綺麗だなぁって思う。
うっすらと日焼けした肌は乾燥して粉を吹くことなんてなく瑞々しく柔らかで、痩けた頬と相まってシャープな印象。
小さな顔の半分以上を覆い隠してしまいそうな大きめのサングラスは流行りの形。
一見、派手なのに不思議と似合ってて、至近距離で横から覗くレンズの下の長い睫毛、サングラスの存在感に負けじとスッと通った鼻筋――その全部のバランスが絶妙で、凄い綺麗な寝顔だなっていつもそう思う。
――男のクセに…ずっるい。
彼の仕事は独特で、連休自体物凄く少ない。
ごく普通にお勤めしてて、週休2日の私とは当然生活のリズムも何も全くズレてて、付き合い始めて随分経つけど、二人きりで旅行に出掛けるなんて初めての出来事。
元々率先してアウトドアなタイプじゃないし、彼はここ何年も釣りにハマってて、休みに家にいるなんて事滅多になくなったけどいつも友達と出かけちゃうから、まさか彼から誘われるなんて思ってなかったから、嬉しくて――
しかも、意外にもアクティブに宿の手配も航空券の手配も全部自発的に準備してくれたから余計に嬉しい。
だから、旅先が彼の希望通りの九州の、聞いたこともない海沿いの街ってことも、目的が絶対に海釣りだってことも…大目に見よう。
準備の段階からウキウキと道具の手入れを怠らない智くんの楽しそうな姿は見てるだけでも幸せ。
釣り道具以外の荷造りは全部丸投げでも、結局、料金の支払いからチケットの受け取りまでも全部人任せでも、文句を言う気にはならなかった。
もちろん、実は飛行機が極端に苦手ってことも話してない。
まぁ…苦手と言っても一人で乗る機会なんてないし、いつも誰かと一緒なら『意外だ』とか『見かけによらない』とか『今時、ないでしょ』とか、からかわれているうちに離陸してしまうし、飛んでしまえばもう覚悟するしかないわけで…。
だから、今まで何度も利用しているし、彼もそれを知ってるから、まさか私が飛行機苦手なんて想像もしてないんだろうな…。
というか、彼の中には苦手な人がいるなんてこと自体、考えつかないんだろうな…。
だから、こんな綺麗な顔で平然と寝てるんだと思う。
私にしてみれば、離陸前からこんなにあっさり爆睡されるとは思ってなくて(もちろん、ある程度は予測してたけど)、このタイミングでもう寝落ちされるとは…
しかも、起こすのにしのびないくらい綺麗な寝顔で。
ほんとズルイ…。
こうなると、二人でいたって一人と変わらない。
こんなの人生初体験…。
今まさに離陸しようとしているジェット機内で話し相手もなく、こんなに緊張する羽目になるなんて……
次々と流れるアナウンスに耳を傾けつつ、忙しく行き交うCAさんを眺めているうちに足下から振動が伝わり、彼の向こうの小さな窓の外で最早見慣れた景色がゆっくりと動き始めた。
――あぁ…いよいよだ……
機体が大きく旋回して、いよいよ窓の外ではエンジンの音が大きくなって……
もー…さっさと飛ぶなら飛んでよーまだ陸走ってる最中なのに揺れないで…バカぁー!(ヤバい、泣きそう…)
「里香?」
非日常的な気圧に保たれた密室で、とっくに違和感を感じまくりの耳がやけに聞き慣れた声を捉えた気がして、ふっと隣を見たら、鼻までずらしたサングラスの下で眠たそうな目がジッと私を見てる。
「どした?
具合悪い?」
「んーん…なんでもな――」
「顔青い。
酔った?」
内心テンパって泣きそうな私に気付いた彼の動作は目覚めてる時に比べたら随分と鈍いのに、私の異変を見つける観察力はこんな時ばかりやたら鋭い。
「そーじゃなくて―――」
言ってるうちに微かな振動と共に耳の奥にゴオォって音が響いて、僅かに肩が重くなる。
同時に、轟音が甲高い耳鳴りに変わった。
普段は感じることのない重力が体感出来ちゃう、この瞬間が一番緊張する。
堪らない違和感に思わず言葉を飲み込むと、フリーズした視界にするりと綺麗な掌が滑り込んだ。
「ん」
誘われるように視線をスクロールしたら、その掌が咄嗟に肘掛けを掴んだままの私の手に触れる。
「貸しちゃる」
「なに、を…」
「手…貸してやる」
言いながら、優しい掌が私の手を強引に奪い取り、包み込む。
「ごめん…飛行機嫌いだったんだ?」
「あ、え、そんなこと…」
「ごめん」
申し訳なさそうに垂れ下がった眉も、ずれたサングラスの上から見つめる瞳も、ギュって覆う掌も、全部、全部――
「ありがと…
大丈夫だから」
「でも、ごめん」
きっと緊張で汗ばんでるはずの手で、『ありがとう』と『大丈夫』を伝えたくて握り返した。
『今度はもうちょっと近場にしよーね』と、『だから、今回は勘弁して?』とそう言った笑顔が優しくて温かくて…
ねぇ、智くん――
こんなに優しいあなたと一緒なら、飛行機もちょっと好きになれるかも……って、なんか今、そう思った。
(ゲンキンでごめんね…)
fin.
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