜が多く作られるようになっていきます。


 そして、これらの間に並べられた掛軸も注目です。(ぜひ会場で~!)

 賢江祥啓による《巣雪斎図》と作者不詳の《梅渓図》。2点とも重要美術品。
 峻厳な雪山の中に巣籠もりするような庵一屋。
 梅の名所である羅浮山を遠く眺める図にしたやわらかい空気と梅の香が漂ってきそうな風景。

 特別公開の渡辺崋山《芸妓図》(重要文化財)。
 崋山直筆の賛により、惚れた芸妓を描いたものと分かります。
 なよやかな芸妓の色香と、濃淡の着物の紋様、帯や髪の陰影の美しさが印象的です。
 
 いずれも画だけでもよいですが、今回はぜひ賛に書かれた言葉の意味とともに楽しんでください。
 (入館者にはもれなく館長による解説文がもらえます)
 

Ⅳ.記録する挿絵

 

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展示風景から
北方の異文化や生物の記録が並ぶ


 さまざまな体験も記録として書物に残されます。
 まだ写真も動画もなかった時代、挿絵は重要な役割を担います。

 交通網が整い、庶民の生活も安定、向上して、江戸中期以降には国内でも旅ブームが興ります。

 印刷技術も発達していたため、こうした道中の記録やエピソードは浮世絵をはじめとして、紀行文としても多く遺されました。

 また、江戸後期にはさまざまな国が日本の沿岸に姿を見せ、開国を迫るようにもなります。
 四方を海に囲まれた日本では、国防の観点からも、各国の情報や北端や南端の情勢を把握するために、記録は重要になっていくのです。

 旅や非日常的な体験を後に伝え、記録とするために書かれ、描かれた書物を紹介するコーナー。

 


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『環海異聞』 大槻玄沢編 江戸時代後期(19世紀)写 静嘉堂文庫蔵

 1793(寛政5)年、石巻から江戸に向かった船が難破し、アリューシャン列島の島に漂着します。
 乗組員16名のうち、希望者4名が帰国したのは1804(文化元)年。ロシア艦により、長崎に帰着しました。
 この時、ロシアは通商を求めますが、幕府は拒否。この態度に怒ったロシア側は択捉島、利尻島、礼文島などを攻撃、事件は幕府に北方警備の必要性を痛感させる契機となります。

 この帰国者からの聞書きにより、記録されたのがこちら(↑)。江戸時代の漂流記の代表作です。
 ロシア人の衣装や、ロシアの風俗が活き活きと描かれています。

 

 

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『亜墨新話』(初太郎漂流記) "前川文蔵・酒井貞輝編 守住貫魚画" 江戸時代末期(19世紀)写 静嘉堂文庫蔵

 1841(天保12)年に兵庫から奥州へ向かった船が同じく難破し、スペイン船に救助されてカリフォルニアを経て、メキシコから帰国した乗組員からの聞書きを記録したもの。
 こちらも繊細で美しい彩色の挿絵が載せられています。


Ⅴ.物語る挿絵

 

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展示風景から
伊勢物語のコーナー♪


 やはり「挿絵本」といわれて、まず挙げられるのは、物語本でしょう。
 最終章は、日本と中国、ふたつの国の物語の挿絵本を確認します。

 絵巻という形態で8世紀から絵と詞の物語を楽しみ、親しんできた日本ですが、絵巻はまだまだ限られた階層のものでした。
 挿絵本が日本の庶民にも普及するのは、江戸時代中期以降です。

 中国では元代に挿絵のある物語が誕生し、明代には庶民の消費文化が拡大するに伴って急速に発達したそうです。

 

 

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『琵琶記』 中国・高明撰 明時代・万暦(1573-1619)刊 静嘉堂文庫蔵

 中国元代末に著された戯曲、南曲の最高傑作の一つといわれる作品とのこと。
 その極細の彫りが生み出す精緻な世界は、いかに当時の中国の版画技術が勝れていたかを実感させ、ため息が出ます。

 

 

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『羅生門』(奈良絵本) 江戸時代前期(17世紀)写 静嘉堂文庫蔵

 こちらは江戸前期に作られた「奈良絵本」といわれる豪華な挿絵本。
 金彩も極彩色もあでやかに、室町中期に成立したとされる御伽草子を描きます。
 内容は、大江山の鬼退治の後日譚です。

 その鮮やかさときらびやかさからか、海外でも最も人気のある日本古書のひとつになっているのだとか。

 

 

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展示風景から
宿屋飯盛・編、北尾政演(京伝)画の狂歌本

 このほか、伊勢物語の左右の色違いの料紙が素敵な冊子と、平安の雅を残す絵巻、山東京伝や葛飾北斎らによる狂歌本など、わたしたちにも親しい作品が紹介されます。

 

 

 

 

 

 

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展示風景から
《冊子散蒔絵印籠》と《宇津山蒔絵笈形香棚》

 

 

 また、物語のシーンや、挿絵本そのものをモティーフにした工芸品、蒔絵で表した印籠なども展示され、日本の洒落た美しい意匠に嬉しくなります。

 

 

 

 

 

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展示風景から
出口付近から臨む


 文字が綴るものを、想像で、写実で表した挿絵たち。
 絵にされたものを、その「ことば」と「かたち」で膨らませる文字たち。

 それらは、互いに単なる補完ではなく、交ざりあい、響き合って、ひとつの豊かな世界を創っていきます。

 なんとなく当たり前のように見ている挿絵本。
 改めてその力と魅力にハッとさせられる空間です。

 

 

 

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ミニブック『挿絵本の楽しみ』
350円(税込)

【おまけ】


 本展覧会の解説が、かわいいミニブックに!。

 サイズも、お値段も、嬉しい一冊。
 展覧記念におススメです!

 

 

 

 

 

 

 

(penguin)

 

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『挿絵本の楽しみ ~響き合う文字と絵の世界~』

 

開催期間:5月28日(日)まで
会場 :静嘉堂文庫美術館 (世田谷)
    〒157-0076 東京都世田谷区岡本 2-23-1
アクセス :東急大井町線・田園都市線(地下鉄半蔵門線直通) 「二子玉川」駅下車、
        駅前④番バス乗場より東急コーチバス「玉31・32系統」で「静嘉堂文庫」下車。徒歩5分
        または二子玉川駅からタクシーで約10分
       小田急線 「成城学園前」駅下車、南口バス乗り場から「二子玉川」行きバスで「吉沢」下車
       徒歩10分
       *駐車場が美術館前に20台分あります。美術館入館のお客様は無料でご利用いただけます
開館時間 :10:00~16:30 (入館は16:00まで)
休館日 :毎週月曜日
入館料 : 一般 1,000円/大高生 700円(20名以上団体割引)/中学生以下無料
お問い合わせ :Tel.03-5777-8600(ハローダイヤル)

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